第36話 瀬織津姫
「あれは!」
鬼が立っていた。
都で出会った布で顔を隠した鬼がまた現れた。
「・・・もしや・・・その顔を隠している布を外せ!」
ククリさまが何かを感づいた。
鬼は布を外した。
その顔にククリさまの顔が曇った。
「やはり、小金殿か・・・」
「小金?」
「あれが、わらわの初恋の人じゃ・・・」
「そんな・・・」
鬼はかつてのククリさまの初恋の人だった。
ドシュ!
鬼の背中から2本の腕が生えた。腕が4本になった鬼がククリに突進した。
武器を具現化せず、4本の腕でククリを捕まえようとした。
ククリは鬼の突進を躱すと弓を構え、右手から矢を具現化しようとした。
「ッ!」
右手に痛みが走った。
「海老錠に罠でも仕掛けてあったのか!?」
右手が使えない。
矢を具現化して弓を引くことが出来ない。
「なめるな!」
ククリは太刀を左手で抜いた。鬼は脇差しほどの長さの、切っ先が分厚い刃を一本、具現化した。
「くっ!」
ククリは左手一本で鬼の刃と戦った。だが、左手だけで太刀の扱いは不慣れだったので一瞬にして太刀は弾き飛ばされた。
「ククリさま!」
ククリさまを助けねば。
わたしは薙刀で鬼の脇腹に一撃を入れた。
「斬れない!?」
鬼の脇腹は全くの無傷だった。
もう一度、渾身の力で薙刀を振るった。
だが、その力をあざ笑うかのように鬼は背中の腕一本でわたしの薙刀を防いでいた。
バァン!
鬼はわたしを突き飛ばし、わたしは地面に倒れた。
「・・・いたい」
息が出来ない。
こんなの味わいたくない。
それでも、戦わねば、ククリさまが死んでしまう。
「あう!」
小金の鬼は4本の腕でククリの両腕、両脚を掴むとククリを馬小屋の壁に叩きつけた。
「ク・・・ククリ・・・俺ヲ、見捨テルナ・・・」
「見捨てるなじゃと・・・わらわが何故、そなたではなくホロを選んだのか教えてやろうか・・・そなたは長の異父弟から出世の話を持ちかけられ、それで長を裏切り、わらわからも離れた!・・・ホロは・・・わらわを裏切らなかった・・・そんなホロの側にわらわはいたいのじゃ!」
ギュウウウ!
鬼は力を強めた。
ククリはたまらず悲鳴を上げた。
「ククリさま!」
薙刀を構え直して鬼にもう一度突進しよとした。
でもわたしの薙刀はあの鬼には通じない。
「誰か・・・力を!」
いちからもらった結袈裟に触れた。
(汝、正義の味方になる気はないか?)
頭の中で声が聞こえた。
「・・・もしかして鞍馬天狗様!?」
(さよう、汝の母から頼まれた。汝を守り、強い女にしてれくれと・・・汝に問う。力が欲しいか?)
「お願いです!力をお貸し下さい!」
(すでに力を持っておる。精神を集中せよ!)
言われたとおり、精神を集中した。
「!?」
身体が震えだした。直垂が白拍子の衣装に変わり、髪は桜色に変わり、背中に翼が生えた。
その力でククリさまを抑えつけている鬼に突進した。
ザン!
鬼を斬った。
だが、鬼はこたえていない。
よく見るとこの鬼は異常な妖気を発していた。
「いったいこの力は?」
もう一度、鬼が突き飛ばしに来た。
今度は躱せた。
「サクヤ、館の隣に行け!この館の隣で母上の声が聞こえる。奴に力を与えているものもあるはずじゃ!」
ククリさまの言葉にわたしは翼を広げ飛ぼうとした。別の鬼が屋根から現れ、飛び降りてきた。
ザン!
