第20話 あの人に会う
「神泉苑?」
15歳の時の夏の日。
この夏、日照りが続いていた。
雨が降らなければ作物が育たない。
百姓、武士、貴族全員の死活問題がやって来た。
「法皇様の使いで参った!」
ある日、家に法皇様の使者がやって来た。
母上は使者と対面した。
「・・・分かりました。法皇様の命であれば・・・」
「そなたの娘も連れてくるように!」
使者は、わたしも来るように母上に申した。
わたしは、そのことに気にしてはいなかったが、母上の顔が曇ったのを覚えている。
使者が帰ってからしばらくして母は手紙を書くと、飛んできた1羽の小天狗に渡した。
天狗達は幼い頃から家に時々、やって来て、わたしは一緒に遊んだことがある。
* * *
当日、母上は都および近隣から白拍子100人を集めた。その中にわたしも混じり、ある場所へ連れて行かれた。
神泉苑である。
屋敷の真ん前に池があり、龍神が住むと言われていた。寝殿の真ん中に1人の老人が座っていた。
「母上、あのお方は?」
「あれが後白河法皇・・・日本一の大天狗と呼ばれた御仁です」
「日本一の大天狗?」
かつては六波羅殿と権力争いをしたことがあった。だが、今のお姿は歳を取ってくたびれた老人に見えた。
ただ・・・。
「母上・・・わたしはあの人に近づきたくありません」
「ご安心なさい、助けは求めています・・・」
法皇さまは神泉苑の池で100人の僧に読経させたが、無力だった。
法皇さまは次に白拍子を100人呼び寄せた。
「なにが白拍子だ?治天の君は何を考えているのか?」
周囲にはそんな声も聞こえた。白拍子の舞は巫女が待っている巫女舞から来ている。
神を憑依させるために巫女が踊ったのが巫女舞だ。
だが、白拍子の舞は貴族連中を楽しませるための”ただの舞い”だった。
その舞の力を信じようと後白河法皇は母上に頼んだ。母上は100人の白拍子を連れて神泉苑へと赴いた。
白拍子は1人ずつ舞った。
1人・・・2人・・・3人・・・雨は降らない。
法皇が苛立つ中、1〇〇人目、わたしの番になった。
「!?」
不意にあの時の桜の香りがした。
あの時、鞍馬山の桜の香りがした。
何故、こんな時に?
分からぬままわたしは舞い始めた。
・・・・・・さぁ・・・・・・。
何もなく普通に待っただけだった。
普通に待っただけなので何も起きるわけが無い。
だが、舞っているときわたしは何かの異変を感じた。
「曇が・・・」
その時、空が曇り始めて大勢の人間が待ち焦がれていた雨が降り始めた。
「あの娘は神の子か!?」
後白河法皇さまが叫んだ。
そしてわたしのうわさは都中に広まった。
* * *
「やっほーい!」
「あっ太郎坊さま・・・」
神泉苑でも舞から3日経ったころ、女天狗の太郎坊さまが飛んできた。
「あなたに、男がやって来るよ!」
「え、男?」
「そう、あたいはそれまで変な男を追い払います!」
太郎坊さまが何を言っているのか分からなかった。
だが、変な男達は確かにやって来た。
「あの~」
門番に1人の男が立っていた。
手に文を持っていた。
「な~に~?」
太郎坊さまが男に近づいた。
「あ・・・あの・・・こちらにかぐや姫がいると聞いて是非とも我が妻に!」
「かぐや姫はとうの昔に月に帰ってるわ!あんたも帰れー!」
その後も変な男達は何人かやって来たが、太郎坊さまがすべて追い払った。
* * *
「静さまに会いたいと申す者が来ております」
ある日、弟子の者がわたしに会いたい者が尋ねてきたと伝えた。
わたしは戸の隙間から門を見た。
確かに誰かが立っていた。
顔は見えないが確かに1人の男が立っている。
「お通ししなさい・・・」
母上が許すと、弟子はその者をここまで連れてきた。わたしはその者の顔をここで見た。
胸が騒いだ。
「其れがしは判官様の使いの者で行信と申します。判官様が是非とも静御前様にお会いしたいと申しております」
判官さま?
どういう御仁だろう?
