第28話 迎え

「死ぬ気か?」


 声がしたので眼を開けた。

 辺りは夜になっていた。

 目の前に何者かが松明を持って立っていた。


「あなたは酒呑童子」


 初めて見たが母上のおっしゃったとおりだった。

 1間4尺(192センチ)はあろうかという巨体に額から赤い2本の角が生えている。


「茨木童子が九尾にびびって、俺にお前さんを倒して欲しいと言ってきた。あのお方は土佐坊の軍勢がどうなったってかまやしないのに・・・無駄なことしたってあのお方は褒めはせぬ」


「どういうことです?」


「はじめから頼朝が勝っていたんだよ。土佐坊が動いたとき、わざと情報が漏れるようにしておいた。当然義経は土佐坊を討ち取る。そして後白河法皇は、あのお方の言いなりで頼朝に追討の院宣を与える」


「そんな・・・」


 あの勝負は始めから鬼神の思惑どおりだったのだ。


「頼朝追討の院宣を出た後にあの方が後白河法皇に会いに来た。そしてあの方に言われるがまま、頼朝に義経追討の院宣を与える。これで義経は立派な謀反人になってしまった」


 わたしは拳を強く握り、奥歯をかみしめた。

 

 はじめから負けていた?

 九尾さまの力を借りて、敵を退けたというのに全ては鬼神の読み通りだったのいうの?


「わたしを殺すのですか?」


 酒呑童子を睨み付けた。


「何のために俺を睨み付ける?お前を守ってくれるものはいない。戦えるのか?」


 酒呑童子が懐に持っていた短刀を抜いた。

 酒呑童子の眼は、以前この山で出会った前鬼さまの穏やかな眼と違い、戦いを好む眼だった。


「せめて、心だけでも・・・」


 今、どこぞの神に憑依してもらう力はない。

 武器も持っていない。

 言葉だけが、せめてもの必死の抵抗だった。


「正直、女を殺す気にはなれなくてね・・・それに見てみろ」


 酒呑童子が振り向いた。


「あなたは、あの時の狐・・・」


 寒い夜の中であの時、助けた狐が立っていた。


「あの狐、俺からお前さんを守ろうとしているみたいだ」


 狐は口を大きく開けて、酒呑童子から逃げようとしない。

 わたしを守ろうと命がけだ。


「だが、もしかしたらこの後死ぬかもしれんな。鎌倉勢がこの山にやって来ている」


 酒呑童子は腰にぶら下げている瓶子を手に取った。


「俺が作った体力の戻る酒だ。この山の前鬼の妻が作った理水よりも効くぞ!茨木童子はあのお方に認められたくて、お前さんと義経を倒したかった。あのお方はお前さんを殺す気はなかった・・・」


 そう言って酒呑童子は瓶子を置いた。


「これを飲んで、後は己の力で・・・生きるか死ぬか」


「あなたは元人間?それとも生まれついての鬼?」


 不思議な鬼だ。

 冷酷なのかと思えば、今は優しい眼をしている。


「生まれついての鬼さ!茨木童子も俺も子鬼の頃にあのお方に出会った。俺はお山の大将程度で、あのお方は世界を統べている。俺はそれで満足しているから無闇に人間は襲うつもりはない。茨木童子は、あのお方に褒められたくて頑張ってるのさ!」


