モスラ

 退院して学校に戻っても山根美恵子はいなかった。停学期間は過ぎてはいたが、不登校なのだろう。

 山根美恵子に刺された後の話をしよう。私が血を流して座していたのを後でやって来た教師が見つけ救急車に乗せられた。傷も回復し喋れるようになった頃、警察に事情聴取を取られ以下のように答えた。

「山根美恵子に告白し切腹しました。」

 私の話を聞いた警察官は唖然としていた。両親すらも同じであった。山根美恵子に刺されたのではないか、と何度も聞かれたがその度に同じ答えを返した。

 やはり、愛や自我に目覚めたからと言っても山根美恵子と対等にやれるわけではなかったのだ。ゴジラVSメガロではロボットのジェットジャガーはゴジラと共闘した。しかし、今回はゴジラと戦うのだ。

 山根美恵子と向かい合うには私では力不足である。それは前回の失敗で学んだ。ならばどうすれば良いのか。ゴジラに拮抗する力を持っている怪獣と言えばモスラである。

 モスラ。それはゴジラと並び称される東映二大怪獣だ。インファント島で崇められている蛾を巨大化したようなこの怪獣は島民のひいては人類の味方である。双子の小美人の歌声に導かれモスラはやってくる。

 つまり、双子の小美人の協力を得られればゴジラに対抗出来るということだ。奇しくもこの学校には有名な双子姉妹がいる。空手部所属の鉄菱姉妹。それは山根美恵子が現れる前まで校内最強と言われていた女傑である。

 私は空手部の道場にいる。それは鉄菱姉妹に協力を願ったからだ。山根美恵子と対峙する力を授けて欲しいのだと。返答はあまり良いものではなかった。

「あの化け物と戦うのは無謀だ。」

「私達も2人であればこの学校の男子が何人来ようが問題ではない。しかし、もし1人で相手をするのならば話は変わってくる。」

「死角から力の強い男子に掴まれれば女の私達では振り払えないだろう。そうなれば終わりだ。勝負にならない。」

 それでも何とかならないか。と頼み込んだ。そして、彼女達と空手の組み手を行う事になったのだ。

 姉の鉄菱萌と向かい合う。鉄菱姉妹と言えば容赦なく急所攻撃をしてくる事で有名であった。目潰し金的喉輪に至るまで近隣の悪童が受けた傷は枚挙の暇がない。

「良いか。お前の防御能力を測りたい。好きに避けろ。1分間立っていられれば策を授けなくもない。」

 鉄菱姉はそう宣言すると構えをとると、すかさず拳が飛んで来た。刻み突き。構えた状態から前足で踏み込み、前拳をまっすぐ相手に向かって突くこの技は空手最速の拳である。速く間合いも長いこの技を回避出来る素人はいないだろう。私も反応すらできなかった。

 追撃が来る。右の胴打ち。それもくらう。内蔵にダメージをもらった鈍く長い痛みと呼吸困難が私を襲う。それでも屈する訳にはいかない。ここからだ。怪獣バトルもまた攻撃をくらった後の行動が重要だ。

 しかし、鉄菱姉の方が速かった。襟を掴まれた。空手家が掴むのか!?と驚き反応が遅れる。襟を引かれバランスを崩し前屈みになった。そこへ肘が襲って来た。

 また、鼻軟骨が潰された。口の中に赤い血が溢れてくる。

 山根美恵子の事を思い出していた。大きく口を開け吠える彼女。コントラバスの重低音のような叫び声。振り上げられた包丁。蹴散らされた男子を踏み砕く勇姿。眼前へと迫る彼女の拳。

 内から熱が込み上げてきた。それに比べて今の状況はどうだ。まだまだ常識の範囲内だろう。口の中を満たしていく血、赤いジュース!これは天啓だ。

 インファント島では核実験が行われていた。原住民は赤い苔を煎じて飲み放射能の被害から逃れたのだ。やはりモスラこそ山根美恵子への対抗手段なのだ。後はこの状況を打破するだけだ。

 私は鉄菱姉の手を掴んだ。力の限り握る。この状況を変える手段は既に鉄菱姉妹が述べていた。

「つかまえた。」

 ダメ押しで私はそう呟いた。これ以上抵抗できる力は残っていない。息を調える間が欲しかった。

 鉄菱姉は私の手を振りほどき距離をとった。まだ時間稼ぎが必要だ。

「1つ確認したい。」

「言ってみな。」

「反撃してもいいんだよな。」

 私は会話の最中に息を調えようと試みた。「もちろん、反撃してもいいよ。その方が面白い。」

 私は攻撃するつもりはない。モスラの姿を脳裏で再生する。毒鱗粉。それはモスラの奥義にして捨て身の技だ。その効果は攻撃の反射。ゴジラの熱線すらも跳ね返す。

 つまり、ゴジラへの対策はこれに尽きるだろう。モスラの力を身につける。決意を新たに鉄菱姉と向かい合う。

 両の手を前に掲げる。前羽の構え。しかし、付け焼き刃だ。前蹴りが来た。手で振り払う。ただ手と足では力が違う。わずかばかりに軌道を逸らすことしかできなかった。

 腹に足をくらった。わずかに下がる。ローが来た。膝で受ける。またローが来た。膝で受ける。拳が来た。両手で受ける。空いた腹に拳が刺さる。両手で鉄菱姉を押して距離をとる。

 また、ローが来たと思った。しかし、途中で軌道が変わった。顔に蹴り足が埋まる。これはブラジリアンキック。わかった時にはもう遅かった。意識が飛んだ。

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