第30話 友との約束

「アヒト殿!」


「お~清衡、平泉の当主自らがお出ましか?まぁ、中に入れ」


 ホロがアヒトと名乗っていた人間だったときの事。奥州平泉の初代当主が従者を1人だけ付けてアヒトの家を訪ねてきた。


「アヒト殿、お願いがあります」


 当主は10歳若いアヒトに頭を下げてお願いをした。


「ア・ヒ・ト!あと頭も下げるな!」


「いえいえ・・・お願いがありますので・・・」


 アヒトがそう言ったが、当主はもう一度頭を下げた。


「で、何の用だ?」


 アヒトが要件を尋ねると当主はしばし間を置いてしゃべり出した。


「この国をずっと守って欲しい・・・この先の未来も」


「つまり、あいつからお前が創った国を守るために俺に妖怪になれってことか?」


「はい・・・」


「・・・・・・」


 長の願いにアヒトはしばらく黙った。

 長は怒っているのかと不安になった。


「良いよ・・・友の願いを守ってやる・・・」


*        *        *


 平泉初代長の清衡には腹違いの兄と弟がいた。弟の名は清原家衡(きよはらのいえひら)だった。


「家衡、おめぇ何だその姿は?清衡は60年前に死んだぞ・・・」


 炎の息を吐く土蜘蛛になった家衡に近づく。


「清衡の最後の戦だ。覚えてるぜ・・・追い詰められたお前は柵に火を付けて逃げた・・・そうやって弱い奴は吠えて、逃げて・・・また吠えるだけなんだよ!」


 ホロは近づきながら、古の刀を家衡に向けた。


「お前も知ってるだろ。蕨手刀だ」


 1尺ほどの刀に炎が映った。

 ホロの髪の毛が逆立っていった。


「グゥオオオオオオ!」


 家衡が狂い叫んで、大口を開けて突進した。


 ガッ!


 ホロはその口を手で止めた。

 家衡は力をさらに入れてホロをかみ殺そうとした。

 ホロもさらに力を入れた。

 

 お互いに牙を見せ合っていた。


「こんな程度かよ!清衡は7歳の時、実の父親を殺され、母親がお前らの親父のもとへ嫁いでお前らの兄弟になった!それからあいつはずっとあの地の未来のことを考えて行動した!」


 ホロが手を離して横に躱した。家衡は突進して勢い余って柵をぶち壊した。


「あぁそうだよ。清衡は義家に取り入って良い土地を全部自分のものにして、てめぇには、しけた土地しか与えられなかった。けどよ・・・おめぇ、清衡みたいに当主の器はあったか?」


「ガァ!」


 家衡が大口を開けて噛みつこうとした。だが、噛みつく寸前で動きが止まった。


「ビビりやがって・・・清衡だって怖かったんだよ。だが清衡は未来を創った。俺はあいつの願いを守る!」


 ホロは刀を構えると家衡の首を狙って切りつけた。


「!?」


 家衡が突然、姿を消した。


「・・・またおめぇ、奥州に来るのか?」


ホロの目の前に鬼神が現れた。


 鬼神は刀を具現化させた。刃の真ん中辺りから湾曲に曲がり、刃先が異常に大きくなっている。


「瀬織津は過去に一度、私に負けている・・・貴様は勝ったな」


「何が言いてぇんだ?」


 ホロの眉間のしわが深くなっていく。

 ホロがもう1本の蕨手刀を抜いた。

 2本の蕨手刀から牙の模様が浮かび上がった。


「おめえ、まさかあの時はわざと俺に勝たせたとか言うんじゃねぇだろうな?」


「クッ、クッ、クッ・・・そう思うなら確かめてみろ」


「やかましいわぁ!」


 ホロの刀と鬼神の刀が火花を散らした。


「私の手下が何体も奥州で倒された。かなりの手練れも送り込んだつもりだったが、みな狼に食い殺された」


「だから、何だ!」


「清衡および歴代の長達は絶えず朝廷に朝貢をして国の平和を守ってきた。だが、彼らは恐れていた。朝廷の背後にいる私に。だからこそ守って欲しかった。貴様に!」


 ダァァァァン!


 鬼神の刀が地面に深く刺さった。

 地面がひび割れホロの足下まで迫った。


「貴様の勝利、終わらせよう・・・」


「てめぇ、滅ぼす気か!?清衡の願いを!」


 ホロが怒りを爆発させて突進した。

 鬼神が刀を振り上げた。


 バキィィィィィィ!


