第37話 奥州藤原氏の最後

「ホロ、不安が顔に出てるぞ?」


「そういうおめぇの方がめちゃでてやがるぞ」


「やっぱりか?」


「安心しろ。ククリは俺をずっと助けてくれた龍の子だぜ」


「それならば、サクヤ様は神の子だ」


 笑いながらお互いの不安を消し合った。サクヤ様とククリ殿はやはり心配だが、我らは我らでせねばならぬ事がある。


 某は判官様を助け出すこと。

 ホロは4代目を助け出すこと。


 目の前に平泉の都が見える。

 そしてホロの故郷。


「ずっと昔にな、1人の男が俺にあることを頼んでな。それで俺はこの地の神に頼んで人狼に転生したんだよ」


「初代長か?」


 ホロは頷いた。遠い記憶を思い出しながらホロは刀を磨いて戦の準備をしている。

 幾何学模様が縫われた直垂、脇差し代わりに差している古の刀。ホロは大昔のこの地の人々が生きた証を受け継いでいる。


「この地もな、別にずっと平和ってわけじゃねぇよ」


 400年ほど前、この地で大きな戦があったと聞く。そして100年前にも大きな戦があった事を知っている。


「俺の生き方はとうの昔に終わっていた。それに対してあいつは自分たちが生きるために過去を捨てて新しい時代を創った。そんなあいつが死ぬ前に、この国を守って欲しいって先祖の生き方を貫く俺に頼みやがった・・・鬼神から」


「それで、大神として友の約束のためにずっと守り続けているのか?」


「最初出会った時、あいつが大嫌いだったけどな」


 ホロは帯から抜く古の刀を1本抜いた。


「光、1本持ってみろ!」


 某は受け取った。

 そして柄の感触に驚いた。


「絶妙な作りだ。古にもこのような物を作れる人達がいたのか」


 鉄の茎(なかご)に紐や糸などを巻いて握りとしている共鉄柄(ともがねつか)を握っているが、その絶妙な握り具合はそこらの太刀よりも信頼できる物だった。


「俺が持っているこの刀は1人の刀匠が作った奴だ。その刀は古くねぇ。今でも最高の武器だ。俺はそれで奴を斬ったことがある!」


「名は何と申す!」


「カイ、こっちはラメトク!」


 某は神斬を見た。ここにもう一つ刀匠が魂を込めて創った太刀がある。


「奥州にも、鬼神を倒すため最強の武器を作った人間がいたのか?」


「あぁ・・・だが、それで勝っても俺が感じたのは奴の強さだ」


 誰もが、最強と言っている鬼神。


 師匠が言うには、神格化した妖怪を倒せる人間というのは、ごく希に生まれる、潜在的に神並みの力を持った者と言われている。


 かつて奴に挑んだ勇者達も神のような力を秘め、鍛錬を積み上げた強者達だった。

 だが、そんな者達でも奴そのものに強力な武器で深手の傷を与えれた者はいないという。


 ホロは、おそらく人間として奴に一番傷を与えたと言われている。


 そいつと最後の決戦が迫る。


 腹をくくろう。


「ホロ!」


「何だ?」


「今までありがとう・・・ついでにすまぬがしばらくはサクヤ様と判官様を守ってくれぬか?」


「・・・お前、磯禅師のようになる気か!?」


「そういうことだ!」

 

