第5話 オタクなお嬢様にはこだわりがある

「お嬢様、かえでお嬢様! 起きてください、学校遅刻しますよ!」


 千尋ちひろが桐生家に修行に来てからあっという間に次の朝が来た。言うなれば千尋がメイドとして働き始める日、修行開始の朝である。その記念すべき初仕事がこれ。平日は地元の高校に通っている楓の朝の支度を手伝うことである。


「うーんむにゃむにゃ……あと五分」


「ダメです。起きてください!」


 このままではらちが明かないと感じた千尋は、楓がもぞもぞと潜り込んでいく掛布団を強引に引っ張り上げた。その拍子に楓はベッドから引きずり落ちていった。

 やば、ちょっと乱暴すぎたか!? と千尋は少し慌てる。


「んあ!?」


「も、申し訳ありません! お嬢様、だいじょう……ぶ、です、か?」


 ほけーっと恍惚こうこつの表情でこちらを見やる楓を見て、困惑した千尋は歯切れを悪くした。


「あ、あのー……お嬢様?」


「……天使」


「はい?」


「はぁ~顔が良すぎる……こんなかわいい子にこれから毎日起こしてもらえるなんてなに? ここは天国?」


「……お目覚めになられたのでしたらなによりです」


 楓のリアクションに苦笑いしながら千尋は昨晩の楓とのやりとりを思い出していた。




 × × × × ×




 日が沈み始めて夕暮れの景色が千尋と楓が歩く廊下をオレンジ色に染めていた。

 宗司との挨拶を済ませた後、楓に家中を案内してもらった千尋は今日はもう遅いからと用意してもらった自室に向かっているところだった。


「ねえねえ! 千尋ちゃんっていくつ?」


「えっと、今年で16歳になります」


「ほんと!? あたしも同じ!! 同い年だなんて嬉しいな~」


 そう言うと楓はにへら~と頬をほころばせた。

 その様子が千尋にはなんだかくすぐったくて思わず顔を背けてしまったが、すぐに失礼なことをしたと思い当たり千尋が慌てて振り返ると思ってたよりもすぐ近くに楓の顔があった。

 楓からまじまじと見つめられ、千尋は恥ずかしさのあまり頬を赤く染めた。


「あ、あの」


「やっぱりすごくかわいいわ」


「……え?」


 そう言い出すや否や、楓は千尋の周りをぐるぐるとまわりながら饒舌じょうぜつに語りだした。


「ただかわいいだけじゃないわ。まず顔が良すぎるのよ! 綺麗なサラサラの栗色の髪! 長いまつ毛に猫のようにくりっとしたおめめ。シュッとした鼻筋に薄ピンクのやわらかい唇、それにこの白い肌に細い腰回り、胸はかなり控えめだけどそれもまた良し!」


「うわわっ!?」


 急に身体のあちこちを触られはじめたことに驚いた千尋はとっさに後ずさりをした。


「あ、ごめんなさい! あたしったらつい夢中になっちゃって」


 あははと苦笑いしながら楓は頭をかいた。


「い、いえ ……ちょっとびっくりしただけです」


 とか言ってるが、千尋の内心は焦りに焦りまくっていた。

 触られるところが違えばすぐに男だとバレてしまってもおかしくなかったからである。

 そんな千尋の心情など露知らず、楓はまたもや千尋の容姿をまじまじと見つめていた。


「あの、まだなにか……?」


「やっぱりそのメイド服にして正解だったわね。あたしのセンスが光ってるわ~」


「はぁ、この服はお嬢様が……」


「そう! いやあ、メイド喫茶とかでよく見るようなフリフリしたメイド服も大好きなんだけど、お給仕として働いてもらうわけだからやっぱりクラシックで落ち着いたメイド服がいいなって思ったのよ~ あ、そもそもメイドの始まりっていうのはね―――」


 楓がべらべらとメイドについて語り始めてしまったのでこれは話が長くなってしまうなと直感した千尋は話題を変えようと無理矢理脳を働かせた。


「ああ、えっと! この服、サイズも僕にぴったりで、すごく気に入ってます! とても素敵だと思いますよ!」


 ん?

 千尋と楓の間に変な間が訪れる。しーんとした空気にぽかんとこちらを見ている楓に千尋は不安を覚える。


「千尋ちゃん今、って……」


「……あっ!」


 しまった――――― と心の中で慌て始める千尋。

 話題を変えることに必死になるあまり、ついいつもの口調が漏れ出てしまったのであった。


「こ、これはその、えと」


「ボクっキターーーーーー!!!!!」


「え?」


「この見た目でボクっ娘とか、どんだけオプション強いんだよ……神か? 神の子があたしの目の前にいる! ああ、神様ありがとう―――あたしはきっとこの日のために生まれてきたんだわ」


 目の前でいきなり神様を拝み始める楓の姿に圧倒されるも、なんとかなったことに一安心する千尋。

 そんなことをしてる間に日はとっくに沈み切り、自室まで案内してくれた楓と別れると千尋は用意されてあった布団に倒れこむようにした眠りについたのであった。

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