 ホロは右手の蕨手刀で鬼神の刀を真っ二つにたたき割った。そして左手の蕨手刀を突き刺した。


 鬼神が右手でその刃を掴んだ。

 鬼神の右手から血が滴り落ちる。

 鬼神が右手を離すと同時に左手でホロの胸を殴った。


「100年は夢を見れた。だが夢は必ず終わる」


 鬼神が数枚の紙切れを宙に放った。

 紙切れはたちまち魍魎と変化した。


「私は兵をいくらでも出すことが出来る。孤独な貴様は勝てない」


 鬼神が後退すると森の中へと入っていった。


「待てや、こら!」


 森の中へ消える鬼神を追撃しようとした。

 複数の魍魎達がホロを襲った。

 ホロはその魍魎達を一瞬にして片付けた。


 隠れていた最後の魍魎がホロの不意を突いた。


 ザン!


 魍魎を頭から股にかけて切り裂いた。


「お見事!」


 魍魎を斬った瞬間、鬼神が懐に立っていた。

 ホロは殺されると確信した。


 タァァァン!


 鬼神に一本の矢が飛んだ。

 鬼神は矢を掴んだ。


「ホロ!」


 ククリが叫んだ。

 鬼神はホロから距離を取った。


「狼の命を救ったな・・・むすめ!」


「ホロを殺させはせぬ!わらわが守る!」


 ククリは二発目の鏃を鬼神に向けた。


「では2人でわたしと戦うが良い。いつでも・・・」


 鬼神は森の中へと走り去った。

 ホロは追いかけようとしなかった。

 ククリがホロの側まで走った。


 パァァァン!


 ホロの頬を叩いた。


「奴と独りで戦うでない!」


 ククリが真剣に怒っていた。


「すまん・・・あいつが俺と清衡との約束を終わらせようとするんだ」


 ホロは落ち着いて話した。


「奴が?」


 うつむくホロの頬にククリの右手が今度は優しく触れた。


「わらわはそなたが好きじゃ。孤高に生きて、仲間の願いを大切に守り続けてるそなたがずっと好きなのじゃ・・・だから、わらわはそなたと共に奴と戦うのじゃ!」


 ククリはホロの袖を強く握った。


「・・・ありがとう・・・」


*        *        *


「ホロ、戻ったか・・・」


 ホロは光とサクヤの所に戻った。光とサクヤはホロが戻ってきて安心した。


「鬼神が復活したぞ」


「やはり!」


 光の顔が暗くなった。

 鬼神は巫様でも長く封印できなかった。


「判官さまは大丈夫なのか?・・・平泉も?」


「奥州は瀬織津が守っているはずだ」


「負けたのだろう・・・」


「ああ、負けた・・・」


 聞いたことがある。

 400年ほど前にあの地で大きな戦があった。龍神を崇めていた土地の者達と大和との大きな戦だったという。


「その瀬織津姫という龍神は、奴に敗れたのではないか?」


 師匠が言うには、その戦の裏に鬼神が確実にいたという。ゆえに彼らは戦に敗れ、その龍神は人々から忘れられたと。


「奴は龍神よりも強いのか?」


「あいつは異質だ。神ってのは人間だけじゃなく、世の中の森羅万象そのものの秩序を守ってんだよ」


「あいつは神なのか?」


「分からねぇ・・・あいつは人間だけ味方する異常な奴だ。そのせいで奴は森羅万象の秩序を壊していきやがる。そのおかげで人間ってのは新しい世界を作ることができたらしいがな・・・」


 師匠も同じ事を言っていた。

 奴が現れたとき歴代の権力者達は神よりも奴の力を求めた。そして奴は人間の歴史を作ってきたと。


「あいつは神をも殺す。海を越えた遙か遠い地の先で奴に神ごと滅ぼされた国もあるらしい・・・光、確かに奴は最強だ」


 師匠もホロも認める最強の存在に自分が立ち向かっているのは百も承知だった。

 だが、奴と戦うためにずっと鍛錬をして、兵法を学んできた。


 ドスッ!


「げふ!」


 弱気になった光の腹にホロの拳の一撃が入った。


「俺が瀬織津に会ったのは、奴との戦に負けて、200年以上経った時だった。俺は奴と戦ったあの土地の最後の生き残りだったんだよ!俺は人間だった頃、奴に一撃を食らわせてやった。俺はもう一度奴と戦う!」


 ホロは光の眼を見て言った。


「お前も奴と戦うんだろ!俺が付いてる!」


 光はホロの眼を見た。

 強者の眼だ。


「さすが大神だな」


「俺が仲間にいる以上、強気でいろ!」


 ガシッ!


 ホロと光は手を握った。

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