19

 黒狗は血をまき散らしながら倒れる男を一瞥すると、何事もなかったかのように剣鍵へ視線を向けた。


「さて、これで残りはええと…二十くらいか?」


 この屋敷に雇われている戦力は予め剣鍵によって調査済だ。三人それぞれがその数を意識しつつ行動している。


「逃げた五人を数えなければ二十一です主様。それよりも」


 剣鍵は仰向けに昏倒している男へ油断なく視線を向ける。


「銃弾が逸れて耳孔から抜けています。放っておいても死ぬでしょうが……念のため止めを刺されたほうがよろしいのでは」


 銃弾は左上顎を粉砕し、その圧力と衝撃で眼球は押し出され見るも無惨な有様ではあったが、確かに銃弾は生存の要所を破壊せず左耳から抜けていた。

 とうに意識は失っているようだが、まだ辛うじて息もある。


「ふむ……」


 黒狗はほんの少しだけ考えるような素振そぶりを見せた。それが素振りだけであることを、実はふたりの部下は承知しているのだけれども。


「まあ命を拾ったならそれも一興、《大憤怒ダーフェンヌー》にでも紹介してやるさ」


「主様がそうおっしゃるのであれば」


 もとより敵のこの男がどうなろうと、万が一生き延びた先にどうあろうと、剣鍵も杖錠もまったく興味がない。我らはかくあるべしと生きるものである故に。

 しかし主が可能性という名の温情をかけるだろうことをふたりは既に察しており、もちろんそれを口に出すこともない。


「テーブルでゆっくり食事を楽しむつもりだったが気が変わった。この酒を一刻も早く持ち帰りたいからな。鼈甲小姐を先に片付けよう」


 方針変更を伝えていた黒狗の腕が突如跳ね上がって食堂奥の扉がある壁を撃った。薄い壁の向こうで野太く短い悲鳴が上がり、少し間を置いて床にじわりと鮮血が広がる。


「うむ。これで残り二十だな」


「それで残り二十ですね」


「あらあ、気にしてらしたんですかあ?」


 ドヤ顔の黒狗に剣鍵がしれっと返し、杖錠がくすくすと笑う。


「まあ、主の沽券というかその辺が一応な」


 黒狗は茶目っ気を見せて肩を竦めてからふたりに命令する。


「それでは、あとは手はず通りに」


「「仰せのままに主様」」


 一礼してそれぞれに駆け離れていくふたりを見送ってから、一瞬だけ窓の外に視線を向けつつもひとり奥の廊下へと進む黒狗。


「では彼女の部屋へ伺ってみようかな、くははっ」


 食堂は今にも途切れそうなか細い吐息だけが響いていた。

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