第9話 ヤクザ女には秘密がある②
「ん? ……ああ、君か」
書類の束に目を通しながら歩いていた男は接触しそうになる
まだ面と向かって話をしたことがない千尋は思わず緊張してしまう。
「ど、どうも。こんにちは」
緊張した様子で恐る恐る挨拶をする千尋を見て武虎は思わず苦笑する。
「ふふ。そんなにかしこまる必要はない。そういえばちゃんとした挨拶をまだしていなかったな。俺は桐生武虎。君には妹の楓も世話になってるようだし、家のこともやってもらってる。おかげで我が家は随分と小綺麗になったし華やかになった。感謝してるよ、いつもありがとう」
「い、いえ! こちらこそ毎日勉強になることばかりで助かってます! 改めまして仙川千尋です!」
緊張のあまり早口になってしまっている千尋の様子を見て武虎はくくと笑いを堪えていた。
「ああ、これからもよろしく頼む。おっと、足を止めてしまってすまない。俺も仕事に戻るとしよう、それじゃ」
「あっ、はい! 失礼します!」
武虎は千尋に軽く手を振ると目線を手元の書類に戻して廊下を再び歩き始めた。
緊張から解き放たれた千尋もそそくさとその場を離れようとしていたのだが、武虎が千尋の横切り数歩先を歩いたところでピタリとその足を止めた。
「あ、ひとつ言い忘れていたんだが」
「あ、はい!」
急に武虎に呼び止められたため、千尋は一瞬ビクッと身体を震わせたが武虎には気づかれていないようだった。
「祖母から聞いたかもしれないが、親父と入れ替わりで西に出払ってた連中がそろそろ帰ってくる頃なんだ」
「あ、それなら松江さんから聞いています。今もその支度中で」
「ああ、それなら問題ない。が」
「……?」
何やら言い淀む武虎を千尋は訝しむ。
その様子を見たためか武虎は重そうに口を開いた。
「まぁ、なんというか。その、少々やかましくなると思うがあまり気にしなくていい」
「はい、わかりました……?」
それじゃ、と武虎は
もうすぐお昼時だ。千尋も昼食の用意をしなくてはならない。
「急がなきゃ」
千尋は掃除道具を抱え、やや駆け足でその場を後にした。
× × × × ×
時計が午後を回り、千尋がひとしきり昼食の準備をし終えたところで桐生宗司と入れ替わりで西から帰ってくると言われていた一行が、無事、桐生邸に到着した。
出迎えに玄関まで赴いた千尋は思わず面食らうことになる。なぜならば……
「え、何この子。めちゃくちゃかわいいんだけど! この恰好はなに? メイド?」
「姉御。新幹線の中での話聞いてなかったんすか? ウチ、ちゃんと説明したんすけど」
「
「うは! この子が楓のお世話してるっていうメイドさんかあ。名前はえーっと……」
「仙川千尋さん」
いきなり5人もの女性に取り囲まれてしまったからである。
スーツ姿に身を包んだ彼女らは揃いも揃って美人ぞろいだ。
元々、桐生組は楓と松江を除けば千尋含め男しかいないのだ。千尋はてっきり今日帰ってくる人たちも強面の男衆なのだろうと勝手に決めつけてしまっていた。
自分の名前を呼ばれたことでハッとなった千尋は慌てて自己紹介をする。
「はじめまして、仙川千尋です。楓お嬢様に仕えるメイドとして桐生家には先月からお世話になってます」
「うわぁ、楓お嬢様だって。あの小娘にはもったいない気がするなぁ」
「てかさー、こんなとこで立ち話するのもアレだし、ウチらの自己紹介とかは中でやろうよ」
「それもそうね。長旅で疲れているし早くゆっくりしたいわ」
「では大広間のほうまでどうぞ。昼食の用意もできているので」
「やったー! おなかぺこぺこだったんだよねー!」
千尋が促すとみんなぞろぞろと中に入っていった。
女性陣の後ろから二人の男が顔を出す。駅まで彼女らを迎えに行っていたノブとシンである。