 そう言うと酒呑童子は立ち去った。


「くぅぅぅん・・・」


 酒呑童子がいなくなると狐が近づいてきてわたしの顔をなめてくれた。


「あなたも強いですね・・・」


 狐の頭を撫でた。

 すると狐がわたしから離れた。


 ボゥ・・・。


 まわりに火が現れ辺りが明るくなり、温かくなった。


「狐火!?」


 狐が少し離れたところでわたしに振り返った。

 狐火は狐がいるその先を照らしている。


 酒呑童子がくれた酒を少し飲んだ。

 体力がみるみる戻ってきた。

 わたしは狐火を頼りに歩き出した。


 狐はこちらを振り返りながら中仙本、上千本へと進んでいく。周りの狐火に導かれるように奥千本へとわたしは歩いて行った。


「あっ・・・・」


 狐が止まったのは義経さまと共に見たあの桜の前だった。


「あの・・・お独りですか?」


 吉野山億千本にある金峯神社で独りで桜を見ていたら後ろに後鬼さまが立っていた。

 腰に3本ほどの瓶子(ヘいじ)をつけていた。


「・・・独り・・・置いて行かれました・・・」


「え・・・っと・・・」


 後鬼さまが困っている。

 無理もない。こんな事を言われたらなんて答えたら良いか鬼でもわからない。


「あっ、もしかしてお酒を持っている!?柑子(こうじ)一緒に食べませんか?」


 酒呑童子からもらった瓶子を見た後鬼さまが腰にぶら下げていた匂袋から柑子を二つ取り出した。

 わたしたちは、神社の石段に腰掛けた。


「えっ酒呑童子が!?あぁあの鬼の作るお酒は格別です!」


 後鬼さまは酒呑童子のお酒を飲んだ。


「あぁ、うまい!さすが酒呑童子!ささ、静さまも!」


 杯を渡され、わたしは後鬼さまのお酒を少しいただくことにした。

足下では狐が座っていた。


「ところで前鬼さまは?」


「うん、あたいの代わりに子供達のお守りをやってます。こうやって時々、独りになりたいときがありますので・・・」


「あぁ・・・そうなんですか?」


「うん、1人になってお酒を飲んで元気になる!」


 そう言って、後鬼さまはお酒をどんどん飲んだ。そういえば、噂によれば後鬼さまは実はお酒が大好きで、理水を作るよりもお酒を作る方が好きだと聞いた。


 狐火が明るく照らす中で、後鬼さまの頬が赤くなっていく。


「ぷは~!義経さまって良い夫ですか~?」


 あと酔うと性格が変わるらしい。


「どこら辺が~?聞かせてください~」


 酒に酔っているせいか、後鬼さまがどんどん聞いてきた。


「・・・母上も大切にしてくれます」


「えっ静さまの母上さまも!?」


「はい、わたしが妾になったとき、義経さまは母上にも一緒に堀川で住もうと申しておりました。ですが、母上は北白川に残りました。それならば義経さまは母上の所に従者を1人送って母上が不自由なく暮らせるようにしてくれました・・・」


「そっか・・・家族と仲間を大切にしていたのかぁ・・・」


 義経さまは2歳の時に父を平家との戦で亡くなった。そして母と共に、都から大和国へと逃れた。

 その後、母と共に都へ戻ったものの11歳の時、母は再婚し義経さまは鞍馬寺へ預けられた。


 義経さまは家族が自分からいなくなってしまう寂しさを味わっている。それ故に家族と仲間を大切にし、独りにならないように母上さまにも気を使ってくれていた。


「わたし、あの人ならばわたしの人生を預けても良いと思いました」


 ずっとそばにいると約束してくれた。

 わたしは幸せだった。


「わたし酔っております・・・少々踊りたくなりました」


 わたしは座っていることが出来ず立ち上がった。

 玉串はなかったが、そばに落ちていた木の枝を拾って舞を始めた。


 音は奏でていない。

 だが、頭の中でちゃんと奏でている。

 義経さまに見せていた舞だ。義経さまがこの舞を見たいと言うので何度も見せていた。


 狐火が、まるで昼間のように明るくなった。命を助けた狐が喜ぶように周りを飛び跳ねていた。


 舞終わると狐と顔を合わせた。

 狐のつぶらな瞳がわたしの顔を見る。


「・・・独りになってしまいました・・・」


「独りじゃないよ!」


 後鬼さまが指をさした。

 指を指す方を見た。

 1人の男性がこちらに走ってきた。


「静様!」


 来てくれた・・・。


 狐火の明かりで顔が見える。

 心の中で思いがこみ上げてきた。


「行信さま・・・」


「鎌倉の企みを知って、腰越にいることが出来ず文を出した後、某も都へと向かいました。そして一匹の妖狐の童女からここに静様がいると聞きました・・・なっ!?」


 わたしは行信さまの直垂を思いっきり握ると眼の奥で我慢していたものを流し出した。


「義経さまは、わたしを捨てました!」


 義経さまが鎌倉殿と険悪になったとき、落ち込む義経さまの心を何とかして癒してあげようと接してきた。

 義経さまが望めば舞いを披露した。


 そしてわたしのお腹の中に命が宿った。

 だが、義経さまはわたしをその命共々ここに置いて離れていった。


「違う!判官様はそのような事はいたしません!」


 わたしの両肩を行信さまが掴んだ。

 その眼はあの人以上に強い眼差しだった。


「某が必ずや判官様に会わせます!」


*        *        *


「起きたか・・・」


 朝、お堂の中で眼が覚めた。

 わたしの側でククリさまが座っていた。

 光さまとホロさまがいない。


「どうやら、わたしが一番遅かったようですね・・・」


「殿方は交代で辺りを見張っていた。そなたは疲れていたのですぐに寝てしまった・・・」


 旭将軍が消えたあと、館が人間界への出口になった。

 人間界に戻ると、木曽のとある村に出た。宿を取ろうとしたが村の者達は怖がっていた。

 仕方なしに野宿をしようと思ったとき村はずれにお堂があったのでそこで夜を明かした。


「おう、ククリ!今から朝飯探すからゆっくりしていろ!」


 ククリがお堂から出ると外で光とホロが朝日を浴びていた。


「少しばかり矢を飛ばして参る・・・」


「それだったら一緒に朝飯でも探そうや!光、飯の準備しといてくれ!」


 ホロとククリは朝飯になる獲物を探しに森に入った。

 わたしと光さまの2人きりになった。


「昨夜は失礼をいたしました・・・」


 光さまが地面に膝をついて謝った。


「いえ、光さまは何も悪くありません!」


「サクヤさまの行ったことは重々承知しております。ですが、サクヤさまは判官様の妾!たとえ治療行為であっても他の男と口づけするのは良くないと思い思わず、あのような無礼をしてしまいました」


「・・・そうですね、わたくしは義経さまの妾なのですね」

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