【轟鉄剛腕】

12

 杖錠が跳ねると同時に私は前に出る。

 指揮している者はのようだが手下の質は下の上がいいところか。まあ、三十秒もあればここにいる程度なら私ひとりで皆殺しも容易い。


 テーブルを用意すると言った手前それを成し遂げられる見積りになるのはもちろん結構なことだ。が。しかし、だ。


 今日は主様がいらっしゃる。ならば事務仕事のように片付けてしまうのは少々無粋だろうか。私が倒し過ぎてしまってはいささか趣に欠けるのでは?

 そういえば急ぎはしないとか任せるとか妙に持って回った言い方をされたのだったな。私も杖錠も愚直に過ぎるとたびたび諫められるし、もしやこれはなにかしら察せよというご意向なのだろうか。


ディンにばかりいい恰好をさせるのも癪なのだがな」


 もっとも、活躍したところでこのタイミングでは見ていただけそうもないのでどうでもよい気もする。

 私は酒も飯もそれほど違いのわかる男ではないが、主様の細やかな反応でその多寡は十分に知れるというものだ。

 匂いひとつで周りがそっちのけになるほど夢中になる料理は珍しい。こんなことはあの主様をもってしても滅多にない。

 となれば、さて。私はどうすべきか。


 ほんの一秒で脳が煮詰まるほど思案した末に、私は思い至った。


 まあ鉄火場というほどでもなし、行楽気分でのんびりやるか。


 主様は風流を解するお方だ。せっかく酒も料理もあるというのだし、この程度のやからにそうカリカリなさりもするまい。

 ともあれ。杖錠の行動が攪乱としてが効いている今が好機か。こちらからも打って出てやろう。動きの異なる二者が同時に動けば、それは物理的な位置とは関係なく心理的に挟撃となる。

 私は銃を腰に収めると両腕を広く構えて敵陣最前列へ突進した。いち早く気付いた何人かが銃口を向けて撃ってくるが、この鎧には素人に毛が生えた程度の銃弾が通るほど親切な隙間は無い。


 手近なテーブルを掴みかけたところで、こいつをひっくり返すと主様はがっかりなさるかも知れないなと思い至る。それどころか、わざわざ杖錠を遣わせた食卓を台無しにしたとあっては逆に私がお叱りを受けかねない。

 危ない危ない。咄嗟に手近な椅子を掴んで間近な敵に叩き付けるように投げる。

 盾を構えて重心を落とした男は、こんな木製の椅子が当たったところで精々牽制にしかなるまい、おそらくはそう考えたのだろう。

 一般的に考えればその判断は正しい。下手に逃げ惑うよりよほど賢明だ。


 ただ、相手が私だったというだけで。


 椅子を盾で受けた男はその衝撃に耐えきれず、後ろにいた仲間を巻き込んで盾ごと吹き飛んだ。

 さらにあっけに取られて視線をそちらに向けてしまった軽率な愚か者の懐へ飛び込むと、無造作にそのベルトを掴んで同じように目の前に立つ次の敵へと投げ付ける。更にふたりが気持ちよく水平に飛んで壁に激突する。


 私の腕にとっては木の椅子もテーブルも完全武装した人間も、その重さという点では大して変わりがない。

 主様に捧げた代わりに得た新たな私の腕ならば、むしろ人間程度の重さがあったほうが手ごろで投げやすい。

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