「はあー。やれやれ騒がしくなるな」
「……そっすね」
心なしか二人とも顔が少しやつれて見える。
武虎が言っていたのはこういうことだったのかと千尋はひとり得心するのであった。
「お疲れ様です。お二人の分もお昼ごはんお持ちしますね」
千尋がそう言うと二人ともやや照れた様子で屋敷の中へ入っていった。
女神って実在するんだな。そっすねーというような会話が聞こえたような聞こえなかったような。
千尋も全員が屋敷へ入ったことを確認してから門を閉じた。
× × × × ×
「おいしー! おかわり!!」
「
「だってこのごはんおいしーんだもん! これ千尋ちゃんが作ってくれたの?」
「ああ、はい。今日は松江さんが夕方まで不在なので」
そう言いつつ千尋は新しいごはんをよそう。なんともいい食べっぷりを見せてくれる彼女の名前は
ちなみにおかわりはこれで4杯目である。
「すごーい。こんなにおいしいごはん作ってくれる人なかなかいないよ……。千尋ちゃん、私の嫁にならない!?」
「なるわけないでしょ。バカね」
ぴしゃりと蘭子の言うことを一刀両断した彼女の名前は
「バカとはなにさ! もう!」
蘭子はぷんすか言いながらも千尋からごはんのおかわりを受け取った。
「おまえらメシくらい静かに食えないのかよ……」
呆れ顔でそう言ったのは
「蘭子姉は食うことしか頭にないっすからねー」
「椿、本当のことを言うのはやめなさい。蘭子姉様がかわいそうよ」
黙々とご飯を口に運びながら茜同様、呆れ顔で物申しているのは
綺麗な金髪をツーサイドアップにし、ピアスをあけ服装も派手にキメている所謂ギャルっぽい見た目をしているのが椿。そんな椿と対照的に物静かな黒髪をショートボブにし服装も落ち着いているのが桔梗であった。双子と言っても服装の好みや性格は似ていないらしい。
「桔梗ちゃん、なんのフォローにもなってないよ!?」
文句を言いつつも蘭子はがーっと豪快にご飯をかきこむ。この様子だと次のおかわりもそう遠くないだろう。
昼食を楽しみながら彼女らは千尋に自分たちのことを簡単に話してくれた。
なんでも彼女らは夜にクラブで働く、ホステスと呼ばれる仕事をしているらしい。そのお店の資金援助などを桐生組が行っているため、事実上は桐生組の元で働いてると言っても過言ではない。
今まで西の方にいたのは大阪にある同じ系列店の人手不足を解消するためだったとか。
「まさか親父さんの西の会合と被っちゃうなんてね~。久しぶりに会いたかったんだけどな~」
汁物を啜りながら蘭子がそう言った。どうやら桐生宗司の出張と彼女らの帰省タイミングが被ったのは偶然であったらしい。
「そういえば、仙川さんも
「はい、そうですけど……」
頭に?マークを浮かべながら返答した千尋を見ると雫はいたずらに笑ってみせた。
「実は私たちもここにいる間は離で生活することになっているの。これからよろしくお願いしますね」
そういえば離の割には大きい建物だし空き部屋がいくつかあったなぁと、千尋は思い返すのであった。仕事中でも暇が出来れば千尋がしょっちゅう掃除や片づけをしてしまうため、空き部屋はいつ誰が来ても使えるような状態になっている。
松江が千尋に離の掃除まで言いつけていなかったのは千尋の日頃の働きを見てのことだろう。
とはいえ今までは松江と楓と千尋の三人だった居住空間に一気に五人もの女性が増えるのだ。これまで以上に気を引き締めてなければいつ男とバレてもおかしくはない。
千尋に対して口々によろしくーという茜たちの言葉を胸に千尋は静かに唾を飲み込むのであった。
極道メイドには秘密がある 名取秀一 @syu1_natori
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