第8話 休日には福がある②

 休日の過ごし方は人それぞれである。

 桐生楓きりゅうかえでのように家にこもって趣味に没頭し、惰眠だみんを貪る者もいれば、公園で千尋ちひろが出会った子供たちのように外で元気に遊んで身体を動かしている者もいる。

 長谷川小糸はせがわこいともその一人であった。


「とてもいい天気で気持ちがいいね~ ブン太~♪」


「ワン!」


 小糸は実家で飼っているブン太と名付けられた愛犬とともに散歩を楽しんでいる最中であった。小糸と散歩が大好きなブン太は尻尾を大きく振りながらはしゃいでいる。リード越しに伝わるブン太の喜びように小糸も自然と笑顔になっていた。


小福こふくー! どこにいますのー? 小福―!」


 小糸たちがしばらく歩いていると、どこからか女の人の声がしてきた。

 聞き覚えのある声に小糸は思わずそちらのほうを見やる。


紗友里さゆりちゃん!?」


「……小糸? 久しぶりですわー!」


 声の主は白鷺紗友里しらさぎさゆりであった。

 中学校を卒業してから小糸と紗友里はそれぞれ別の高校へ進学していたため、彼女たちにとっては中学卒業以来の再会である。

 紗友里は小糸の顔を見るなり笑顔で駆け寄ってきた。


「お元気にしていましたか? 久しぶりに会えて嬉しいですわ!」


「うん! 私も会えて嬉しいよ」


「お散歩の途中ですか? かわいらしいワンちゃんですわね……」


 そう言って紗友里はブン太の頭を優しく撫でる。

 先ほどまでの笑顔が消え、沈んだ表情になった紗友里を小糸は不思議に思った。


「紗友里ちゃんどうかしたの?」


「えっと、実はわたくしも最近ペットを飼い始めましてね…… 小福という名前の猫なんですけど、今朝わたくしが少し目を離した隙にどこかへ行ってしまって……」


「なるほど。それでその猫ちゃんのこと探してたんだ」


「ええ。小福はまだ子猫ですし何かあったらと思うと心配で心配で」


 紗友里は今にも泣き出しそうな声でポツリと呟く。

 それを聞いた小糸はパッと紗友里の手をとると、大きな声でこう言った。


「大丈夫! きっと見つかるよ! 私も一緒に探すの手伝うから!」


「い、いいんですの……?」


「困ってる友達を放っておけるわけないでしょ! ね、ブン太」


「ワン!」


「ブン太も一緒に探してくれるってさ」


 そう言うと小糸は紗友里に向かってパチっとウインクをしてみせた。


「ありがとう小糸……!」


 紗友里は涙目になりながら感謝の言葉を口にし、小糸に抱き着いた。




 × × × × ×




「ねこちゃんかわいい~!」


 千尋が桜の木の上から子猫を助けてから、子猫は康太こうた君の友達の女の子・実花みかちゃんとじゃれあっていた。


「おねえちゃん、さっきのすごかったぜ! ニンジャみたいですげーかっこよかった!」


 そう言って目を輝かせながら千尋に迫っているのは健司けんじ君。

 康太、実花、健司の三人はとても仲良しでよく一緒に遊ぶのだとか。


「あはは。ありがとう」


「おれもおっきくなったらおねえちゃんみたいになれるかな!?」


「え、えーっと……」


 千尋を普段から女装してるだけの男とは知らずに純粋な目を向けてくる健司に千尋は複雑な思いを抱いた。


「健司君、男だしメイドのお姉ちゃんみたいにはなれないんじゃないかな……」


 すかさず横から康太が口を出す。


「そ、そうだね。あはは……」


「じゃあわたしはー?」


 さっきまで猫とじゃれあっていたはずの実花もいつの間にか話に加わっていた。

 その腕の中には子猫が大事そうに抱きかかえられている。


「えーっと……」


 千尋は実花の問いかけにも健司と同様の気持ちを抱く。

 自分をなんとも面倒くさい存在のように感じてしまう千尋であった。


「実花ちゃんが……」


「おねえちゃんみたいに……」


 康太と健司は顔を合わせるとなにやらひそひそと話し始める。


「どう思う? 健司君」


「どうって実花がおねえちゃんみたいにかっこいい女の人になっちまったらさぁ……」


「うん。僕も同じこと考えてた……」


「あー、わたしにないしょで何話してるのふたりともー!」


 実花がムッとした表情で二人に詰め寄る。


「実花ちゃんはそのままでいいんじゃないかなーって、ねえ健司君」


「あ、ああ……! そうだぜ!」


「えーなんでよー」