「あのぉ・・・・判官さまはどういった御方でしょうか?」
わたしは恐る恐る尋ねた。
しばし沈黙の後、その方は答えた。
「・・・あなた様を妾にしたいと望んでおられるお方です!」
* * *
「静と申します・・・」
3日後、わたしは会いに行った。
「おお、よくぞ参られた!ささ、顔を上げよ!」
その人は喜びを隠せなかった。わたしは、まだその人をよく知らないので顔を上げる気がしなかった。
そんなわたしにその御仁は近づくといきなりわたしの両手を握った。わたしは驚いて顔を上げ、そのとき目が合った。
「拙者は、そなたを好いておる。拙者のことを義経と言ってくれ。そなたの望みを申せ!」
まっすぐな瞳を持っている。
信じられる目だ。
わたしは恋愛経験など無い。
どうすれば良いのか。
「・・・はっはい・・・良き夫と作る・・・良き家庭を望んでおります」
しどろもどろになりながら答えた。
「任せろ、拙者が必ずやその願いを叶えてやろう!」
* * *
わたし達は尾張国の濃尾平野へと入った。
この濃尾平野には大きな川が3つある。揖斐(いび)川、長良川、木曽川の木曽三川と呼ばれる大きな川だ。
「ハァ・・・ハァ・・・」
都を出るときから胸の中に小さな苦しみを感じていた。その苦しみはだんだん大きくなり歩くのが辛くなってきた。
「無理をするでない」
ククリさまが側に寄ってきてわたくしの身体を支えてくれた。
「サクヤ様、この先の川で休みましょう!」
光さまが一番近くにある揖斐川まで移動して休むことに決めた。
「サクヤさま、水でございます!」
光さまが川の水をすくった竹筒を差し出してくれた。
「ありがとうございます・・・」
ゴクッ・・・ゴクッ・・・。
冷たい水がわたしの唇から喉を通り胸に入っていった。
「光さまも・・・」
「あっ、はっ・・・」
竹筒を光さまに返した。光さまは飲もうとして竹筒のふちに口を近づけたが、躊躇して飲まなかった。
「ほいククリ、水だ!」
「かたじけない」
隣でホロさまが瓢箪(ひょうたん)に入れた水をククリさまに与えていた。
ククリさまも木曽川の冷たい水を飲んだ。
「ホロの分じゃ」
「おぅ!」
ホロさまは瓢箪の先を口に付けて水を飲んだ。
「ところでククリは疲れてねぇか?」
「見くびるでない。この程度でつかれはせぬ」
「さすが、我が妻!」
ホロさまとククリさまは良い夫婦だ。
わたしにはそう思えた。
「ん・・・誰だ?」
一休みしていると、数名の猿楽者たちがこちらに近づいてきた。
「安心しろホロ・・・」
光はホロに心配ないと言った。その猿楽者たちは何もすることなく側を通り過ぎた。
だがその時、文を一通落とした。
光はそれを拾うと中身を読んだ。
「・・・やはり無理か!?」
「どうした?」
「鎌倉街道だ・・・先ほどの者は某の仲間だ。この文によれば、やはり鎌倉を突破するのは難しい・・・」
光達は都で鬼神の奇襲に遭い、突然の出立で東海道を選んでしまった。
だが、そういうこともあろうかと光はある程度の手は打っておいたが、やはり鎌倉街道は突破できない様子だった。
「また異界を通るか?」
「師匠からの遣いがいなければ、異界もどんな奴に出くわすか分かったものではない。ホロは妖怪として詳しいか?」
「知らん。ここらへんで異界に入ったらどんな奴が出るか知らん!」
どうやらわたし達は立ち往生してしまったようだ。
ただ、わたしはそれ以上に胸の苦しみをどうにかしたかった。
「サクヤ殿、しばし待っておれ」
ククリさまが川に行った。後ろ姿で良く見えなかったが川の水をすくって何かをしていた。
「飲むのじゃ・・・」
ククリさまが両手に川の水をすくって持ってきてくれた。
その水は異常なほど輝いていた。
「申し訳ありません・・・ククリさま」
ククリさまの手の中にたまった水を飲んだ。
不思議なことにそれを飲んだ瞬間、痛みが和らいだ。
「そなた、その痛みはずっと前から持っておったな・・・」
「え!?」
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