第26話 口づけ
「死にたくない・・・戦うのが怖い・・・」
「これは必要なことなのです!死ぬのではなく生きるために!」
ある日、母が鞍馬天狗さまを連れてきて、わたしに薙刀を教わらせた。
母は嫌がるわたしの言葉を聞くことはなく、母から教わった中で一番嫌な稽古だった。
自分が武器を持って戦わねばならない時。
鞍馬天狗さまから基礎は身につけてはいる。
「ああああああ!」
あらん限りの声を張り上げ、恐怖を押し殺して全力で薙刀を振った。
ガンッ!
旭将軍がサクヤの薙刀を弾いた。
サクヤは一瞬にして倒された。
* * *
「ここか・・・」
旭将軍を追って某は暗闇の館の前で建っている。
何も変わりはしない普通の館だ。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!」
九字を切り、門をくぐった。
「!?」
門をくぐった時、急に真昼のように明るくなった。そして目の前に旭将軍が巴御前と2人の子供と共に、笑顔で楽しそうにしていた。
この光景を某に見せるのか!?
怨みだ。
怨霊になった旭将軍が、怨みを見せている。
「喝!」
己に喝を入れるとその光景は消えた。
だが明るさはそのままだ。
「ケェーン!」
キジの鳴く声が何度もする。
母屋に入った。
「サクヤ様!?」
「ひかる・・・さま・・・」
目の前にサクヤ様が座り込んでいた。
その後ろにいた。
あの日、死んだときの甲冑姿のままだ。
サクヤ様の喉仏に旭将軍の太刀が触れていた。
「その方はお主を殺してはいない・・・」
刺激しないようにゆっくりと近づく。旭将軍がサクヤさまの喉仏にあてている太刀に力を込めた。
「お主が殺したいの某であろう!」
某が叫ぶと旭将軍が怯んだ。
「鬼神から某を倒せば、もう一度、巴御前と共に人生をやり直せる約束でも交わしたか?」
旭将軍が鬼神に願っているものはわかりきっている。
「一騎打ちをしよう。武士(もののふ)らしく!」
旭将軍は生粋の武士だ。
彼の土俵である、武士の一騎打ちをしてもう一度勝つ!
旭将軍はサクヤ様を離した。
サクヤ様は旭将軍から離れた。
旭将軍がうっすらと黒い妖気に包まれていく。
某は神斬を抜いた。
それとは反対に旭将軍は太刀を納めた。
ダンッ!
「金砕棒か!」
旭将軍の太刀の代わりに右手に具現化されたものは金砕棒だった。
牛の角のような突起物が周りに付いている金砕棒を片手でこちらに向けた。
旭将軍が兜を脱いだ。
旭将軍の頭の横から牛のような角が生えてきた。その角は燃えるように光っていた。
「やはり怨霊だな!」
バンッ!
旭将軍の金砕棒が床をたたき割った。
怯えずに、距離を詰めた。
ガキッ!
旭将軍の鋭い突きが某の顔面を潰そうとした。
予想外の速さに思わず神斬を盾にして防いだ。
神斬は金砕棒の強力な一撃に折れなかった。
旭将軍が脇構えをとった。
その瞬間を逃さず、旭将軍の喉元を切り裂こうとした。
ブン!
神斬は空を切った。
バキャキャキャ!
旭将軍が床を潰しながら下段から振り上げた。
ガン!
またしても神斬を盾にして防いでしまった。
その攻撃も神斬は折れることがなかった。
だが、旭将軍の力が増してきている。
力で押しつぶされそうだった。
「なめるな!」
某の両腕に黒い模様が浮かび上がった。
奴の血が呼応している。
透明な神斬の刃がが、黒く濁った。
だが、旭将軍も凄まじい力をさらに出した。
彼の瞳が睨み付けている。
旭将軍の怒りを感じる。
確かに平家との和睦を潰し、旭将軍の眉間に矢を射て、とどめを刺したのは某だ。
その恨みは人間として理解出来る。
後退する。
金砕棒が襲ってくる。
「ぐっ!」
致命傷には成らなかったが、旭将軍の一撃にこめかみから血が流れ出した。
「旭将軍殿、サクヤ様だけでもここから出さぬか?・・・サクヤ様は関係ないだろう?」
「傷ミヲ、味ワエ!」
「・・・何だと?」
「大切ナ者ガ、イナクナル痛ミヲ味ワエ!」
こいつは本気でサクヤ様まで殺す気か?
