第4話 船上・中

 進水式が終わると、カラフルな紙テープを水面に撒きながら船が進み始めた。テレビカメラは乗り込む事が出来ず、豊城社長が手配したカメラマンの田中たなか克己かつみとフリージャーナリストの松崎まつざきるいがこの旅の記録を残すとの事だ。

 乗り込んだのは、船長の飯尾いいお寛治かんじとその部下達。料理長の花井はない拓郎たくろうとそのアシスタントたち。この船の宣伝CMや冊子とポスターを飾る女優の沖田おきた奈津美なつみ。その付き人の東海林しょうじ瑛菜えな。グルメ評論家の松下まつした史郎しろう。音楽指揮者の遠野とおの廉二郎れんじろうとヴァイオリニストの牧村まきむら浩紀ひろき、そしてチェロ奏者の一村いちむらとおる。そしてこの船の会社である、豊城クルーズ客船株式会社の社員の木崎きざきめぐむ江頭えがしら幸久ゆきひさ丹羽にわけい。そして豊島氏の娘でヴァイオリニストの凛良と、彼女のアシスタントの高畠たかはた琴羽ことはだ。


「この船では、主に私が皆様のお手伝いをさせていただきます。皆様が警察の方という事は、お嬢様と豊城会社の者しか知りません。一条様、朽木くちき様はこちらの部屋をお使いください。篠原様は、隣のお部屋をご用意しております」

 部屋に案内してくれた、豊島クルーズの木崎だ。紺色のジャケットにタイトスカート。薄いブルーのシャツ姿で、三人に頭を下げた。四人がいるこの部屋は、海側のツイン部屋だ。

「残念やなぁ、篠原。うちが櫻子ねぇと同室で」

「紫苑!」

 紫苑がまた、篠原をからかう。九月を迎えこの新しい体制になってから、篠原はずっと紫苑のおもちゃになっていた。しかし、紫苑はからかう程度をちゃんと考えていて、本当に篠原が嫌がる事はしない。

「それで、凛良さんのお部屋は?」

 櫻子はもうその風景が慣れたようで、気にしない風に木崎に尋ねた。

「この船は、貴賓室が三部屋。スィート、プレミアムスィート、ジュニアスィートがあります。凛良お嬢様はスィート。指揮者の遠野様がプレミアム、女優の沖田様がジュニアにお泊りになられます。他の方々は、海側の部屋にそれぞれお泊りになっております。私共社員は、内側の部屋に泊まります。こちらの部屋が、凛良お嬢様のスィートに一番近いお部屋となっています」

 木崎は、長い髪を一纏めにしている。仕事が出来る女性らしく、櫻子の問いに全員の位置を簡潔に答えた。

「世界的に有名な指揮者と女優を差し置いて、その部屋を借りる訳にもいかないものね。分かったわ、有難う」

「ご理解いただき、感謝いたします。それでは、簡単に船での説明を致します。今回の旅は、三泊四日で神戸港を出てから香川県の高松港、福岡の福岡港、広島の呉港を巡り神戸港へ帰ってきます。各港で三時間ほどの自由時間がありますが、集合時間厳守でお願いします。部屋は全て先ほどお渡ししたカードキーで出入りお願いします。ラウンジは十六時から開いています。ラウンジ、レストランは全て無料でご自由に利用ください。勿論、一日何度でもご利用できます。ですが、レストランは二十時から五時までは閉まっています。お部屋にある冷蔵庫の飲食物も、ご自由にお使いください。毎日清掃の時に補充いたします。それと本日から三日間、十五時から前方デッキでお嬢様と各音楽家様たちでの演奏会が開かれます。よろしければ、お楽しみください」

 窓の外は、快晴で眩しい。跳ねる海水が、キラキラと光っていた。酔うという感覚がない程、静かに船が進んでいる。

「分かりました――木崎さんに連絡を取るには?」

「申し訳ありませんでした、こちらが私の連絡先です。登録していただけますでしょうか?」

 木崎が出したスマホの画面を見て、櫻子達は番号の交換をした。

「それでは、しばらくゆっくりなさってください。お昼のお食事の前に、お嬢様のお部屋へ案内いたします」

「そうさせて頂くわ、よろしくお願いします」

 櫻子が小さく頭を下げると、木崎は深々と頭を下げて部屋を出て行った。


「あー! 久し振りに旅って感じやわ!」

 木崎が出て行くと、紫苑は窓側のベッドに寝そべった。ブーツを履いたままなので、ちゃんと足を上げている所が妙におかしい。

「今の時刻は――十時過ぎですね。紫苑、監視カメラ仕掛けるんだろ?手伝うよ」

「あ、そうやった。別に、お嬢様の部屋の前だけやから手伝うほどじゃないで?」

「高い所だったら、俺がいた方がいいだろ?」

 篠原の言葉に、櫻子はそれを促すように頷いた。紫苑はベッドから身を起こすと、リュックを開けて監視カメラを五個ほど取り出して並べた。

「じゃあ、行こか。櫻子ねぇ、それが終わったら荷物片づけてお昼?」

「ええ、そうしましょう」

「ほな、行くよ篠原。あんたも荷物の整理せなあかんし!」

 紫苑はカメラを二個手にして、さっさと部屋を飛び出した。

「じゃあ、一条課長、行ってきますね」

 残りのカメラを抱えた篠原は、小さく笑って櫻子に頭を下げた。


「よろしくね、篠原君――嫌な予感がする旅になりそうだから……」

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