第29話 土蜘蛛

 タッタッタッタ・・・・。


 一匹の小鬼が走っていた。

 金色に輝く道をひたすら走っていた。

 報せを主の元へ届けるためにその道の先にある屋敷へと走っていた。


「そうか、義仲は成仏したか・・・さがれ!」


 小鬼は鬼神に伝えると屋敷から去った。小鬼が消えると鬼神は部屋の隅に座っている男に向いた。


 座っていたのは源頼朝だった。


「早く殺せ・・・」


 頼朝は拳は強く握り震えていた。

 鬼神はその姿が面白くてたまらない。

 頼朝の頭を優しく撫でた。


「怯えているのか?それで運にすがるか?」


 頼朝の顔が赤くなった。

 バカにされて腹が立ち、怒鳴り声を上げた。


「早く、殺せー!」


 ガッ!


 頼朝が怒鳴ると鬼神は首を掴んで頼朝を持ち上げた。

 頼朝の足が床から離れた。


「忘れるな。貴様はただの小さな人間にしか過ぎない。お前は人間の運命を決めることは出来ない。私が決める!」


 頼朝は震えた。

 笑いが消え、殺意が込められた鬼神の赤い瞳は自分の感情など蚊のように小さくやかましく音を立てている程度に過ぎなかった。


 鬼神は首を離した。


「げほっ・・・げほっ・・・」


「約束は守ろう。お前は清盛の次の人間だ」


*        *        *


「少し休もう・・・」


 我らは上野国(こうずけのくに)にたどり着いた。


 苦しい。

 耐えられず木の根元に座った。

 旭将軍は成仏した。

 だが某の腹の中の奴の血のうずきが消えない。


「・・・森が静かだが、この静かさは危険な臭いがするな・・・」


 ホロが辺りを嗅ぎながら気を緩めていない。


「ククリ、悪いが水くんできてくれ」


 ホロは瓢箪をククリに渡すと、近くに流れている川で水くみを頼んだ。


「まぁ喉は渇いておるでな・・・」


 ククリはホロから瓢箪を受け取った。


「サクヤどのも一緒に」


「あっはい!光さま竹筒を・・・」


「あっ、いやっ某が!」


 サクヤさまには手間をとらせまいと光は苦しみながら立ち上がった。


「お前は俺とここで待て!」


 ホロが光の袖を掴むと無理矢理座らせ竹筒を奪うとサクヤに渡した。


「ホロ・・・」


 ククリがホロの胸に手を置いた。


「ん、何だ?」


「そなたの鼻が何かを感じ取っているようじゃが・・・決して独りで動くでない。わらわが側についておる!」


「分かったよ。水汲んできてくれ・・・」


 ククリはホロに一言忠告するとサクヤと共に水を汲みに行った。


「上、脱いでみろ」


「・・・まさか」


「そのまさか。脱いでみろ!」


 ホロに言われるがままに光は直垂を脱いで上半身を見た。

 言葉を失った。

 身体中に黒い模様が走っていた。


 師匠が言うには奴の血を飲みながら生きているのは奇跡だと言う。

 だがこの模様は奴の血が、どんどん自分を蝕んでいっている証拠なのだろう。


「某はどうなるんだ・・・」


「なんか話でもしよう。何の話が良い?」


 ホロが気を紛らわそうと話をしようと言った。光は一番知りたいことをホロに尋ねた。


「鬼神に1人で勝てたのか?」


「さすがに1人では無理だったな。ククリが助けてくれた」


「他は?」


「いねぇ。群れると自分の弱さが見えなくなっちまうからだ・・・」


「どういう意味だ?」


「・・・人間が一番弱いときは孤独だ・・・だから俺は独りで鍛えまくった」


 ホロはそう言いながら光の身体中に現れた黒い模様を見た。


「おめぇ、よくこの苦しみに耐えてやがるな・・・」


「11歳の時から今日までずっとだ・・・」


「・・・もしかしてお前も独りか?」


「う・・・・」


 ホロの質問はある意味正解だった。

 かつて龍神から薬を貰い、ククリ様からも痛みを和らげてもらった。

 だが、だからといってこの苦しみは消えない。


 この苦しみは自分にしか分からない。


「孤独は誰にも助けてもらえないし、誰も助けることができない・・・」


 それでも某はホロの言葉に反論した。


「ふん、分かってるよ、そんなこたぁ」


 ホロが刀を抜いて、刀を眺めた。


「俺だって孤独ってわけじゃねぇ。俺が妖怪になったのも昔の友の約束を守るためだ」


「友の約束で妖怪になったのか?」


「あぁ、最初はそいつが大っ嫌いだったがな。だが、ククリと出会って自分の何かが少し変わったのを感じたとき、そいつを理解しようと思って付き合ってみた・・・嫌いと思っていたのはただの思い込みだった・・・」