「ふざ・・・ける・・・な!」
某の奴の力が今までで一番増してきた。
神斬を大上段に構えた。
神斬を全力で振り下ろした。
旭将軍が金砕棒で防ごうとした。
ガァアアッン!
その威力で旭将軍の金砕棒を粉砕した。
某は旭将軍の腹を蹴飛ばした。
旭将軍は倒れた。仰向けになった彼の身体に乗ると旭将軍の喉仏を太刀で抑えた。
「!?」
脇腹に痛みが走った。旭将軍に乗っかった時に旭将軍の脇差しが某の脇腹を刺した。
旭将軍から離れた。
「光さま・・・だめです・・・」
2人の戦いをサクヤはずっと見ていて恐怖を感じた。
光からうっすらと黒い妖気が見え始めていた。
「いい加減成仏しろ!」
「オ前ヲ倒シテ、巴ノ所ニ帰ル!」
旭将軍の脇差しが某の首筋を狙った。その腕を掴み、首を抑えて、地面に伏せさせた。
某の腕に異常な力が入る。
それは旭将軍の怒りの力を完全に圧倒していた。
「オ前サエ、イナケレバ!」
旭将軍が叫んだ。
旭将軍が立ち上がろうとする。
まるで牛に押されるかのような強い力だ。
某に絶対に負けを認めなかった。
「某は鬼だといいたいのか!?」
その力を押さえ込もうと某の力もさらに増幅されていった。
「光さまぁ!」
わたしは薙刀を構えた。
その瞬間、胸に付けていた鈴がなり、壊れると髪の色が黒と黄色に染まり、頬には猫のひげが生えていた。
「その人を殺すのならば、わたしがそなたを食い殺すにゃ!」
ダッ!
わたしの一言に旭将軍はわたしの胸に脇差しを刺そうとした。わたしは身体を宙返りして避けた。
追撃する旭将軍に強烈な掌底を食らわした。
「今のそなたは、巴御前が惚れた男か!?」
わたしの言葉に旭将軍が我に返った。
眼が人間の眼に戻っている。
落ち着いたところで、巴御前の事を伝えた。
「巴御前は左衛門尉(さえもんのじょう)、和田義盛の妻になった。お主の子を育てるためにゃ」
わたしは巴御前の事など何も知らなかった。
だが、言葉がすらすらと出た。
おそらく、憑依した猫又さまが知っているのだろう。
旭将軍が震える口から何かを言い返そうとしているが、何も言えない。
わたしは言葉を続けた。
「そなたが好きな巴御前は弱い女では無い。たとえ、そなたがいなくなろうとも、そなたの息子を立派な武将に育て上げる。お主の死を無駄にせぬためだにゃ」
旭将軍は奥歯をかみしめ天井を見上げて手で両目を覆った。
「怨霊にはなるな・・・巴御前とお主の子供のために・・・」
旭将軍は消えた。
「光さま!」
旭将軍が消えると、わたしは光さまに近づいた。
スリスリスリ・・・。
「あの・・・何をやっているのですか?」
「えっ・・・あっ!」
わたしは光さまの側によると、自分の頭を光さまの胸に押し当てすりすりした。
「あ・・・あの・・・すみません!」
まだ、憑依の力が残っているせいだが、自分の行いに顔が燃えそうだった。
「!?」
「光さま!?」
突然、光さまが床にうずくまった。
苦しんでいる。
それが何か分かる。
鬼神の血だ。
鬼神の血に苦しめられている。
何か、苦しみを和らげる方法は・・・。
思い出したわたしは腰につけていた瓢箪を取ると、入っていた理水を口に含んだ。
「!?」
わたしは光さまに口づけをした。
だが、光さまはわたしを突き飛ばした。
「あなたは某に口づけしてはならない!」
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