「あはは。……ん?」


 子どもたちのやり取りを見ているうちに千尋はあることに気が付いた。


「ねえ、実花ちゃん。その猫ちゃんお姉さんにも見せてもらえないかな?」


「うん、いいよー。はいどーぞ!」


「ありがとう。……やっぱり」


 そう言って千尋は実花から差し出された子猫を受け取った。


「この子、首輪がついてるから誰かの飼い猫だね」


 ふさふさの毛の中に埋もれて隠れていたが子猫にはしっかりと赤い首輪がつけられていた。


「野良猫じゃなかったんだー」


「じゃあきっと飼い主さんが探してるね」


「はやくかえしてあげないと!」


 子どもたちが続けざまにそう言った。

 本当に良い子たちだなぁと千尋は感心するのであった。


「そうだね。……あれ、この名前って」


 よく見ると猫の首輪の裏は名前が記されていた。

 そこには千尋もよく知る人物の名字が記されていたのだった。




 × × × × ×




「結局、見つかりませんでしたわね……」


「ごめんね。私たち役に立てなくて……」


「クゥン……」


 すっかり肩を落としてしまっていた小糸とブン太を紗友里は慌てて励ます。


「い、いえ小糸たちは悪くないですのよ!」


 紗友里たちは小福を探すアテがなくなってしまい、もしかしたら家に戻ってきてるかもしれないという期待も込めて紗友里の家に向かっている途中であった。

 気落ちしてしまっている小糸を見て紗友里はなにか別の話題はないかと思索した。


「……あ! そういえば高校に通うにあたってお父様からスマホを買ってもらったんですのよ。ほら!」


 そう言って紗友里はポケットからスマホを取り出して見せた。


「あ、それなら私も!」


 そう言うと小糸も自分のスマホを取り出して見せた。


「まぁ、すごい! ねえ、小糸。よろしければ連絡先交換いたしませんか?」


「もちろん!」


 小糸たちはお互いのスマホを見せ合い、連絡先を交換し合った。


「これでいつでもお話しできますわね!」


「うん!」


 気落ちしていた小糸が少し元気になったようで紗友里は安心した。

 そんなことを話しているうちに紗友里たちは白鷺邸しらさぎていに到着していた。

 白鷺邸の立派な門の前に誰かが佇んでいることに気づいた紗友里は後ろから恐る恐る声をかけた。


「……あのう。うちになにか御用ですの?」


「……あ、久しぶりだね紗友里さん」


 急に自分の名前を呼ばれ困惑した紗友里であったが声を聴いた途端、誰であるかを瞬時に理解した。


「千尋様!?」


「あ、長谷川さんも一緒だったんだね。こんにちは」


「コ、ココ、コンニチワ」


 突然、千尋が現れたことにより小糸はロボットのようになってしまっていた。


「お久しぶりですわね! 千尋様は一体何しにここへ?」


「うん。実はね……」


 そう言った途端、千尋の服の胸あたりがもぞもぞと動き出し、子猫が中からひょっこりと顔を出した。


「みゃー」


「小福ーーー!?」


「あ、やっぱり白鷺さん家の猫だったんだね。首輪に書いてあった名前を見てもしかしてって思ったんだ」


 そう言うと千尋は小福を服の中から出し、紗友里に差し出した。

 紗友里はそれを受け取るととても大事そうに抱きしめた。


「見つかってよかったですわ小福……」


「よかったね紗友里ちゃん!」


「ワン!」


「本当になんとお礼を申し上げたらいいか……。小糸も千尋様もありがとうございます」


「どういたしまして」


 笑顔で応える千尋を見て紗友里はとあることを思いついた。


「そうだ、千尋様。スマホを持っていらっしゃいませんか?」


「え? うん、持ってるよ」


 修行で家を出るにあたってなにかと便利だからと千尋は母・千鶴ちづるからスマホを渡されていたのだった。


「もしよろしければわたくしと連絡先を交換いたしませんか?」


 そう言うと紗友里は小糸に向かって小さくウインクをした。

 紗友里の合図にハッとした小糸も慌てて言う。


「わ、わたしも! ……いいかな?」


「もちろん! じゃあ、はい」


 そうして千尋と小糸たちは連絡先を交換し合った。

 小糸は千尋の名が載ったスマホの画面を嬉しそうにしばらくじっと見つめていた。

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