愕然として茫然。そして突然。

冬蛍

第1話

大叔父おおおじ~ 僕二十歳はたちになったよ~」


 最後にこの娘に会ったのはいつだっただろうか?

 唐突に俺の自宅へと訪ねてきたのは、親戚の女の子である愛生あおいだった。

 ボクっ子がその手にひらひらとさせて持っているのは、ピンクの枠線が目立つ一枚の紙きれ。


 それは大部分が記入済みの『婚姻届』だった。


 目立つ空白部分は、”俺と愛生が結婚するのなら”だが、俺が書くはずの部分のみ。

 他の部分の全てが、記入済みで埋まってるそれを、女の子ではなく、それでも、大人にまではなり切れていない”女性”を感じさせる年齢になった愛生が持っていた。


 俺はと言えば、魔法使いには成れもせず。

 三十の大台になって、”都市伝説が嘘だった”と、わからされてしまってから早や一年が経過している。

 当たり前のことだけれど、俺の身には異世界転移も異世界転生も、これまで起こっていない。


 だがしかし、だ。

 俺の孤独を楽しみ、怠惰に過ごす日々は、どうやら終止符を打たれるようだ。


 外気温が三十八度にもなろうか。


 そんな酷暑の夏の日。


 愕然として茫然となった突然の出来事。


 三十一歳の無職の俺は大姪おおめいに求婚されたのである。


  




 俺の両親は、「ちょっと問題あるんじゃね?」って言いたくなるような、そんな流れで結婚したトンデモ夫婦だ。

 新卒で中学校の教師になった、顔面偏差値が異様に高い俺の父親。

 若き日の父は、当時中三だった俺の母の猛烈なアタックに根負けした。

 そうして、卒業後に正式に付き合う。

 と言うか、すぐ結婚して子作りまでしやがった。


 後に母は、この時のことをこう語った。


「少子化のこのご時世、子を産んでいるだけでも社会貢献してるんだぞ!」


 俺に謎のドヤ顔ムーブで母親は語ったわけだが。


 俺には俺の言い分があって、「若さとほとばしるナニカの結果なだけだろ」と思っている。


 そんで、まぁ。

 最初に生まれたのが俺の姉。

 なのだが、この姉も似たようなことをしでかしやがってな。


 これは、「似た者母娘」とでも表現すれば良いのだろうか?

 血統とか遺伝子がそうなっているのか?


 俺には原因がよくわからん。

 けれども、とにかくそうなった。

 要するに、俺の母は、よわい三十四にして孫娘がいる状態になったんだよな。


 そうして、更に。


 謎の連鎖は続き、母が齢五十一になった時には、曾孫までしっかり居るというね。

 もう「何が何だか」って話だろ?

 俺もそう思う。

 なんなら、「他人事だったら良いな」と呟きながら、遠い目をしたいまである。


 もちろん、そんな現実逃避をしても、状況は何も変わらないがな!


 で、俺が生まれた時の話なんだが。

 両親が、「もうこの年で妊娠なんてしないだろう?」って油断してね。

 できちゃった子供が俺だったりするんだな、これが。


 母が四十歳の時に出産した第三子にして、長男が俺ってわけだ。


 ちなみに、長女と俺との間にもう一人、第二子になる姉が居るんだが、まぁその話はやめておこう。


 ここではあまり関係がないしな。






 母は昨年亡くなった。


 特に何が原因ってのはなく、死因は心肺停止。

 縁側で日向ぼっこ中に、眠るように逝ったらしい。

 父はその二年前にガンで亡くなっている。

 母は父が居なくなって急に老け込んでいたから、単に気力の問題だったのかもしれない。


 学歴がなかった母は、お金で家族に苦労はさせないと、一念発起して父の稼ぎとパート代を原資に、株とFXで一代で財を築く。

 その額、なんと八十億円。

 しかし、母が住む家は粗末な借家で、衣服に金を掛けて着飾ることもなく本人の生活は質素の一言。


 そして晩年の母は、投資から完全に手を引いていた。

 所有資産を全て現金化して、銀行口座に入金してあったんだ。


 後から思えば、自らの死期を悟って、俺たちの相続を面倒にしないようにしていたのかもしれない。

 節税をする気は、皆無だったようだがな!