 もし、某に神のような力はない。だが、奴の血をずっと持ち続けている。

 その力を逆に利用して奴を封印する。


「それで判官さまとサクヤさまの幸福を守る!」


「サクヤはお前が好きなんだぞ!」


 ホロの言葉が耳から心へと激痛が走った。

 その言葉は某の望みだった。

 だが、その望みがサクヤ様のための某の決意を鈍らせる。

 故にずっと無視していた望みだった。


「光どの~~~~~~~~~~~!!!」


 無学殿の声が聞こえた。無学殿が松明を持って数名の仲間と共に現れた。


「光殿、我らも助太刀いたします。御神酒(おみき)を!」


 無学殿が酒が入った瓶子と起請文を差し出した。


「皆、ありがとう・・・」


 起請文の一部を焼いて残りを御神酒に入れ、酒を一口飲んで仲間に回した。

 仲間は次々と回し飲んでいった。


「てめぇ、金売吉次じゃねぇか!何やってんだ!?」


 突然ホロが大声を出したので皆、ビックリした。

 二荒山神社(ふたあらやまじんじゃ)で無学を気にしていたホロは無学の正体を見抜いた。


「あっはい、実はあっしは光殿の仲間でして・・・はい」


「そうか・・・光、おめぇおもしれぇ仲間持ったな」


 ホロが笑いながら某の腹を軽く殴った。そしてホロは仲間から足の達者なのを1人選んだ。


「お前着いてこい。ちょっくら泰衡の所にいってくるわ」


「ホロ・・・気をつけてくれ」


「死ぬなよ」


 ホロは仲間を1人つけると泰衡がいる伽羅御所(きゃらのごしょ)目指して走り出した。


*        *        *


「静かだな・・・」


 光と分かれて伽羅御所へ向かったホロが御所に到着した。

 奇妙な静けさだった。


「おめぇはここで待ってろ」


 光の仲間を門前で待機させると、警戒しながら門をくぐった。


 ガタ・・・・。


 屋敷の母屋の戸が開いた。

 中から顔が真っ青な1人の男が現れた。


「おー泰衡。おめぇ大丈夫か?」


 狩衣(かりぎぬ)を着た色白の痩せたこの男が父、秀衡(ひでひら)の後を継いだ4代目、藤原泰衡(ふじわらのやすひら)だった。


「・・・・・・」


 泰衡の顔は不気味なほど無表情だった。


「何黙ってやがる?」


「ホロ殿・・・世の中というものは・・・未来のために必要な事がある・・・」


「何言ってんだおめぇ?」


 ボコッ。


 地面から土蜘蛛が4体現れた。

 4対の土蜘蛛はホロを囲み出した。光る目でうなり声を上げ、よだれを垂らしながらホロを喰おうとしているようだった。


「泰衡、おめぇまさか!?」


「麻呂は、腹を決めた。あのお方が麻呂を守ってくれる。そして貴殿には死んでもらう!」


「このことを仲間に知らせろ!」


 ホロが言うと、光の仲間はこれを伝えに走り出した。


「瀬織津の力がこもった札を都中に貼ったのはどうした?」


「すべて剥がした。すでにこの都は龍神ではなく、鬼神の力で守られている!」


 泰衡は口を震わせながら言った。


「清衡、すまねぇ・・・」


 ホロはこの国の結末を確信した。

 一筋の涙を流すと、2本の刀を抜いた。


「まとめて来やがれ!」


 狼の耳を生やし、毛を逆立て、2本の刀に牙の模様が現れるとホロは、右の土蜘蛛に突進した。

 土蜘蛛は一瞬にして刀を口の中に刺し込まれた。貫かれた土蜘蛛は青白い炎に包まれて消えた。


 2体目がホロに襲いかかる。前方の土蜘蛛の牙が最初にホロに襲いかかる。

 ホロは土蜘蛛の攻撃を躱し、刀で1体の土蜘蛛の首を斬った。


「麻呂は鬼神を味方につけたのじゃ!ここから麻呂が新しい時代を創るのじゃ!」


 足を震わせながら、泰衡は無理矢理自信を作ってホロに言い放った。


「できるわけねぇだろうがぁ!お前はそうやっていつも平和ぼけしやがって!」


「ガブッ!」


「!?」


 ホロが泰衡を見た隙に1体の土蜘蛛が仲間を食べた。


 メキッ!


 土蜘蛛の様子が何かおかしい土蜘蛛は身震いしたかと思うと上半身が人間のように変化し太刀を構えた。

 その顔は家衡だった。


「お~逃げたと思ったら・・・泰衡ー、あいつが誰だか分かるかー!」


 ホロの問いかけに恐怖でしゃべれぬ泰衡はただ首を振るだけだった。


「あれは100年前、清衡と争った異父弟(いふてい)の家衡(いえひら)の怨霊だー!奴はああやって人間を弄んでやがんだよ!」


 泰衡は笑った。

 この光景を見て困惑した。

 ホロは笑う泰衡を見捨てて家衡に向き直った。


「よっしゃ家衡、今度こそ成仏させてやる!」


 ホロは蕨手刀を構えた。

 1尺6寸(48センチ)程の2本の刀で2尺(60センチ)以上の太刀を2本持つ家衡に躊躇することなく近づいていった。


 家衡の怨霊が太刀を振り下ろした。

 その腕はホロの左腕に阻止された。

 ホロは家衡の心臓に蕨手刀を刺した。


 バッ!


 家衡が消えた。

 ホロは振り向きざま飛んだ。

 後ろから家衡が不意打ちを仕掛けた。

 家衡の太刀は空を切った。


「グゥオオオオオオ!」


 家衡は2本の刀ではさみで切るようにホロの左右から刀を振った。


 ガァン!


 2本の刀はホロの刃に折れた。


「往生際が悪いんだよ!」


 ホロは蕨手刀を家衡の額に振り下ろし、額を割った。


「クッ・・・カァァァ・・・」


 家衡の身体を支えていた土蜘蛛の足が崩れ落ち、炎に包まれた。

 家衡を倒すとホロは泰衡の所へ走り寄ると胸ぐらを掴み一発殴った。


「義経は災いじゃ!義経がいる限り、頼朝は必ずや平泉を攻めてくる。だから、まろは鬼神に守って貰おうと思ったのじゃ!」


 震えながらも泰衡は必死に答えた。


「泰衡、お前は子供の頃から平和の中でぬくぬく育って優柔不断になっちまったんだよ!何とかなるだろうと思って・・・鬼神はそういう奴をもてあそぶんだよ!・・・腹くくれぇ、おめぇ終わりだ」


 涙を流す泰衡の胸ぐらを離して、ホロは悔しそうに言った。

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