第7話 メイドの知り合いガールには秘密がある②
「
小糸はおずおずと
それを見た小糸は意を決して声を出した。
「わ、私はっ! 千尋が声をかけてくれてとても嬉しかった! 友達になってくれて嬉しかった! ……だから、みんなともそうなりたい、です ……もちろん白鷺さんとも!」
声は少し震えていたがそれでもはっきりと小糸は言ってみせた。小糸の思いがけない言葉に紗友里はハッと顔を上げるとぽつりぽつりと呟いた。
「わ、わたくしとも……? 友達になってくださるの? あ、あんなにひどいことをたくさんしたのに」
「うん。千尋が言ってたようにきっと私たちはやり直せるはずだから…… だから……」
そう言うと小糸の眼からはポロポロと涙が零れていた。そんな小糸につられたのか周りの女子たちも涙ぐむ。紗友里も例外ではなく顔をくしゃくしゃにしてまで大粒の涙を流していた。
思春期に周囲の大人たちが子どもに与える影響はとても大きなものである。
名家生まれというステータスから与えられる重圧、周囲から注目されることの苦痛。千尋はそんな彼女たちの心の奥にある優しさや、自分らしさを持ち前の明るさと慈愛に満ちた言葉によって引っ張り出したに過ぎない。人とは本来、優しい生き物であるということを千尋自身が信じた結果が生み出した結末である。
「私のことは下の名前で呼んでくれると嬉しいな……白鷺さん」
「わたくしのことも紗友里、で、いいですわよ小糸さん」
私も私もと周囲の女子たちも次々と小糸と紗友里の周りを取り囲んだ。日が差す教室には華々しい笑顔の花が咲き乱れていた。
× × × × ×
「みんな友達になってくれて良かったね小糸ちゃん」
小糸にとっては忘れられない一日となった学校の帰り道。千尋と小糸は夕暮れの道を並んで歩いていた。
「う、うん。……全部千尋くんのおかげ」
「僕はたいしたことしてないよ」
一言二言交わされるたびに、自分に向けられる笑顔に小糸はいつのまにか並々ならぬ感情を抱いていた。名前を呼ばれるたびに心臓の鼓動が跳ね上がる、顔が熱くなるのを感じる。この感情が何であるかを小糸はもうすでに理解していた。
「あ、あの……千尋くん、お願いがあるんだけど」
「うん? なに?」
「えと、その、私からお願いしておいてこんなこと言うの本当に変……だけど。その」
明らかに挙動不審な小糸の様子を怪しむ千尋であったが、ゆっくりと彼女の発する言葉を待っていた。
「あ、あの! やっぱり私のこと『小糸』って呼ぶのナシにして!」
「へ?」
小糸からの思いがけない申し出に千尋は言葉を失くしていた。
「本当にごめんなさい! 変なこと言ってるのはわ、わかってるけど……どうしても」
「どうしても……?」
「は、恥ずかしくて……」
そういう小糸の顔は耳まで真っ赤になっていた。
「あ、そ、そうなんだ」
「千尋くんが嫌だったら私も千尋くんのこと名字で呼ぶから許して~!」
「い、いや僕のことは気にしなくていいよ!」
「じ、じゃあ、また学校で! またね千尋くん!」
そう言うと小糸は一目散に駆け出して行った。
「う、うん。……またね長谷川さん」
ひとり取り残された千尋はポツリとそう呟いた。
× × × × ×
紗友里たちによる教室騒動から数日が経ったある日の学校の昼休みのことである。
千尋は渡り廊下から中庭で楽しそうに紗友里たちと楽しそうに談笑する小糸の姿を見かけた。それを見た千尋からも自然と笑みがこぼれていた。
一方、そのころ―――――
「ほら、小糸! 千尋様がこっちを見てるわよ! 手ぐらい振らないでどうするの!」
「む、無理だよ紗友里ちゃん~! 恥ずかしいってば!」
「何言ってるんですの! 女同士の恋愛でもわたくしは応援していますのよ! むしろそっちのほうが燃えるじゃないですか! 女は度胸ですわ!」
千尋が男であるということは秘密にしているため、当然このような誤解になるのだがまさか紗友里がここまで熱くなるとは小糸も思ってはいなかった。周りの女子たちもすっかり紗友里の熱量に圧倒されていた。