「それは、良かったな・・・どうした?」


 ホロが何かを察知した。

 某も太刀を抜いた。


「おめぇ・・・どこかの群れの頭か?」


 目の前に猩猩が現れた。

 その大きさたるや1丈(3メートル)はあろうかという巨体だった。

 時々、見たという人間を聞いたとこがあるが、猩猩にはこのような巨大な奴もいた。


「・・・た、たすけ・・・」


 バァン!


 後ろから牛よりもでかい巨大な妖怪がその猩猩の首に噛みつきへし折った。


「こいつは、土蜘蛛か!」


 蜘蛛の身体に獣の頭、狂ったような眼をして口からよだれを垂らした土蜘蛛が猩猩をかみ殺すとこちらを睨み付けた。


 師匠曰く、この妖怪はずっと昔、東の地でよく見た。

 だが最近は見ることが無くなり、もしかして死滅したのかと妖怪達でも噂している妖怪が現れた。


「俺の一番嫌いなもんが出やがった!」


 ホロが歯をむき出しにした。


「・・・てめぇの臭いどこかで・・・誰だおめぇ?」


「キヨヒラ」


「・・・きよひらだと!?」


 土蜘蛛が口を開いた。

 その言葉にホロの顔が曇った。


「我ガ、オ前ガ守ッテイル、キヨヒラノ約束ヲ終ワラセル!」


「何言っていやがる?」


 ホロの顔が険しくなった。

 土蜘蛛は森の中へ走った。


「ホロ、土蜘蛛か!?」


 サクヤとククリが川から戻ってきた。


「終わらせるだと!?」


「落ち着くのじゃ!あの土蜘蛛は何者じゃ?」


 ククリが怒るホロを落ち着かせようとしたがホロは答えず、辺りを嗅いだ。

 周りに鬼神の手下がいないか確認した。


「ククリ、サクヤ、光ここから離れるな!あの野郎、逃がしゃしね!」


「待てホロ、独りで行くな!」


 ククリが止めるのも無視してホロは、森の中を走りながら辺りを見回した。


「いやがった!」


 ホロは逃げる土蜘蛛を見つけた。土蜘蛛は開けた場所にある柵の中へと入っていった。

 土蜘蛛が柵に入ると同時に土の中から数体の土蜘蛛が現れた。土蜘蛛らはホロを取り囲んだ。


「1、2・・・6体か・・・何の恨みがあるか知らねぇが、そんな姿になってまで群れて吠えやがる・・・だから嫌いなんだよ!」


 ホロの頭から狼の耳が生えた。

 そして刀を構えた。

 後ろにいた土蜘蛛が大口を開けてかみ殺そうとした。


 ザス!


「おめぇ、そんなんで俺をかみ殺せるかー!」


 ホロの刀で一瞬にして頭を突き刺され炎に包まれた。


 2体目の土蜘蛛が仕掛けた。ホロは土蜘蛛の眼に拳を打ち込み、土蜘蛛の首を切り裂いた。

 2体目も炎に包まれた。


 3、4体目が同時に仕掛けた。

 挟み撃ちのようにホロを攻撃した。


 ホロはそのうちの1体の背中に飛び乗ると、そいつの後ろにいた土蜘蛛の眼前に立つと、そいつの喉元から頭頂部へと太刀で貫いた。

 同時攻撃した2体の土蜘蛛は慎重になった。


「右か、左どっちでもいいぜ。来ないなら俺から行く!」


 ホロは左の土蜘蛛へと距離を詰めていった。

 土蜘蛛は逃げ出した。


 残ったのは1体。


「ガァアアアアアア!」


 大口を開けて、ホロに噛みつこうとした。ホロは土蜘蛛の口に手を突っ込むとそいつの舌を掴み、引っ張った。


「なぁ、群れることでしか強くなれない、お前らなんざぁ俺の相手にならねぇんだよ!」


 土蜘蛛の頭に太刀を刺した。

 土蜘蛛は炎に包まれた。


「よぅ、群れはいなくなったぞ。おめぇ何もんだ?」


ホロは最初に襲ってきた土蜘蛛へと近づいた。


 ボォン!


 周りが火に包まれ、柵(さく)は城である柵(き)へと変わった。


「柵に・・・炎・・・?」


 微かな記憶があった。


「・・・・・・お前、家衡か!?」

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