第8話 巫女
わたしは、ただの漁師の娘のはずだった。
ある日、空を黒い雲が覆い、海が荒れて何日も漁が出来ない日が続いた。
「誰かが海の掟を破って、龍神様が怒っている。はやく掟を破った奴を探し出して人柱にしろ!」
罪人を捜し出そうと、みんながみんなを疑い始めた。わたしは皆の心を静めようと海の前で舞い始めた。
あけの雲わけ うらうらと 豊栄昇る 朝日子を・・・。
舞うと、何かがわたしの中に入ってきた。わたしの髪は桜色になり力を感じた。
「光が・・・」
雲間から光りが指してきた。
「奇跡だ!」
わたしはその時の奇跡で郷の反映と平和のために森の中にある社の巫女になった。
15歳の時だった。
「わたしの夫は神・・・」
同時にわたしは嫁いだ。巫女というのは神の嫁になるということだった。
この村はそれを厳格に守っていた。
恋心が芽生える15歳。
もちろんわたしにも気になる人がいた。
そんな15歳の時にわたしは神の妻になった。
* * *
17歳の時、公卿さまがやって来た。偶然立ち寄ったこの郷で宿を取った。
わたしは公卿さまに舞いを見せることになった。
「おお、何と見事な舞い!」
公卿様はわたしの舞いを褒め称え、翌日出立した。
「その娘を連れて行きたい!」
公卿様が去った数日後、今度は山伏がやって来た。その山伏は数名の県巫女(あがたみこ)達を連れた山伏だった。
山伏は、わたしを県巫女にしたいと言ってきた。郷の人達は反対した。
だが、郷の人達は山伏の迫力に圧倒され、わたしは県巫女にされ、どこぞの山伏と巫女たちと共に郷を後にして日本中を旅することになった。
「よし、一休みしよう」
県巫女になって何年か経つと、わたしの心の中で故郷はもう、どこか遠いものとなっていた。
「あんた、その近くに川があるから汲んでくるんだよ!」
年長で山伏の妻である巫女がわたしにそう言って瓢箪をわたした。
わたしは近くを流れている川に水を汲みにいった。
「・・・・あ」
水を汲みに行って、戻るときだった。
わたしの目の前に社が現れた。
まるで突然現れたかのようなの社でわたしは足を止めた。
「・・・・・・」
どこか心が落ち着くような。
そのせいかわたしは舞い始めた。
「見事な舞いだが、悲しんでおるな」
社の前で舞っていると琵琶を持って、羅陵王の仮面をかぶった男が立っていた。
何か特別な力を感じる。
「もしかして、神さまですか?」
神だと思った。
ついに夫がわたしの目の前に現れたのか?
「正義の味方だ」
「正義の味方?」
「うん、仮面を付けておるので」
言っている意味が分からなかった。怖くはないが優しい人とも思えなかった。
「何故、綺麗な舞いを舞いながら悲しんでおる?正義の味方としてほっとけない!」
「ほっとけないって、何をするのです?」
「う~む・・・我が世界に行って一緒に舞わぬか?」
「神と一緒に舞うのですか?」
「正義の味方と言うのじゃ。正義の味方と一緒に舞うのは嫌か?」
「・・・いえ、是非・・・」
自分を正義の味方と言う変な者の誘いを断れなかった。それほどわたしは自分の人生を憂いていた。
一度も出会っていない、神の嫁になった時からわたしの心は曇ってしまった。
何とかして心を晴らしたかった。
「ならば!」
正義の味方は琵琶を奏でた。
「!?」
急に世界が変わった。
先ほどまでは木々に囲まれた社にいたはずなのに今、わたしは暗い中、舞台の端に立っていた。
「では・・・奏でよう!」
正義の味方がそう言うと、琵琶を弾きながら舞い始めた。
ビィイイイン!
ギュウイイン!
