第27話 別れ

「静、ここで今日から拙者と一緒にすむ屋敷じゃ!」


「・・・はい・・・」


 1185年9月。

 わたしが義経の妾になったとき六条堀川邸にて同棲することになった。

 わたしは18歳。

 義経さまは27歳だった。

 わたしは、立派な伴侶になろうと必死になっていた。


「ははは・・・そんなに緊張せずとも良い!ゆっくりと・・・心を落ち着かせて・・・」


 18歳のわたしは、大人のつもりになってまだ子供なのであろうか?

 白拍子として男の人と付き合っていたが妾生活に、わたしはひどく疲れたのか笑顔が少なくなったと自分でも感じた。


「よし静!拙者と一緒に山でも歩かぬか?」


「山ですか?」


 そんなわたしを心配してくれて、義経様がおかしな事を言ってきた。

 山を一緒に歩くとはどういうことなのだろうか?

 太刀を帯び、弓も手にした義経さまは山でわたしと一緒に何をしようというのだろうか?


「まっ拙者について参れ!」


「あっはい!」


 義経さまに強引に腕を引っ張られて一緒に山を歩くことになった。


「・・・あぁ・・・」


 心地よかった。

 妾の生活で心のゆとりを無くした、わたしの心に笑顔が戻った。


「静、良い笑顔をしておる!」


「え・・・あっはい!」


 義経さまに言われると、思わず表情がこわばった。


「はっはっはっ・・・山に来てまで堅くなるな!」


 心地よい中で、どこか義経さまに遊ばれているような嬉しさと恥ずかしさが入り交じった気持ちだった。


「静、止まれ!」


 急に義経さまが弓を構えて辺りを見回した。


「この先か!?」


 少し先にある茂みの向こうで、何か見つけたようだ。恐る恐る近づき、様子をのぞいた。


「狐か・・・」


 いたのは狐だった。


「見た感じ、まだ若い狐か。申し訳ないが、ここで出会ったのが運の尽き」


 2丈(6メートル)ほどの距離で狐は逃げられず振るえていた。 義経さまがゆっくりと弓弦を引いた。


 スゥ・・・。


「ん?静、どうした?」


 わたしは弓弦を引いている、義経さまの右腕にそっと手を置いた。


「できれば、見逃してあげて下さい・・・」


「ん~・・・狐、立ち去れ!」


 義経さまは弓弦を戻した。

 狐は何処へと走り去った。


「これでは拙者の腕を静に見せらぬ・・・」


「・・・申し訳ありません」


「静が謝ることはない。拙者はそんな静の優しさに惚れておるのだ・・・」


 義経さまがそう言ってわたしの頭の撫でた。


 それは確かに幸福だった。


*        *        *


「拙者がどんな気持ちであの文を書いたと思っているのだ!」


 しかしあの時、義経は兄との仲が険悪になっていた。


「静、舞いを見せてくれぬか?」


「はい・・・」


 白拍子として貴族達の心を楽しませ癒やしてきた、わたしは義経さまの心を癒やそうと努めた。


「きれいだ・・・そなたはきれいだ・・・」


 義経様の瞳から涙が流れてきた。


 わたしは舞った。

 義経さまだけに、舞いを見せた。


「静・・・約束だ・・・そなただけは絶対に不幸にはしない!」


 わたしの両手を握ってそう約束してくれた。

 義経さまは約束を守ろうとするお方だった。源氏の再興も兄と交わした約束だからこそ全力で務めている。

 だから義経さまの約束は信じられた。


*        *        *


「あなたは、もしかして妖狐?」


「え、なんで分かったの!?」


 10月になったときだった。厨で夕食を作っていたとき、14、5歳ほどの1人の童女が立っていた。


「尻尾が見えています」


「あ!?」


 童女の後ろから、きつね色のふさふさの大きな尻尾が見えていた。


「あぁああっん!完璧に変化できたと思っていたのに~!」


 妖狐の童女は悔しさのせいで冷静さを失ってしまったのだろうか尻尾はおろか頭から狐の耳まで出てしまった。


「それで、わたしに何のご用で?」


「まずは、お友達を助けてくれてありがとうございます!」


 妖狐の童女は深々と頭を下げた。


「お友達と言うと、あの時の子狐?」


「はい、あたいの一番大好きな子で、あのとき助けてくれなければあたいは大切な友達を失っていました」


 あぁ・・・助けて良かった。


 あの時、義経さまは自分の腕前を見せようと、はりきっていた。

 わたしも自然の摂理は知っている。あれが、あの子狐の運命と思ったが、やはり助けたくて助けた。


「それであなた様に是非ともお伝えしたいことがあります!」


 妖狐の童女は懐から一通の文を取り出した。


「腰越にいるお方からこれを、こちらに届けて欲しいと・・・」


「腰越?」


 あの人であろうか?

