【そこは虎穴か掌か】

21

 盛大な音を立てて開かれた中には鼈甲がただひとり立っていた。しかし部屋の中央には透明の仕切りが黒狗を阻んでいる。


「ほんっトにあの男どもト来タら、高い金を払っテもなんの役にも立タないネ」


「そう言ってやるな。君がここへ逃げ込む程度の余裕は作ってくれただろう? その命にどれほどの価値があるのかは知らないがね」


 黒狗は忌々し気に呟く鼈甲を宥めるような緩い声で不用心に悠々と部屋の中へと踏み込んだ。ざっと部屋の中を見回してノックでもするかの気安さで眼前の仕切りへ銃弾を一発。

 それは盛大な音を立てたものの、ヒビ割れひとつ傷ひとつ残すことなく銃弾を弾き飛ばした。


「なるほど、防弾ガラスか」


「ご自慢の二丁拳銃でもそいツばかりはどうしようもないでショ。もチろん三丁めの銃でもネ」


 鼈甲の小馬鹿にした笑みにやれやれと首を振る黒狗。


「くはははは、さっきの意趣返しかい? いやはや、一本取られたね」


 確かに黒狗にこの場で防弾ガラスをどうにかする手段は無い。


「それで? 君はこれからどうするんだ」


 彼女はこの街ではほぼ孤立無援だ。取引相手は居ても蜘蛛媛との荒事にまで加担しようという猛者はいない。

 そしてそもそもこの部屋自体がとても引きこもりに向いているとは言い難い。


「手下が蹴散らかされて壊滅してるのは知ってるだろうに、まさか俺が飽きて帰るのをじっとそこで待つつもりかい? 見たところ風呂もトイレも、ご自慢の食料すらなさそうだが」


「テーブルの晩餐をツまんだのネ、まっタく卑しい男」


 鼈甲がと邪悪な笑みを浮かべ、黒狗の背後で扉が音を立てて閉まる。


「当然策はあるヨ。オマエは袋のねずみっテわケ」


「おおっと? いかんな、これは参った! ははははは」


 それこそ小馬鹿にしたように大仰に驚いた表情を作って笑う黒狗。鼈甲は一瞬苛立ったような表情を見せたが辛うじて冷静を装う。


「蜘蛛媛の七本脚の一本、《大暴食ダーバオシー》の黒狗ヘイゴウ。黒社会の最大組織である神合会の幹部に上納されるはずだっタ七十万元の特大乾貨を横取りして食っタもんだから、お仕置きに生きタまま手足を犬の餌にされタんですっテネ?」


「おやおや、俺の事なんか知らないのかとばかり思っていたが、なかなかに詳しいじゃないか」


「当然ヨ。もしかしテその全裸もペナルてィなのかしラ? それに今の手足は部下から奪ったトも聞いテるヨ。暴食トいうより強欲だネ」」


 鼈甲とて蜘蛛媛支配下で勝手をしている女丈夫、ただの無謀な愚か者ではない。彼女は彼女なりに情報を集め、手勢を揃えて備えてきたのだ。

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