 尚、口座は預金保険制度で全額保護してもらえる、無利息型普通預金という聞き慣れないモノとなっていたのは、些細なことだと思う。

 母らしいっちゃらしいのだけれど。


 遺産については遺言が残されていて、姉弟で揉める余地などなくきっちり三等分で現金が分けられた。

 ぶっちゃけ、晩年の母の面倒を見ていたのは、ほぼ全部俺。

 その負担が大きかった部分があるので、「なんだかなぁ」と、思わないこともなかった。

 けれども、税金を引かれても十億円を余裕で超える銭が転がり込んできたのだから文句などない。

 いや、やっぱりあるわ!


 遺産の八十億円は、ちゃんと稼ぎに対して法に従って納税した上で、母が自力で築き上げたモノ。

 子供俺たちへ残すための現金預金だったはずなんだ。

 そこから相続税という名目で、国が四十億円を超える金額を持って行く。

 いくらなんでも、金額も割合も大き過ぎて、さすがにアレな感じがする。


 こういうのも、二重課税とかに当たるんじゃないのかよ?


 そんなことを、思っちゃったりもする。

 その辺は、俺の思い込みの勘違いなのかもしれないけどな。


 まぁ、だがしかし、だ。


 思うことと行動は別物。

 法は法だから、納税義務には従うけど。

 そうして、俺は納税して残った預金を、チマチマ取り崩して慎ましく生活していくことになる。






「こーんな若くて美人な嫁が来るチャンスなんて、大叔父にはもうないよ? てか、僕の他にそんな女が現れたら潰すけど!」


 おいおい、愛生。

 その「潰す」ってなんだよ?

 発言が怖いわ!


「いやいや、待てよ。愛生は俺が姉だと思ってる人の娘。俺からしたら姪っ子みたいな感覚なんだぞ? そんな相手と結婚とかできなくね? 歳の差だって十一もあるんだぞ?」


 法律の話で言えば、俺と愛生は親戚関係の遠近が四親等になる。

 婚姻が許されないのは、法律上だと三親等以内であるため、俺たちは一応結婚が可能な間柄ではあるんだ。


 但し、だ。

 

 血縁関係とかを考慮しなくとも、三十一歳のおっさんと二十歳の若い娘という組み合わせってだけで、そこはかとなく犯罪臭を感じるのは俺だけだろうか?


「あー。お母さんは『愛生がそれで良いなら良いよ』って。大叔父のことを、『あの子は、お金だけは持ってて無駄遣いする人間じゃないから。たぶん生活には困らないでしょ』って」


 あんにゃろ。

 簡単にそんなことを許すなよ。

 愛生はまだ大学生で、親の庇護下に居るべき学生じゃねーか。


「いやー。お恥ずかしい話さぁ。家、下の弟の進学にもお金の算段で困る経済状況なんだよね。だから、『嫁に行って学費込みで養ってもらえると嬉しいなー』がお母さんの本音。お父さんが居ないから大変なんだよね」


 ちらりと見えた婚姻届の証人欄。

 そこには、愛生の母親と、俺に対して姉ってよりは母親ムーブをする歳の離れた一番上の俺のマジ姉の名が記入されていた。


 姉ちゃん。

 アンタも何やってくれちゃってんのよ。

 ここは孫娘を止めろよ!


 てか、自分の娘や孫への資金援助くらいしてやれよ!

 アンタも俺と同額相続しただろーが!


