第4話 親父の笑顔にはギャップがある
「ところでなぜメイドなんでしょうか?」
時は数時間前に遡る。
茶の間で母と向き合っているときに
「なぜって?」
「いや、女性らしさを手に入れるための修行なら別にメイドじゃなくても……」
もごもごと口ごもっていく千尋の様子を
「うちで働いてくれるのなら是非メイドで! という向こうの提案を飲んだまでよ」
「へ?」
千鶴の話によると、千尋は『仙川家の一人娘で花嫁修業の一環として遠縁の親戚の家に奉公人として1年間世話になる』という設定で送り出されるらしい。
それなのにわざわざメイドとして来ることを要求してくるなんて一体どんなもの好きな家なんだろうか。
「おもしろそうだったからその提案を受けることにしたのよ!」
「はぁ……」
駄目だこの母親…早く何とかしないと… いや、もう諦めよ。
千尋の情けない決意と共に回想は終了するのである。
× × × × ×
それでもやっぱりヤクザのお屋敷にメイドはおかしいんじゃないの?
そう思いつつも千尋はあれよあれよという間にお屋敷の中に引きずり込まれ、立派なソファが鎮座する大きいの事務所のような部屋に通されていた。
「こちらにおかけしてお待ちください」
部屋まで案内してくれた黒スーツの男が、千尋たちにソファで座って待つよう促した。男は千尋たちが座ったのを確認すると部屋の外に出て行った。
先ほど玄関先で
「パパが千尋ちゃんに挨拶だけしておきたいんだって」
「パパ?」
楓が千尋にそう言った途端、部屋の入り口がガチャリと音をたて先ほどの黒スーツの男が再び部屋に入り入り口の扉を開けたまま道を作るように端のほうへ避けた。
すると入り口のほうからベージュのハットを被りグレーのスーツに身を包んだ大柄な男が入ってきた。
それまでの部屋の中の空気が一変、ピリッと張りつめるような感覚を千尋は覚えた。
左眉の上に大きな傷跡を残しながら睨まれただけで殺されてしまいそうなほど鋭い眼光を放つ男の顔を見た千尋は思わず全身を
男はハットと上着のジャケットを脱ぐと黒スーツの男に手渡し、千尋たちの向かい側のソファへと腰を下ろした。
「あんたが仙川んとこから来たお嬢さんかい。話は聞いとるよ」
「は、はい。仙川千尋ですよろしくおねがいします」
「俺ぁ、そこにいる楓の父でこの桐生組をまとめてる
この人がパパ!?……全然似てるように見えないけど。しかも桐生組の組長って。
千尋が思わずギョッとした顔で隣を見やると、楓は相も変わらず笑顔で千尋と宗司のやりとりを黙って見ていた。
「それにしてもあんたには悪いな。うちのバカのわがままでみょうちきりんな恰好する羽目になっちまってよ」
「バカって何よ!バカって」
宗司が溜め息交じりに言うと、それまで黙っていた楓が唐突に声を荒げた。
突然のことに千尋は思わず肩をびくりと震わせた。
「このバカの面倒見てくれるだけでもありがてえってのに勝手に変な注文までつけやがって。これをバカと言わずしてなんというか!」
「うるさいわね! いいじゃない千鶴おばさまは快諾してくださったし、なによりほら! 千尋ちゃんめちゃくちゃかわいいでしょ!」
二人のやりとりを聞くにどうやらメイドで来てほしいと注文を付けたのは娘の楓のほうらしい。
楓にグイと急に腕を引っ張られた千尋は思わず体制を崩しふらつく。
その様子を見た宗司は、はぁと顔に手をやる。
「もういい。好きにしろ…… ったく。この通り、嬢ちゃんにはうちでこいつの世話を見てもらうことになっている。すまないがよろしく頼む」
宗司はそう言うと両膝に手をつき千尋に向けて頭を下げた。
「あ、えっと、こちらこそよろしくおねがいします」
宗司につられて千尋もぺこりとお辞儀をする。楓は千尋の腕を掴んだまま父に向ってあっかんべをしていた。
「うちは男ばかりいるむさいところかもしれんが、自分ちだと思って暮らしてくれて構わない。部屋も用意させてあるから後で楓にでも案内してもらってくれ」
「はい。ありがとうございます」
泣く子も黙りそうな顔面からは想像もできない優しい笑顔を向けられ千尋は少し安堵した。
なんだ思ってたより怖い人じゃないんだな。笑った顔は少し楓に似ているかもしれない。
千尋がそんなことを考えていると黒スーツの男が宗司に近寄り耳打ちをする。
「親父、そろそろ……」
「ああ、もうそんな時間か」
そう言うと宗司はソファから立ち上がりハットと上着を受け取ると千尋たちに軽く別れの挨拶をし部屋を後にした。
桐生宗司が部屋を出るとそれまでぴりりと張りつめていた空気がほどけるような音がした。
「もうパパったらお客さんの前でバカバカ言うなんて……」
ぶつくさ言いながら楓は立ち上がるとまたにこっと笑顔を作り千尋に向き合うと、手を差し伸べながらこう言った。
「それじゃあ、千尋ちゃんの部屋まで案内するついでにうちの中も色々案内してあげるね。いこ!」
「はい。よろしくおねがいします」
楓の手を取り、千尋もソファから立ち上がり部屋を後にした。
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