【弾空烈姫】

10

 食堂へ乗り込む流れになったときから、きっとこうなると思っていた。


大閘蟹上海蟹と、中央の硝子器に入ってる酔蝦酔っ払い海老を頼む。蝦に火は通してないな、わかってるじゃないか小姐。大閘蟹はまだ開けてない手前から二番目のヤツがいい。一番茹で加減が良さそうだ」


 我が愛しき主様は【食】に糸目を付けない。ともすれば時に仕事よりも命よりも目の前の【食】を優先してしまう。今だって結局大閘蟹と言いながら卓上のあれもこれもを欲してしまう。


 それゆえの《大暴食》。ああ、本当に可愛い御方。


 銃撃戦の最中テーブルに乗っている料理に目がいくなんて日常茶飯事、そうすれば取りに行くのはいつだって私の仕事だ。私が行かなければ彼は自ら行ってしまうのだから。


「それではあ、少々お待ちをお」


 主様から饒舌じょうぜつに出された注文に頷くと、ぐっと溜めを作って弾丸のように体を跳躍させた。片手で食堂中央のシャンデリアを掴んでくるりと回って減速するとふわりとテーブルへ着地する。


 敵の誰もが私を目で追う。追ってしまう。


 あり得ざる人外の跳躍に、高速で宙に翻る真紅の旗袍チャイナドレスに、主様に捧げた代わりに得た新たな私の脚に、目を奪われざるを得ない。

 表社会には出回っていない超最新鋭のアスリート義足の試作品。

 なんの制約も規定もない世界で安全性すら度外視して全力のカスタマイズを受けたこの両脚の下腿義足は、静止からの踏み切りだけで一息に五メートル以上を跳躍する。熟練すれば壁も天井も思いのままだ。


 乱戦の騒音の中、大きな銃声がテンポ良く四発。私に気を取られて無防備になった相手に主様が鉛弾を贈られたようだ。

 私はその刹那の間にご注文の品を吟味して皿に取るとカラトリーのいくつかを手に壁へ向けて跳ねる。


「撃て! 撃て!!」


 銃口が向いて弾が吐き出される頃には私は既にそこには居ない。踏み切って反対の壁に脚をついている。

 くだらない、この速度で跳ねる私を目で追ったところで引き金が間に合うとでも思っているのだろうか。いっそ哀れなほどに愚かしい。

 この程度の相手なら私と剣鍵だけで、いや、殺して良いなら私ひとりでも十分だろう。


 けれども今日は主様がいらっしゃる。なれば出しゃばった真似は無粋。我らは思いのままに主様にお楽しみいただくのみ。

 数度の跳躍を経て主様の後ろへ戻ると、その頃には相手は半数に減っていた。


「ただいまあ、戻りましたわあ」


 私が告げると主様は優しく微笑んでくださった。さあさ、今蟹を剥いて差し上げますからね。

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