 以上が俺の考えだが、極めて真っ当であると信じている。


「愛生が言いたいことは理解した。このまま玄関先で話し続けるのもなんだし、とりあえず家に上がれ」


「はーい。お邪魔しまーす。ってか、ただいまー。我が家よ! 私は帰って来た!」


「おま、それ元ネタ知ってんの?」


 俺の疑問に、にこにこしながら頷く愛生は、あざと可愛い。


「おばーちゃんが、『共通の話題もあるほうが一緒に生活するのが楽しくなるから』って。アニメ見てたら普通にハマっちゃったんだけどねー」


 俺は冷蔵庫から冷えた麦茶を出し、エアコンの設定温度を一旦少し下げた。

 玄関先でドアを開けたまま話をしていたせいか、室温が少し高くなっている気がしたのだ。


「で、だ。愛生。お前本気か?」


「冗談でこんなことするわけないじゃない。それに、僕、子供の頃から王子が好きだったよ?」


 愛生がまだ小さなガキの頃、彼女の祖母になる俺の姉が「この人が愛生の大叔父おおおじよ」と、紹介したんだ。

 けれども、当時の愛生は、「おおおじ」がうまく言葉で言えなかった。

 で、王子おおじと妙な誤認をして、俺に”私の王子様ごっこ”をねだったのだ。


 俺は俺で、親戚の可愛い小さな女の子に対して、良いお兄さん役を演じたわけなんだが。

 その頃の呼び名を、今更持ち出して来るとはな。


「うーん。先に金の話をされてると、金づるにしか見られてない感があるんだが?」


「あのね、愛はお金じゃ買えない。かもしれない。買えそうな気がしなくもないけどさ。でもね、お金があれば愛は潤うの。悲しいけど、これ、現実なのよね」


 茶化したように言う愛生の表情は、まるで今の会話を楽しんでいるかのように、俺には見えている。

 悲壮な決意みたいなものは、微塵も感じられない。


「大金を得た者が、全て幸せになれるとは限らん。しかし! 幸せな人生を歩む者は皆すべからくお金を必要としておる!」


 俺が考えに耽って沈黙していると、愛生は、どっかで聞いたような、なんか違うような発言を続けた。

 その言葉の内容自体に、俺は納得してしまいかかって。

 って、待て。


二十歳はたちの女の言う台詞じゃねーぞ! それになぁ。発言にちょいちょいネタを盛り込むんじゃねーよ! あとな、金の無心なら言っちゃなんだが、愛生のおばーちゃんも俺と同じだけの金額を相続してるんだぞ?」


「おばーちゃんはね、全部使っちゃって残ってないってさ。せっかく買った家も『こてーしさん税?』だっけ。そういうのが払えなくなって売っちゃって、それで売って入って来た残りのお金も全部使っちゃったみたいだよー」


 おそらく、アイツはギャンブルに全額突っ込んだのだろう。

 俺の知る長姉の性格や行動から、そんなことが即座に頭へと浮ぶ。

 だが、それは別にどうでも良い。

 姉の金は姉のモノなのだ。


「別に、僕はお金だけのために来たわけじゃないよ。食べさせてくれて、大学行く面倒さえ見てくれれば、『家事手伝い』と『夜伽』がついてくる。そんな感じで王子のお妃おきさきさんになりたいだけだよ? 『財産を寄こせ』とか『自由に使わせろ』とか言わないよ? あっ! でもお小遣いとスマホ代もお願いできると嬉しいかな。そこはダメならアルバイトして自力で頑張るけど」


「なんだろう? 最近の言い方だと、『パパ活』って言うんじゃねぇの? コレ」


「結婚するから違いますよーだ! それに、知らないおじさんとお金のためにスルとか嫌だよ! 王子は僕にそんなことをしろって言うのかー? それでも良いの?」


 良いわけがない。

 親戚であり、可愛い娘なのだから。


「あー。金で解決ってことで。『愛生や弟君の学費を俺が援助する』ってだけじゃだめなのか?」


 俺の口から出たのは、仮に愛生の弟君が「俺の進学先は私立の医学部だ!」とか言い出しても、学費を出してやれるだけの現金はあるが故の提案だった。


 俺は築年数に年季が入っていて、安く買えた3LDKの中古マンションを住居として所有している。

 出費の項目は、知れている。

 マンションの管理費に修繕積立費、固定資産税の他は、国民年金と国民健康保険に住民税、月々の光熱費にネット関連の維持費、残るは食費と趣味への費用くらいしか出費がない。