正義の味方が琵琶を奏でると、どこからともなく別の音が聞こえ、正義の味方の琵琶の音と合わさった。
そして天から無数の柱の光が周りを照らした。
「何なのこれ?」
拍子が早すぎる。
その拍子に合わせて歌も早すぎる。
琵琶と共に奏でる音も聞いたことのない美しさとは無縁の音だった。
ただ・・・。
「面白い・・・」
わたしは笑顔になっていた。
一体何なのだろう。
この心躍る気持ちは。
初めて聞く音。
初めて見る舞い。
暗い中を無数の光が交差しながら、それらが最初乱暴に感じていたのが今、全てが調和してるのに気付いた。
このような舞いがあるとは思いもしなかった。
「さぁ、そなたも舞え!」
正義の味方はわたしの手を取ると舞台の真ん中にわたしを連れて行った。
わたしは自分が知っている振り付けを拍子に合わせて舞った。時間が経つのも忘れ、今までの憂いが全て消えるまで舞い続けた。
「笑顔になったではないか・・・」
「ふふ、あなたのおかげです」
わたしはすっかり良い気持ちになっていた。
「これからどうするのじゃ?」
「県巫女としてどうにもなりません・・・」
せっかく良い気持ちになれたのに、その一言でまた沈んでしまった。
「県巫女を辞めれば良い!」
「無理です・・・もう行きます。あまり遅いと怒られますので」
「そうか・・・ん~、またこっそりお主に会うとしよう!」
* * *
そして10日ほど立ったころ、正義の味方がまた現れた。
「それは還城楽の仮面ですね」
「これだけではないぞ。よく見ておれ・・・」
「あ!?」
妖怪が手をかざすと仮面が変わった。そして次に首を振るとまた仮面が変わった。
妖怪は次々と仮面を変えていった。
「凄いです!」
「自分の気分もこのように変えれば良い!今日はどこの世界へ連れて行こうか?」
わたしは、正義の味方に引っ張られるがまま、どこぞの世界へと連れて行かれた。
その間は、心が解き放たれていた。
「ところで、お主の郷で異変はなかったか?」
ある日、正義の味方が妙な事を聞いてきた。
「何年か前、海が荒れておりました。みんなは誰かが掟を破って龍神の怒りを買ったと」
「龍神ではない・・・別の神だ・・・」
「その神は・・・恐ろしいのですか?」
「これを渡そう」
「これは?」
玉串だった。
一見して、ただの玉串に見える。
だが、何かを感じた。
「もし、そいつが現れたら・・・すぐに祈るのじゃ。正義の味方が現れる!」
* * *
「お前がそうか・・・」
あの時、初めて出会った。
県巫女達と共に旅をして出会った。
旅をしていて突然世界が変わった。灼熱の地獄に黒い妖気が飛び散る世界へとわたしたちは引き込まれた。
あの正義の味方と同じ髪の色をして、それは神々しく、だが恐怖に満ちた存在だった。
本当に神なのであろうか?
「ある日、突然郷からお前の存在が消えた。そして日本中、お前を探していた子鬼共らが倒されて、お前を中々見つけられなかったが・・・まさか普通に県巫女の一行に隠れていたとはな」
山伏はあっけなく殺された。そして妻であった巫女、それに付き従っていた他の巫女達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
わたしは逃げられなかった。
あの者の赤い眼がわたしの足を止めた。
「わたしに何の用です?」
「この地を訪れた公卿がお前の事を太政大臣に言った。太政大臣がお前を連れてきて欲しいと私にお願いした・・・ふん、もうすぐ死ぬというのにまだ、力を欲している」
「それを断れば?」
「断れば、殺して欲しいと願っている・・・だが、それを決めるのは私だ・・・」
神がしばし考え込んでいる。
わたしは震えてどうすることもできない。
「・・・10歩ほどか・・・私がここから10歩で貴様までいく。それまでに逃げるか戦うか、選択しろ!」
神がゆっくりと歩き出した。
わたしは戦う術なと知らない。
神が5歩目まで歩いた。
到底逃げられるとは思えない。
神が7歩目まで来た。
8歩目。
わたしは正義の味方からもらった玉串を強く握り、願った。
9歩、10歩。
神が側まで来るとわたしの頭を掴んだ。
バサァァァァァァ!
上空で音がした。見上げると黒い翼を持った正義に味方が上空から神めがけて薙刀を振り下ろした。
ダァン!
神はよけた。正義の味方がわたしの盾となるように神の前に立ちはだかった。
「正義の味方参上!」
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