カウントダウン
武智城太郎
カウントダウン
六年生の三学期。卒業まであとわずかという頃。
ぼくは教室の自分の席で、次の授業で使う教科書やノートを机の上に出していた。
「ん……?」
急にゾワッとなって、足元にヒンヤリした空気を感じる。
見てみると、床からニョキッとのびる、まっ白な腕が一本!
「うわああっ!」
ぼくは悲鳴をあげて、椅子からガタッと飛びのくようにして立ちあがる。
まわりの同級生たちは、「なんだ、なんだ」と急に大声をあげたぼくに注目する。
「う、腕がそこから……!」
おそるおそる、また机の下を見てみる。でもあの腕はあとかたもなく消えていた。
「……なくなってる。なんで?」
みんなはクスクス笑い。ぼくがウケねらいでやったと思ってるらしい。
ちがう! ぼくはほんとうに見たんだ!
それにあのまっ白な腕は、なぜか三本の指を立てていて……。
数日後、ぼくが自分の部屋で、お小遣いで買った姫路城のプラモデルを組み立てていたときのこと。
ゾワッとなったかと思うと、またしても床から、あのまっ白な腕がのびてくる!
「うわわっ!」
こんどは二本の指を立てている。ピースサインみたいに。そしてまたすぐに消えてしまう。
「なんでこんなものが、ぼくのところに出てくるんだ……?」
悩んでる間もなく、三度目もすぐにやってきた。
塾帰りに、公園のベンチでジュースを飲んでいるときだ。
「わっ!」
地面から、一本の指を立てたあの腕が伸びてきて、やっぱりすぐに消えてしまう。
びっくりしながらも、ぼくはあることに気づいたんだ。
あの立てた指の数は、〝3、2、1〟て、なにかのカウントダウンにちがいないって。そうすると、次は〝スタート!〟とか〝発射!〟とかになるわけだけど……。
日曜日。怪現象のことが不安だったけど、ぼくは約束していたドライブにお父さんと出かけることにした。前から楽しみにしてたし。
「芳樹も春には中学生か。あっというまだな。部活は何にするか決めたのか?」
「ううん、まだ。みんなはサッカー部っていってるけど、バスケットとまよってるんだ」
車が出発してしばらくは、ふつうに会話をしてた。
でもそのうち、またあのゾワッとなる感覚におそわれる。
足元に目を落とすと、こんどは一本の腕だけじゃなく、〝それ〟の上半身が丸ごと床からあらわれて、ぼくの両脚をがっちりと抱きかかえていた。〝それ〟はまっ黒のフードみたいなのをかぶった、人に似たまっ白い化け物としかいいようがない姿をしている。
でも不思議と怖くなくて、悲鳴とかはもうあげなかった。
「中学だから練習はきついし、先輩たちも厳しいかもしれないぞ」
となりで運転してるお父さんには、なにも見えてないらしい。
「芳樹なら、そういうのも大丈夫だろうけど」
それにその声は、なぜだかすごく遠くというか、なつかしいように耳に響いてくる。
そのとき、ぼくがすわってる助手席にむかって、信号無視の車がものすごいスピードで 突っこんでくるのが目に入る。
「あ……」
それが、ぼくがこの世で見た最期の光景になった。
気がついたら、ぼくは見知らぬ場所に立っていた。
どんよりとした陰気な空に、かたそうなひび割れた地面がどこまでも広がっている寒々とした風景。
しばらく歩いていると、遠くのほうに小さな人影をいくつか見つける。呼びかけてみるけど返事はないし、走って近づこうとしても、なぜかまったく距離はちぢまらない。
「クケェーッ!」
見上げると、骸骨の頭をした気味の悪い鳥が火を噴きながら飛んでいる。
「ここは死者の国なんだな」
ぼくはおちついてて、泣いたり悲しんだりはしなかった。
ああ、そうか。
あのカウントダウンは、そのためのものだったんだ。
カウントダウン 武智城太郎 @genke
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