 TVは捨てたし、他にTV地上波の受信設備は持ってない。

 俺が勝手に「国民の敵だ」認識しているN〇K受信料からは、開放されているし。


 そして、重要なこと。


 この国の国民健康保険と住民税。

 これらは前年の収入で支払う金額が決まるのだが、俺には預金が沢山あっても、収入はない。

 ひょっとしたら、「利息収入とかあるんじゃない?」と思う方もおられるかもしれないが、そこは違う。


 株式の配当金なんかもそうなんだが、銀行の利息は一律で先に税が天引きされて、それは前年の収入とは別枠扱い。

 要は、俺の場合だと利息収入があったとしても、住民税とかの算出に使われる収入とはみなされないのだ。

 つまりは、収入ゼロ扱いで、最低金額しか請求されないのである。


 ま、俺は母に倣って、無利息型普通預金の口座に金のほとんどを置いているので、そもそも利息なんてほぼないんだけどな。


 車は持たないし持ちたくない。

 アレってね、俺には税の搾取の塊にしか見えないから。

 もちろん、それが俺の偏見であろうことは認める。


 趣味はいわゆるアニメや漫画、ラノベだが、そこに一か月で使う上限は三万円以下と決めている。


 要するに、だ。


 今後七十年くらい生きたとしても、手持ちの十億円以上の金を使い切るような生活ではない。


 ついでに言えば、「働きたくないでござる」なだけなんだけどな。






 ブー


 何度聞いても不快な感じがする呼び出し音。

 俺の家に用がある人間が来たことを告げるそれだ。


「あ。来た来た。たぶん僕のだよ」


「はっ?」


「今日からここに住むんだから、荷物があるに決まってるじゃない。こっちの来客用の部屋を僕が貰うけど良いよね? はーい。今出まーす」






「なんか、俺の提案はなかったことにされちゃってる感じ?」


 懸命に荷解きを行い、忙しそうにしている愛生。

 いたたまれない俺は、そう声をかけた。


「それさ。やったら贈与税の対象になる。学費を貸した扱いなら借用書を作る費用で済むけど、その方法だと、僕にも弟にも、『社会に出る前に、多額の借金を背負え』って話になっちゃうよ?」


「前途ある若者に、それは忍びない話だな」


「うん。僕だってね、最初は自分でなんとかしたいって思ったんだ。で、『奨学金とか受けれないかな?』って考えて調べてびっくりした。親以外に保証人が必要でね。でもそれって借金の保証人と同じだから、そう簡単になってくれる人なんて居ないでしょう?」


「まぁ、そうだろうなぁ」


「それに、年齢とか続き柄とか、居住地なんかの要件も厳しくてね。保証人になってくれる人が居なくて奨学金を受けようとすると、月々の支給額から保証料って名目でお金が天引きされるの」


「なんだそりゃ。酷いな」


「でしょ。お金がないから奨学金を借りるのに、そこからピンハネするかのようにけっこうな額を天引きとか、すっごい搾取システムに感じる」


 愛生の話を聞いていると切なくなってくる。

 奨学金を借りているが、保証人を用意できない学生さんの割合は、聞いた内容から察すると相当に高いようだ。


 次代を担う若者たちを痛めつける商売を許すって、一体どうする気なんだろうか?

 貧乏人は進学するなってことなんかね?


「知らなかったな。そんな仕組みになっているのか」


 母子家庭という扱いになると、行政からの支援が厚くなるらしいし、生活保護世帯でもそういうのがあるらしいというのは、ネット情報で見たことがある気はする。

 だが、愛生の父は五年前に失踪しただけ(借金を作って逃げたらしいが、俺は詳しくは知らない)であるので、戸籍上は両親が居るのだ。


 失踪は警察に届けて七年経てば、離婚とか死亡扱いとか手続きができるらしいが、その辺の知識も俺は詳しくはない。


 そもそも、愛生から父親の話を聞くと、彼女の母親は外聞を気にして、周囲の人間には「父親が単身赴任で遠方に居る」と吹聴しているらしい。

 俺から言わせば「無駄な見栄」の一言だが、そこは干渉すべきところではないし、できない。


「で、色々考えた結果、『僕には白馬の王子様が居るじゃん』って気づいた。あの約束も有効だよね? 『三十過ぎて独身で彼女も居なかったら。その時でも僕の気持ちが変わっていなかったら。嫁にもらってくれる』って。結婚するって約束したよね? 血判付きの証拠。僕はちゃんと大切に持っているんだぞ!」


