第5話 船上・下

「監視カメラなら、船の会社のもあるんだろ?これ、必要なのか?」

 凛良の部屋となっているスィートに向かう道、篠原は不思議そうに手にした監視カメラと紫苑を交互に見た。

「監視カメラなんて、いくらでも小細工できる。なんかあった時、勿論それも確認するけどうちは自分で付けたのも確認して、それから映像を信用する事にしてる」

 笹部と名乗った静馬とは、少し違うタイプの様だ。篠原はIT関係の事をよく分からないので、分かった風の顔をして小さく頷いた。


「ストップ」

 不意に、紫苑が立ち止まった。つられた様に、篠原も立ち止まる。部屋まで続く廊下の先の位置だ。この短い廊下を渡るのは、スィートに出入りする者だけなのだ。

「うちは足元とドアの近く――それと、目線近くに付ける。篠原はドアの上の左右と、今いるこの上に付けて――ここは、下向きにな。準備できたら、この船の監視カメラは全て遮断するから……三分以内にやってや」

 紫苑はそう言うと、自分のスマホを取り出す。篠原は位置を確認して、「分かった」と答える。

「スタート」

 そう言うと、紫苑はスマホの画面で何かを押してそのままズボンのポケットに仕舞って走り出す。慌てて篠原も天井に一個取り付けて、凛良の部屋の前になるべく静かに走り寄った。そうして、紫苑が指示した場所に取り付ける。

 足元に付けていた紫苑は立ち上がると、ドアスコープの横辺りに小型の別の監視カメラを付けた。「ある」と知ってさえじっくり確認しなければ分からない程、そのカメラは小さい。

 

 取り付けた二人が足早に最初の位置に戻ると、紫苑はズボンのポケットからスマホを取り出して再び何かのボタンを押す。そして、画面を閉じて篠原を見上げた。

「一分ほどで完了、上出来や。ほな、戻ろ」

「うん、分かった」

 篠原は部屋に戻る紫苑に続いて、歩き出した。


「――なあ」

「ん? 何かあった?」

 紫苑の歩みが、僅かにゆっくりと変わる。篠原もそれに合わせて、声をかけてきた紫苑に返事する。

「『静馬が演じてた笹部』って、どんな奴やった?うちは、データでしかほぼ知らんから」

 紫苑が曽根崎警察署に忍び込んで静馬に会った事は、櫻子は知っているが篠原は知らない。


 篠原はふと思い出すように、瞳を細めた。


「本当に――俺には『良い人』だったよ。分からない事も丁寧に教えてくれたし、普通の同僚としておかしい所なんて何も感じなかった。俺の――両親を殺したって聞いても、その現場を見てないから……正直、まだ信じられない気持ちが大きい」

 それは、篠原の素直な感情だった。もしかしたら兄と義姉を失った時の哀しみから、自分はおかしくなっているかもしれない、とカウンセリングの医師に確認をした。しかし医師は、「それは君がまだ両親の死を受け入れられていないだけ」と言っただけだ。


「篠原ってさ――多分、今までもこれから先も……そうなんやろうなぁ」


 振り返った紫苑が、ちいさくそう言うとにっと笑った。篠原は意味が分からなくて、首を傾げた。

「櫻子ねぇが篠原を見つけたのは、多分奇跡や。こんなにたくさんの警察官の中から、特に目立ってた訳やないのに――見つけた。うちも手伝わずに……なあ、篠原。あんたは、変わらんといてや? 櫻子ねぇと、うちの為――もしかしたら、静馬の為にも、さ」

 紫苑の言葉の意味が、篠原には分からなかった。更に、静馬の為、というのも混乱する。彼は今、自分たちの敵なのに。

「……紫苑は、たまに良く分からない事を言うな。俺は、ずっと俺だよ」

「ん、ならええよ。それより、ご飯! どんなのが出るんやろ? 楽しみ過ぎて、よだれ出そう!」

 二人は、誰にも会わずに部屋の前に戻ってきた。貴賓室の三人が部屋から出なければ、前に方の部屋にいる自分達は確かに誰かと会う機会は少ない。

「ほな、篠原はカバンの整理とかしたら、部屋においで。うちも、櫻子ねぇと用意しておくから」

 篠原の部屋の前を通り過ぎ、紫苑はカードキーを取り出すとひらひらとそれを振った。

「分かった、なるべく早く用意するよ。それに紫苑――お昼ご飯の前に、凛良さんに会う事になってるの忘れてるだろ」

 篠原も自分の部屋のカードキーを取り出して、小さく笑った。

「あ! そうやった……くそ」

 紫苑はジャケットのポケットから棒付きの飴を取り出すと、包みを剥がして口に放り込んだ。

「ほな」

 紫苑が部屋に戻るのを確認して、篠原は笑いながら自分も部屋に入った。

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