その鬼を一撃で斬ると、空へと飛んだ。
「小金、今度こそ成仏させてやる。それで今度こそお別れじゃ!」
その言葉に小金の鬼の表情が変わった。
「ソレナラバ・・・オ前ハ・・・我ガ身体ノ一部トナレ!」
小金の鬼が大口を開けた。
「わらわを喰う気か!?なめるな、わらわは龍の子じゃ!」
ククリが全身の力を振り絞った。
首筋が龍の鱗に変わっていった。
抑えつけられていた右手が動き出し、鬼の口を抑えた。
「がは!」
鬼はククリの腹に一撃を加えた。
鎧越しでも効いた。
だが、ククリは鬼の口から手を離さなかった。
「コノ痛ミヲ、コノ苦シミ・・・ククリ、俺ヲ助ケロ!」
「わらわは何でもかんでも救えるわけではないわ!自分の苦しみを全部、わらわに背負わせる気か!?だからわらわはそなたを見捨ててホロの妻になったのじゃ!」
「あれはもう一つの館!?」
豊田館の隣にもう一つ館があった。
わたしはその館に入った。
「あっ!?」
「来たか、見ろ!」
館に入ると、薙刀を持った鞍馬天狗様がいた。その後ろに禍々しい妖気を放つ、鎖に縛り付けられた巨大な岩があった。
「瀬織津殿はその鎖に封じ込められている。あの鬼は龍神の力を鬼の妖気として吸い取っておる」
「では、この鎖を斬れば!」
薙刀を構えた。
「・・・・っ!」
よく見るとこの鎖そのものも異様な妖気を放っていた。おそらく龍神を封じ込めるための強力な鎖なのだろう。
「決断したのであれば、臆してはならん!」
「はい!」
鞍馬天狗さまに教えられた事を思い出す。
力んではいけない、力を込める。
心身を落ち着かせて、薙刀を降った。
バキン!
薙刀の刃が真っ二つに割れた。
だが鎖も見事に切断された。
瞬間、岩が光り出し、形が変わりだした。その形は龍神の形となり、屋根を突き破った。
「鞍馬天狗さま、ありがとうございます!」
「ところで光から、汝を守るように言われた」
「光さまが?」
「さよう。光も、このような状況になったときの手はちゃんと打っておる。それがワシがお主をここから救い出すことだ」
「わたしを救ってくれるのですか?」
「ワシに救われるか?」
「断ります!」
「ではどうする?」
鞍馬天狗さまが問うてきた。
わたしは答えた。
「光さまを助けに参ります・・・」
鞍馬天狗が頷いた。
「それならばこの薙刀を持っていけ・・・」
鞍馬天狗は自分が持っていた薙刀を渡した。そして黒い翼を広げ、どこかへ飛ぼうとした。
「あの神の兵を止めに参る。あの神は兵も準備しておる・・・それを止めるのも正義の味方の務め・・・汝の母との約束じゃ」
鞍馬天狗は大空へと飛び立っていった。
「!?」
鬼が上空を見た。
龍神が鬼を睨み付けていた。
力を失った鬼はククリから手を離すと逃げ出した。
「逃がすか!」
自由になったククリが弓を構え、右手に矢を具現化した。
ダァン!
ククリの一矢が鬼に刺さり、鬼は鬼門へと串刺しになった。鬼は必死になって矢を抜こうとした。
「我が娘をよくも!」
鬼は振り向いた。
龍神の顔がすぐ側にあった。
「ゴァアアア!」
龍神は鬼の頭をかみ砕いた。
「ハァ・・・ハァ・・・」
「ククリさま!」
ククリさまが地面に倒れ込んだ。龍神の力を全力で出したことと鬼に手荒なことをされて身体がひどく消耗しているのだろう。
ジャリ・・・。
「瀬織津姫さま!?」
白髪の美しい琥珀色の瞳をした女性が立っていた。
ククリさまによく似ていて勾玉の首飾りを身につけたその姿は古の人のようであった。
「母上・・・」
瀬織津姫さまが倒れ込んでいるククリさまに近づくと、抱きかかえた。
「愛おしい我が娘。今、癒やしてあげます」
「母上・・・どうかサクヤに力をお貸し下さい・・・」
ククリさまがお願いすると、瀬織津姫さまがわたしを見た。
「サクヤとやら、もっと近くに」
瀬織津姫に近づいた。
瀬織津姫さまはわたしの髪を撫でた。
「わたしと我が娘を助けてくれてありがとう・・・わたしも力を貸します!」
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