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定位置である黒狗の後ろへ戻ってきた私は慣れた手付きで大閘蟹を開くと、手早く身と卵と味噌を大きめのスプーンに盛り付ける。主様お好みの食べ方だ。
「おおお、こいつはなんとも絶妙の茹で加減。ここの厨師はいい腕をしてるな」
その色艶と香りに彼は目を輝かせて賛辞を口にする。とてもご機嫌がよろしいようで、私としても取って来た甲斐があったというものだ。
「さようでございますかあ。はいできましたあ、ああんなさってえ」
両手の塞がっている彼の口に運ぶのも戦場では私の仕事。もちろん屋敷でも求められれば望むところだけれども。
主様は言われるままにひと口で頬張ると租借しながら目を細める。この表情は大当たりだったようだ。
「陽澄湖産だなコイツは、今日はついてるぞ」
「お口に合いましてえ?」
「ああ、今まで食った大閘蟹で五指に入るね。しまったな、蝦より先に酒を頼むべきだった」
「取って参りましょうかあ?」
「頼めるかい? それじゃあ……」
ふと、その言葉が途切れた。
彼の鼻がひくひくと蠢めいている。ああ、なにか私達にはわからないものを嗅ぎ付けたのだなと思いながら見つめていると、酔蝦の乗った皿にそれこそ犬のように顔を寄せてしきりに匂いを嗅ぎ始めた。
「どうなさいましたあ?主様あ」
問いつつも分かっている。もっと喰いたいものが見つかったのだ。
「ふ、ふふ。くはっ、これはこれは、まさかとは思うが。杖錠、テーブルから酒を取ってきてくれ。
笑いを堪えるように震えながら“お願い”が“命令”のニュアンスに変わる。
とはいえ私にとってそんな差など
彼が行けと言えば私は溶鉱炉にだって飛び込む覚悟がある。ましてや掠りもしない弾を吐き出す銃口などなにを恐れる必要があろう?
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