第21話 猫の妖怪に会う

「何だありゃ?」


 ホロが遠くの方に1人の男が川の側に棒のように立っているのを発見した。


「貴族でしょうか?」


 わたしは、その人が白い狩衣を来ていたので貴族だと思った。


「ぅおおおおおおおおおお!!!!!」


 突然、貴族は大声を上げると川に突撃して川の中で大暴れした。


「ホロ・・・逃げよう・・・」


 ククリさまはホロさまの袖を掴んで気味悪がった。

 わたしも光さまの側に寄っていった。


「まろを殺してくれぇー!!!」


 貴族はこちらに気付くと、叫びながらこちらに突進した。


 ゴンッ!


 ホロは突進してきた男をぶん殴った。


「ひ、人殺し~。まろは貴族でおじゃる!きさま、貴族を殴るとは!?」


「殺してやろうか?」


「ぐぇええええ!」


「ホロ、落ち着くのじゃ!腹は立つじゃろうが、落ち着けい!」


 訳の分からぬ、貴族にホロが首を絞めると、ククリが止めた。


「お~女子よ~。そなたは、まろを助けてくれたのか?なんと清らかな心の持ち主!」


 貴族は今度は、ククリに抱きついた。


 ガン!


「気安く抱きつくでない!」


「申し訳ない。死のうと思っておかしな事をしてしまった・・・」


「死ぬ?・・・まぁ水でも飲めや。理由聞いたるぜ」


 ホロは瓢箪を貴族に渡そうとした。


「ちょっと待て、飲むんじゃねぇ!」


 貴族が瓢箪を受け取ろうとした瞬間、ホロが瓢箪を引っ込めた。


「これはククリと俺だけの瓢箪だ!光、お前の竹筒を渡せ!」


「へっ?」


 光はしぶしぶ竹筒を渡した。貴族はサクヤが口を付けた淵の部分にかぶりつくと、水をこぼしながら飲んだ。


「もう良いか!」


 奪い返すように、竹筒を返してもらった。中身は空っぽになっていた。


「あ・・・あの・・・なぜ川の中であのような事を?」


 わたしは恐る恐る尋ねてみた。


「おさとに・・・・会いたいでおじゃる・・・・」


「おさととは誰ですか?」


「おさとはまろに好意を抱いてくれた女子じゃ。まろは、女にもてなかった。他の男に妻はいてもまろにはいない・・・女子よ教えてたもれ!何故、天はまろにこのような理不尽を与えるのじゃ?」


