第10話 奴との再会
「亡くなったか!?」
桜の種をサクヤ様に渡したあの日から3ヶ月後1187年10月、奥州で判官様を守っていた3代目がついに亡くなられた。
「いち、師匠は何と言っている?」
いちから師匠がどんな情報を掴んでいるか尋ねた。
「今は動かない方がいいそうです」
「何故だ?」
「奴の配下が動き回っているようです。我ら天狗も動いておりますが、今は鞍馬天狗さまも確かな情報が掴みにくくなっております」
それから更に翌年1189年2月。
「確かではありませぬが、おそらく出すでしょう」
仲間が後白河法皇が泰衡追討の宣旨を出すという噂を耳にした。事実、鎌倉殿が後白河法皇に奥州追討の宣旨を何度も要請している。
動かねばならぬ時がきたか。
師匠からも、だいぶ情報を得ている。
某は準備を始めた。
それから1ヶ月がたった3月上旬。
師匠から一通の文が届いた。
「来るのか!?」
神斬を強く握った。
「光さま・・・・」
「巫(かんなぎ)さま?」
巫さまが後ろに立っていた。
「来るのですね?」
「来ます!」
巫様にはっきりと言った。
どうせ巫様も分かっている事だろう。
「そうですか・・・」
まるで包まれるような優しい表情をしている。
サクヤ様とそっくりだ。
サクヤ様は間違いなく巫様の優しさを受け継いでいる。
「あの子が踊りは始めたのは5歳の時でした。母上のように人々を笑顔にしたいと言って、踊り始めました。11歳の時、いつもわたくしの側を離れなかったあの子が突然いなくなりました」
「何があったのですか?」
「前日の時です。初めてわたくし以外の者の前で踊る時が来ました。ある貴族の方の前で踊っていたときでした。その方は不機嫌な顔をしてずっと酒を飲んでいました。あの子はそんな人を笑顔にしようと一生懸命踊りました」
「その者は笑ったのですか?」
「いいえ・・・逆に杯を投げつけられました。あの子にとって辛い出来事でした。次の日、どこかへ消えてしまいました。でも戻ってきたとき、もう一度踊りたいと言いました」
11歳の時?
某の頭の中に思わず昔の記憶が蘇った。
「あの子も結局、”あれ”に出会う運命になってしまいました」
巫様が深く悲しんでいる。
多くの白拍子を従えて、自身若い頃も白拍子として多くの貴族の前で舞ったことのある巫様だ。
故に奴の恐ろしさを十分知っている巫様も娘には奴と出会って欲しくなかったのだろう。
「光さま!」
「はっ!」
「サクヤを守ってくれますか?」
「ただ、それには時を稼がねばなりません。奴を足止めする時を・・・」
今悩んでいるのはそれだ。
某は誰にその役目を言えば良いのか。
「わたくしが時を作ります」
「まさか、巫様!?」
巫様が微笑みながら頷いた。
某は止めたかった。
サクヤ様に通じる、その優しい笑顔のあなたにその役は買って欲しくなかった。
「それしか方法がないのであれば・・・ですから光さま、約束です!」
「・・・はっ!」
止めることの出来ない某は巫様とある約束をさせられた。
* * *
丑の刻。
数名の仲間と共に虫の垂衣(たれぎぬ)がついた市女笠(いちめがさ)をかぶっているサクヤ様を護衛しながら堀川の一条にかかる橋へと歩いていた。
かつて安倍晴明(あべのせいめい)がこの橋の下に式神を住まわせていたという一条戻橋が間もなく見えるはずだ。
小さな橋だ。
2、3歩ほどで渡れるほどの小さな橋に安倍晴明は式神を隠していた。
「剛太、気をつけろ・・・・気配を感じる」
「へい・・・・」
師匠からいただいた神斬を抜いた。師匠に頼んでこの場所で3人の天狗に待ってもらっているはずだ。
今、都中に天狗達がいる。
数は師匠が慎重に選んだ。
大勢の配下を出せば奴も大勢の配下を繰り出し、妖怪同士の大戦になりかねない。
ドンッ!!!