 その約束って、俺が高校生やってたぐらいの時のだよな。

 ノリで書いたのは覚えてる。


 俺的には「それは時効だ」って言いたいとこだが。


 それによく聞いていると、ちょっとおかしい。


 愛生は「気づいた」って言ってるから、それまでは忘れていたんだよな。

 証拠を大切に持ってて、忘れてたとか変。


 でも、俺は、そんな細かなところを追求なんかしないけどな。


 俺にはこれまでも今後も、リアルの話に限定すれば、彼女や嫁ができる予定なんてなかった。

 そのはずだったのに、女子大学生の美人が嫁に来るんだ。

 くだらない追及なんて、したら罰が当たるってもんだな。


 スタイルもまぁ。


 うん。


 ここはコメントしたら戦争が起こる気がする。


「俺は無職のおっさんであって、王子様でもなんでもないんだが。本当にそれで良いのか?」


「うん。じゃ、ここに名前書いてハンコを押してね。戸籍謄本が必要になるから、今から急いでもらってきて。僕は荷物の片付けを続ける。さっさとやんないと、初夜ができないからね。あ、出かける前に、合い鍵をちょうだい」


 結婚式とか新婚旅行とか。


 女は晴れ舞台的にやりたいもんじゃないのかなぁ?


 指輪とかなしで良いのか?


 一般論的にはたぶん間違ってない気がする内容を考えながら、俺は戸籍謄本を役所に取りに行った。


 そうして、婚姻届けを二人で出しに行って、俺と愛生は夫婦ってものになった。

 式の話は父親の件もあって、むしろやりたくないそうだ。


 ウエディングドレスへの憧れはあるそうなので、後日記念写真だけを撮影する話に落ち着いた。

 旅行は新婚旅行としてかしこまって行くよりは、同じ費用を使って、安上がりに複数回行く方が好みらしい。

 結婚指輪は近々に購入予定だ。

 婚約指輪に相当するものは、なしである。


 夕食がてらにそうした話まで済んでも、全然結婚をした実感はなかった。

 けれども、「初夜です」と真面目くさった顔で愛生が俺の布団へとやって来て、初めて俺の覚悟が決まった気がした。


 俺も愛生も、その夜、これまで大切に守って来たモノを捨てたのだ。

 それは、「卒業した」って言う方が聞こえは良いかもしれないが。






 俺が高校を出てから高等遊民と化してしまったせいで、疎遠になっていた幼馴染の女が、その翌日になって急に電話でデートの誘いをしてきたなんてのは些細なこと。

 おそらく、今頃になって「俺が大金を持っている」という話を、何処からか聞きつけたのだろう。


 後日、デートではなく一緒に飯を食いに行くという約束を履行した時。

 幼馴染の女が、俺の左手の薬指に視線を向けてからの沈黙の六十秒。

 それは「なかなかの体験だった」とだけ言っておこう。


 結婚指輪がはまってただけなんだがな。






 俺の孤独な日々はそんな経緯で終わったが、愛生とイチャコラする新たな生活も悪くはなかった。

 平日の日中は、嫁の長期の休みの時期を除けば、相変わらず独りの時間がしっかりと確保されてたってのも大きいけどな。


 無職でも幸せになったって良いだろう?


 他人からの「それはお前が大金を相続できたからこそ、言えるだけだろ!」とのツッコミは甘んじて受け入れよう。

 だが、俺は、俺に係わる人間の中で選り好みして、それを幸せにできるだけでも、「俺、頑張った」と、自分で自分を褒めたくなる。

 

 とある夏の日。


 俺は結婚できると思っていなかった相手と、結婚をした。

 突然、人生が大きく変わったのだった。

 


◇◇◇注意◇◇◇


 このお話はフィクションです。登場する法や税、保険、社会保障関連、奨学金の制度などは設定ですので、リアル日本とは齟齬が有る可能性があります。(参考にはしていますけどね)

 なので! ここはこうだぞ! というツッコミは大歓迎。

 「へー。そうなのか」と、作者の知識が増えたりします故。

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