 わたしが義経さまの妾になったすぐ後に、鎌倉へと行ってしまったあの人だろうか?


 わたしは文を読んだ。


「なんてこと!」


 文を読んで、青ざめた。


 ―9日に鎌倉から土佐坊昌俊なる者が83騎の軍勢を率いて京へ向けて出立した。

 その目的は、義経さまを討ち取ること。そして土佐坊昌俊の軍勢に妖怪がついている。

 おそらくは鬼神の配下と思われる。


「どうすれば・・・」


「お友達を助けてくれたお礼にあたい達が助けます!」


「あなた達が!?でもどうやって?」


「あたいのおばあさまに力を貸して貰います!」


*        *        *


「来たか・・・」


 17日、土佐坊昌俊がやって来た。義経さまは逃げずに迎え撃つつもりだ。

 わたしは義経さまの側にいた。


「女、聞こえるか?」


 突然、わたしの頭の中で声がした。


「今から憑依する!」


 ドォン!


 身体が身震いをおこし力がみなぎってきた。頭から狐の耳が生え、髪がきつね色になり、白拍子の姿に変わった。


*        *        *


「へっ、へっ、へっ・・・義経か」


 遠くで一匹の鬼が様子を見ていた。

 刃渡り1間(1,8メートル)はあろうかという太刀を持ち、背中に髑髏の入れ墨を入れた鬼が子分の鬼共、15体を引き連れて土佐坊の様子を見ていた。


 茨木童子である。


「義経は確か昔、鞍馬山から奥州に向かう時、あのお方の下っ端を3体まとめて倒したって話だからな。その義経をやれば、おいらも山を一つくれるという・・・酒呑の兄貴と同じになれるな!」


 茨木童子が褒美を楽しみにしながら身体を震わせている。


「おぉ、あんなところに兵がいやがる!」


 土佐坊の軍勢の前に1人の兵士が立っていた。

 土佐坊の軍勢は1人の兵を倒そうと襲いかかった。

「!?」


 だが、次の瞬間、兵は目の前で消えた。

 次に軍勢の左右に4人の兵が現れ、そしてその兵も消えた。

 今度は周りに8人の兵が立っていた。

 そしてその兵も消えた。


「な、何なんだこりゃぁ!?」


 軍勢は混乱した。


「よし、今だ!」


 その様子を見て好機と見た義経は手薄の兵で襲いかかった。不意をつかれたは土佐坊の軍勢一瞬にして壊滅した。


「おぉ義経か!丁度いいその首よこせぇ!」


 土佐坊の軍勢が壊滅してもお構いなしに義経を見た茨木童子は興奮して飛び出そうとした。


「え?」


「我を知っておるか?知らぬのなら今、知れ!」


 わたしは茨木童子の前に立った。

 わたしのお尻から九本の狐の尻尾が生えていた。


 ドォオオオッン!


 茨木童子の周りに9つの火柱が出現した。

 わたしは手のひらに火の玉を作った。


「鬼が狐を恐れると思ってんのかぁ!」


 茨木童子が大太刀を振りかざして突撃してきた。


 ボォオオオ!


 わたしは火の玉を投げた。茨木童子に命中すると、茨木童子は吹き飛ばされた。


「ちっちきしょ・・・せっかくの好機が・・・」


 敵わぬとみた茨木童子は子分と共に姿を消した。

 

 鬼神に勝ったのか?

 いや負けた。

 結局、義経さまは都を追われる羽目となった。


「静・・・一緒に来てくれ・・・」


 義経さまにとってわたしは常に側にいて欲しい存在だった。わたしも義経さまと共に逃げることになった。


「静、そなたは京の禅師様のところへ戻れ!」


 吉野山で突然言われた。


 わたしは吉野山で義経さまから従者達と路銀を渡された京へ戻れと言われた。

 だが従者達は隙をついて、路銀を盗むとどこかへ消えた。


 千本桜と言われるほどの吉野の山で、独りになってしまった。何も語らない桜の下で義経さまを思いながら、おなかをさすった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る