謎の音と共に剛太の様子がおかしくなった。剛太の目がゆっくりと閉じられ、口の中から血を垂れ流しながら地面へと崩れ落ちた。
「逃げろ!」
某が叫ぶと市女笠をかぶっていた女は笠を捨てて他の仲間と共に全速力で逃げ出した。
某だけがその場に残った。
ザッ。
景色が変わった。
小さな戻り橋が大きな、大きな豪華な橋に変わり、明かりに包まれていた。
「来たか!?」
その橋の上に立っている。
両親を殺したあいつが立っている。
「面白い成長を見せたな・・・・小僧」
金色の髪に見たことのない漆黒の衣服を着た漆黒の瞳の中に赤い点がある。
時に神々しく感じることもある。世の中には、こいつを神とあがめる者達もいるという。
だが、某はあの時感じた。
人間の人生を弄ぶ”鬼の神”。
鬼神だ。
「父と母は何故、お前に殺された?」
「お前の父親は優秀な武将だった。時代を動かすのに大きな力となったやもしれん。だが私の気まぐれで死んだ・・・さてお前は?」
どうやら某は鬼神にある意味で気に入られたようだ。両親を殺されたあの日から、人の人生を自分の手のひらで弄(もてあそ)ぶ鬼神が自分を楽しそうに見ている。
「!?」
光の心臓に激痛が走り、足が動かなくなった。
剛太はこれにやられたのか。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在・前!!!」
九字を切った。
心臓の痛みは消え、足が動けるようになった。
「お前の屋敷に人影が感じられない。羅城門の天狗達は殺した・・・次はあの女だ」
「きさま!」
感情が高ぶり神斬を抜いた。
10年前、子供だったあの時、初めて出会った鬼神に自分は何も出来なかった。
あの時の自分では無い!
鬼神を斬れると言われる太刀を構えた。
「それは私を斬れるのか?やってみるが良い!」
鬼神が両手を広げる。
奴は笑みを絶やすことなく両手を大きく広げて隙だらけの状態で某が攻撃するのを待った。
奴は余裕だ。
人間如きに自分は絶対に斬られないという余裕だ。
呼吸が震えている。
「ちきしょう・・・」
今、この時というところで某は奴に怯えているのか?
修行は積んだ。
武器の力と己の霊力が足りていれば、鬼神も斬れるはずだ。
それを知ってか知らずか、奴はまるで某をあざ笑うかのように笑顔だ。
「あの女の運命を決めるのは貴様ではない。わたしだ!」
「だまれぇ!」
腹の底から怒りが沸いてきた。
鬼神に怒りの一太刀を浴びせた。
ガシィ!!!
「そんな・・・・」
某の渾身の一太刀は鬼神の手のひらに止められた。
某は何も変わっていないのか。
あの時から何一つ強くなっていないのか。
ガッ!
反対に鬼神の強烈な蹴りを鳩尾に食らった。吐きそうな痛みと呼吸が出来ない苦しみが襲ってきた。
痛みに耐えながら立ち上がった。
「鞍馬天狗に鍛えられたか・・・よろしい」
ますます興味をそそられる鬼神が袖の中から人の形をした式札を一枚取り出し空中に浮かせた。
するとその式札が大きく形を変え太刀を持った等身大の人間の形になった。
「式神か!」
安倍晴明はどこぞの妖怪を式神と称して使役していた。だが、この鬼神は自らの妖力で魍魎を生み出すことができる。
妖怪でも出来る者は皆無と言われ、鬼神のみが出来る技と言われている。
式神が攻撃を仕掛けてきた。
ザス!
式神の突きを交差するように式神の胸を、神斬で突いた。式神はただの紙切れに戻った。
「すぅ・・・・・」
息を吸って、今は冷静にならなければならない。
先ほどはつい我を忘れてしまった。戦は冷静さを失ったらおしまいだ。
バッ!
札を貼り付けた手裏剣を投げた。手裏剣は鬼神の目の前で発光した。
そのすきに某は鬼神に背を向けて全速で走り出した。
鬼神は追いかけようとしなかった。
「我が主・・・」
「どうした?」
鬼神のもとに子鬼が一匹やって来た。
跪くと今の状況を説明した。
「奴らあちらこちらで女の影武者をたくさんつくりやがって、我らも少々痛手を負っております」
子鬼は我々が思いのほか、苦戦しているのを報告した。
「それで良い」
鬼神はそれに満足するかのような表情をした。
「あの者が私と本気で戦おうというのだ・・・戦うが良い。思う存分!」
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