「さあさあ、小糸がやらないのでしたらわたくしがやっちゃいますわ! ……おーい!千尋様ー!」
そう言うと紗友里は千尋に向けて両手を高く上げぶんぶんと勢いよく振った。それに気づいた千尋も笑顔で手を振り返す。
「はうっ! 天使のごとくこの上なき目目麗しい笑顔……! こんなの小糸じゃなくてもイチコロですわ」
「紗友里ちゃん……」
心臓を矢で射抜かれたかのようなリアクションをする紗友里の姿に小糸含め周りの女子たちも思わず苦笑する。
一方、そのころ―――――
「楽しそうでよかった」
なんの話をしてるかまではわからなかったが小糸の反応を見る限り、きっともう大丈夫だろう。
千尋は静かにその場を後にした。
× × × × ×
そんなこんなで小糸は無事、楽しい中学校生活を送り、今に至る。
高校生になった今でも千尋に対する想いは変わらないままだ。
「いつか私でも千尋くんに好きだって伝えることできるかな……」
中学を卒業したら離れ離れになってしまうのはわかっていたがそれでもこの気持ちは結局伝えられないままでいた。
「でも、今日みたいな偶然もあるわけだし神様はきっとチャンスをくれるはず!」
その時はこの気持ちを真っすぐにぶつけてみよう。あの日、ひとりぼっちでいた私に話しかけてきたあなたが好きです。私を眩しく照らしてくれたあなたの笑顔が好きです、と。
その時が来るまでこの気持ちは彼には秘密。この秘密をいつか打ち明けられたら私はきっと、もっと前に進める。
この高校で昔の私のようにひとりぼっちでいた子に、あの時のあなたのように話しかけることが出来たのもあなたのおかげ。そしてその子とちゃんとお友達になれたのもあなたのおかげ。
その子が孤立していたのも昔の私のように家柄のせいだった。だけど勇気をもって話しかけたら明るくてお洋服が大好きなとても優しい子だということがわかった。
その子の名前は―――――
「おはよう
なんとか遅刻することなく教室に着いた私は隣の席の子に元気よく話しかける。
「おはよう小糸ちゃん!」
彼女もまた元気よく笑顔で挨拶を返してくれるのだった。こんな小さな幸せでも小糸にとってはかけがえのない日常となるのであった。
ありがとう千尋くん。今の私があるのは全部、あなたのおかげです―――――
× × × × ×
「そういえばお嬢様ってお友達、とかいらっしゃるんでしょうか」
「あら、気になっちゃうかしら」
商店街でのおつかいを無事に終えた千尋は
道中で小糸に遭遇したこともあり少し昔のことを思い出していた千尋はそんなことを口に出していた。
「お家柄、というものはいつの時代も付きまとうものなのかな。と思いまして……あ、もちろん変な意味じゃないですよ!」
ヤクザの家系を悪く言ってるように聞こえてしまったのではないかと思い、千尋は慌てて訂正する。そんな千尋の様子を意にも介さず、松江は言った。
「家が家ですから楓もそういう苦労をしてきたのは知っています。でもね、高校に入ってからのあの子とても明るくなったのよ。なんでも自分のことをちっとも怖がらずに話しかけてくれた子がいたんですって。良い友達が出来たーって楽しそうに話してくれたわ」
「へぇーそうなんですね」
きっとその子はとても良い子なんだろうなぁと千尋は思った。
「家柄とか関係なくあの子のことをしっかり見てくれる人がいてくれて本当に良かったわ。あなたにもあの子のこと改めてお願いするわね、千尋さん」
「はい! もちろんです!」
「それじゃあこれ、さっさと済ませちゃいましょうか! まだまだやることはたくさんあるわよ!」
「が、頑張ります!」
話に夢中ですっかり手が止まってしまっていたことを思い出した千尋はせっせと手を動かし始めるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます