第35話 鬼門

「静、いつの日かワシと2人で桜を植えよう!」


「桜でございますか?」


 判官様がサクヤ様と一緒に吉野の山で桜を見ていたときだった。護衛で付いていった某はそれを後ろで見ていた。

 判官様がサクヤ様に桜の木を植えようと言ったあの時、サクヤ様の頬がうっすらと赤みがかったのを見た。


 11歳の頃に鬼神に両親を殺され、独りになった。

 奴から必死に逃げるように走った。気がつけば某は鞍馬山の寺へと逃げていた。

 そこで幼いサクヤ様を見た。式神に襲われそうになったとき、サクヤ様を助け、自分は天狗に助けてもらった。


 その後、判官様と出会い、判官様に従い平家との合戦で大勢の人間が人生を終えるのを見てきた。


 15歳の夏の日、神泉苑でサクヤ様と再会した。

 そしてサクヤ様は判官様の妾となり、3年後、判官様との間に子をもうけた。


 判官様とサクヤ様は自分を置いてどんどん未来へと進んでいった。


 10月9日、仲間の報せで土佐坊(とさのぼう) 昌俊 (しょうしゅん)が判官様を暗殺しようと動いたのを知った。

  

 それは判官さまと鎌倉殿の決裂が決定的となった時だった。

 その中で、サクヤ様が身ごもったと知ったとき、判官様が泣きそうな笑顔でサクヤ様のお腹をさすってその命を確かめていた。


 その子供は生きることが出来なかった。


 23歳。


 今、某はそこまでは生きた。

 サクヤ様と判官様が桜で誓ってから、14、5日くらい立った時、自分は何かを確かめたくて1人吉野山に登り、2人が誓った桜の花を見た。


 花びらは全て散っていた。桜の花というのは、せいぜいそのくらいの命しかない。


 だが翌年、吉野の山に行くと桜に新たなる花が咲いていた。


*        *        *


 1189年、閏4月30日、陸奥国、松川浦に到着した。平泉まであと一歩だ。

 

 だが、平泉まであと一歩のところの郡山で警戒すべき事が起きた。


「光殿!」


「無学か」


 無学が報告にやって来た。

 ホロが無学の顔をじっと見ていた。


「平泉からの報告が途絶えました・・・」


「平泉からのが途絶えた?」


 平泉にいる仲間からの報告が一切途絶えた。判官様の側にいた仲間が逐一、無学に報告してそれを無学が某に教えていた。

 だが、無学がその者が来なくなったと言った。


 その者は殺されたのか?


「四代目が裏切ったのか?」


「バカなこと言うんじゃねぇ!」


「四代目は鎌倉を恐れている。判官様さえいなければ鎌倉と戦う必要は無い・・・」


「奥州にもちゃんと兵力はあるんだよ!」


 奥州17万駒。


 実際はそんなにはいないが確かに奥州にも戦力はあり、3代目はいざというときには判官様を大将にして鎌倉と戦おうとしていた。


 だが四代目は先代と違い、優柔不断でずっと怯えていたという。


「では、鬼神が何かしたか?」


「泰衡には、瀬織津が守ってくれるって言っておいたがな。瀬織津はどうなった?何かあったら瀬織津からも報告は来るはずだ!」


「ひかるさまぁ~!」


 小天狗のいちが飛んできた。首に結袈裟をぶら下げて、何やら紙に包まれたものを手にしていた。


「奥州にいた天狗達が皆、やられました・・・」


「鬼神か?」


 いちは頷いた。


「鬼神の配下がこれを我らに渡しました・・・」


 紙に包まれたものを受け取った。開けてみると、先がするどく尖った海老錠と勾玉が出てきた。

 最後に包まれた紙にはこう書いてあった。


 義経衣川館

 泰衡伽羅御所

 瀬織津鬼門


「これは!?」


 勾玉を手にしたククリ殿が表情を変えた。


「母上が奴に捕まったのか!?」


「ククリさま、もしかしてあなたは?」


 「母上」という言葉をいったククリにサクヤは感づいた。ククリは頷いた。


「そなたは神の子と言われておるそうじゃな。わらわは龍の子じゃ・・・」


 それを聞いて某は思い出した。

 初めて判官様に出会った時、この地で初めて龍神に出会った。その龍神は白い髪に、琥珀色の瞳をしていた。

 ククリ殿はその龍神とうり二つだった。


「おい、いちとやら。この言葉からして泰衡も捕まって、伽羅御所に閉じ込められてるってわけか?」


「そういうことだと、鞍馬天狗さまもおっしゃております・・・」


「あの野郎、泰衡をとっ捕まえて、瀬織津までも!」


「しかし不思議なことに鬼神の配下は我らを倒した後、その勾玉と海老錠と紙切れを渡して、どこかへ姿を消しました。」


「ホロ、狩りで獲物を仕留めるときはどうやる?」


 某は鬼神の腹を読んだ。


「ひたすら獲物を追うか、罠を仕掛けるか・・・・」


「やつは罠を張っている。我らを分散させて、それぞれの場所で待ち構えている。衣川館、伽羅御所、鬼門・・・」


 我らは奥州につくまで異界に出入りしながら奥州を目指し、その途中で奴が放った手下と戦っていた。

 その間に奴は奥州で判官様、四代目、瀬織津姫を捕縛してしまった。


 というより、初めから奴に振り回されていたのか?


「ホロ、泰衡を助けにまいれ・・・わらわは母上をお救いする」


 ククリが母を助けたいと言った。


分散は危険だ。だが鬼神はこの3人の内、どれか1人に行動を絞ると残りの2人を殺すことは分かっている。


 この3人はそれぞれにとって大切な存在で助けたい。


「・・・俺、おめぇに死んで欲しくねぇ・・・」


 ホロは承知しなかった。

 ククリは頷いた。


「そなたは何故、薙刀を持っておる?」


 ククリはいちが持っていた薙刀を見た。


「鞍馬天狗さまがサクヤさまに必要なので持って行けと・・・」


 いちはサクヤに薙刀を渡そうとした。


「サクヤ殿・・・助けてくれぬか?」


 ククリがサクヤに頼んだ。


「・・・はい」


 サクヤはいちから薙刀を受け取った。


「サクヤ様・・・」


 光が戸惑ったように声を漏らした。


「わたしだけ戦わないわけにはいきません!」


 サクヤは腹をくくった。

 その覚悟を見て光も腹をくくった。


「無事に帰ってきてください!」


 結局サクヤ様にまで戦わせてしまったと思わないではいられない。

 だが、サクヤ様の眼を見た時に信じようと思った。


「よいなホロ・・・」


「ああ・・・」


 ホロも承知した。


「あっ最後にサクヤさまへ・・・」


 いちは首にぶら下げていた結袈裟をサクヤに渡した。


「もしかしてこの結袈裟は?」


「はい鞍馬さまがサクヤさまに必要だから身につけろと」


「ありがとうございます!」


 鞍馬天狗に礼を言うとサクヤは結袈裟を身につけた。


「用意は良いな」


 ククリは北東に向き海老錠の先端を地面に差し、刀印を作った。


「開!」


 地面が揺れたと同時にククリの腕が地面に飲み込まれた。ククリは必死に腕を抜こうとする。

 だが、強烈な痛みが襲った。ホロが手を貸し、ククリの腕は抜けた。


「腕を見せてみろ!」


「大丈夫じゃ」


ホロがククリの腕を見た。何ともなくククリも手を握って、広げて大丈夫なのを見せた。


「それよりも開きおった・・・」


 目の前に禍々しい大きな門がそびえ立っていた。


 鬼門が現れた。

 扉は開いている。


「わらわの助けはないが、決して死ぬ出ない!」


 入る前にククリはホロに言った。


「俺が死ぬわけねぇだろ!」


 ぽん!

 ちゅ!


 ホロが威勢良くそう言うとククリはホロの腹を軽く殴った。

 ホロはお返しとばかりにククリのおでこに口づけをした。


 ククリは赤くなりながら刀印を結んだ。

 ククリの周りから水の柱が現れるとククリの身体を包み、青い甲冑がククリの身体を包んだ。


「行くぞ、サクヤ殿!」


「はい!」


 勇ましい眼をしたククリがサクヤの手を握った。

 だがこの時、サクヤは気づいた。

 気丈に振る舞っているようでやはりククリも戦いの恐怖を感じている。

 2人で門の中へ入っていった。


*        *        *


「初代長が住んでいた豊田館そっくりじゃ・・・」


 入ると門は閉じられた。

 目の前に館が建っていた。

 ククリさまが動揺している。


 この館に何があったのか?


「・・・あの時、ここでわらわは1人の人間を見捨てた・・・」


「誰です?」


「初恋の人じゃ。初代長は兄弟と争っていた。初恋の人は・・・正義感が強すぎた故に、長の心が分からず・・・殺しに来よった!」


「まさか鬼神はそれをもう一度見せようと!?」


「サクヤ殿、この海老錠をそなたに渡す!もしもの時は、わらわが時を作る。その間に逃げるのじゃ!」


 ドン!


 後ろで音がした。

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