「と、もうされましても・・・」


 見た感じ、女にもてないのは感じた。たしかに理不尽と言えば理不尽だろうが。


「・・・まろは優しいおさととずっと一緒にいたいぃぃぃぃ」


 貴族は泣きながら、自分が死にたい事情を話した。


「そうか・・・だが、我らはこれで失礼する・・・」


 光さまが話を終わらせた。確かにわたし達はこの貴族に付き合っている場合ではなかった。

 ホロさまとククリさまも、気の毒ではあるが同じだった。


「光さま、お願いします!この人をおさとさまのところへ連れて行きとうございます!」


 だが、わたしは反対した。

 わたしはこの人をほっとけなかった。


「何とかしましょう・・・」


「あ・・・ありがとうございます!」


 わたしは光さまにお礼を言った。側でホロさまがめんどくさい顔をし、ククリさまは不機嫌な顔をしていた。


「ところで、おさとはどこにいる?」


「あそこにいます・・・・」


 貴族は上流にある多度山(たどまや)を指さした。


「ちょっと待てお前ら!お前は離れろ!」


 突然、ホロが叫び貴族を遠ざけた。


「あの山から、かすかに猫又の臭いがあの山から漂ってきやがる」


「それならば、諦めよう!サクヤさまが猫又に襲われてはならん!」


「猫又にも色々おる。人を襲うものもいれば、人に優しいものもいる・・・サクヤ殿、そなたはどうする?」


 光さまは諦めようと言ったが、ククリさまがわたくしに聞いた。


「あの人を助けたいです・・・」


*        *        *


「確かにお前の頭は人に優しいんだな!?」


「みゃ、みゃあ、うちの頭はそちらから襲ってこない限り、襲いません・・・」


 光が地元の民にこの辺りに、猫が集まる場所はあるかと訪ねた。その情報をもとにホロが一匹の黒猫を捕まえた。


 この黒猫の正体は猫から猫又になりたての若い猫又だった。この若い猫又に頭の家まで案内させた。

 若い猫又は異界へと続く、地面に倒れていた1本の大木の上を渡りだした。


「・・・あれ?」


 わたしはおかしな事に気がついた。

 最初は地面に倒れていた大木を歩いていたのが、気がつくと地面から離れて高いところにある大木を歩いていた。


「異界に入ったようじゃ・・・猫又の住処じゃ」


 ククリさまが教えてくれた。

 周りは壁のような巨大な大木から大木のような枝が複雑に絡み合っていた。

 所々、枝に土が盛っていた。


「なんて所・・・枝の上に土があるなんて!?」


「あれが、頭の家です」


 木の枝の生え際のところに一件の家が建っていた。


「俺らは喧嘩しに来たわけじゃねぇ、おさとを迎えに来たとまずはお前が伝えて来い!」


 若い猫又はホロに言われたとおり、頭の家に入っていった。

 しばらくして若い猫又が出てきた。


「みゃあ、頭は会うと言っていますが、狼は嫌だと言っております」


「何だとこらぁ!!!」


 ホロは若い猫又の襟を掴んだ。


「ホロ、落ち着くのじゃ!」


 とっさにククリが止めに入った。


「猫又さま、どうすれば良いのでしょうか?」


 わたしは若い猫又に尋ねた。


「え~頭が言うには女子だけ・・・」


「なんだと!」


「ホロ、大丈夫じゃ・・・サクヤ殿、ゆくぞ」


 ククリが自分とサクヤだけで行くと言い出した。光とホロは迷った。


「行きます・・・」


 わたしの心は変わらない。

 ククリさまと共に心配そうに見ている光さまとホロさまから離れて小屋へと近づいていった。


「やはりそなたは綺麗すぎる」


「もうし訳ありません・・・」


 ずっと怒っているククリさまに謝った。


 ガッ!


 ククリさまがわたしの肩を握った。


「よいか、多くの人間は大人になるに従って綺麗な心が消えていく。身を守るために綺麗な心を消してゆくのじゃ!そなたが、これからもその綺麗な心を消したくなければ、そんな弱気では駄目じゃ!」


「は・・・はい・・・」


 ククリさまに叱られて気を引き締めて戸の前に立った。


「よいかサクヤ・・・戦いというものは、たとえ敵から逃げられても痛みから逃げられぬ・・・」


「はい・・・」


 覚悟を決めて猫又の頭がいる家の戸を開けた。

 老婆が土間に座っていた。


「サクヤと申します・・・おさと様にお会いしとうございます」


「あたしゃ、この通りの老いぼれじゃ・・・何を言っておるのか分からぬ。かえって遅れでないか?」


 老婆はとぼけたようにサクヤを追い返そうとした。


「正体みせい!わらわ達はそなたを退治しに来たのではない!」


 ククリさまが老婆にそう言った時、老婆の目が全開になり大きな猫へと変化した。

 ククリが弓を構えた。


 ポンッ!


「え?」


 大きくなったと思ったら今度は小さくなり、普通の大きさの少し太った白猫の姿へと変わった。


「確かにおさとはここにおるみゃぁ。だが、おみゃー様を信用できんみゃぁ・・・まずは、あんた近うよるみゃぁ。あっ武器はそこへおいとくみゃぁ」


 猫又がククリを指さした。

 ククリは弓と太刀を入り口に置いて、草鞋を脱ぎ、土間に上がり、胡座(あぐら)をかいて座っている猫又の前に座った。


 猫又は猫の手でククリの顔を掴んだ。

 大きな肉球でククリの身体をなで回した。

 そしてククリの胸に自分の頭をこすりつけた。


「おみゃー様は高貴な妖怪だみゃ」


「未熟ではあるがな・・・」


「ほい、次はおみゃー様」


 次に猫又はわたくしを指さした。

 わたくしが土間にあがると猫又はククリさまと同じように身体をなで回し胸に頭をこすりつけた。


「おみゃあー様ら、いい人みゃあ!・・・ゴロゴロ・・・」


 喉を鳴らしながら自分の胸に頭をすりすりする猫又だった。


「おみゃーさまら、何故に関係の無い男のためにおさとを迎えにきたみゃぁ?」


 すりすりが終わると猫又が尋ねた。


「・・・男の方がおさとさんに帰ってきて欲しいと申しておりますので・・・」


「・・・おみゃーさまの心、ここで癒やすみゃあ・・・」


「え!?」


「しばらく、ゆっくりするみゃあ。人間は猫というのは犬に比べて人間に無関心と思っているが、猫の人間を癒やす力をなめちゃだめにみゃあ。ささ、うちみたいにくつろぐみゃあ」


 そう言って猫又の頭は床に寝転び毛繕いを始めた。


「・・・・・・くす」


 確かに猫の癒やす力はすごい。

 見ていると何だか力が抜けてきた。


「これが猫のちからみぁあ・・・しばらくここでゆっくりするみゃあ。そうすれば心の癒やしになるみゃあ」

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