ジェットジャガー

 山根美恵子は停学処分となった。退学ではないだけ寛大な処分であろう。何故、山根美恵子が暴れたのかは誰もわからない。一時はその噂で学校中が盛り上がるもすぐさまその熱は引いていった。今では山根美恵子の名は禁句扱いである。

 だからといっても完全に存在を無視するわけにもいかない。重要書類や連絡事項などの最低限のやり取りはしなければならない。普通は教師がするものだろう。しかし、入学当日の一件の為、担任はもとより教師の誰もが山根美恵子と直接会う事を拒んでいた。

 それはそれで良かったのかもしれない。臭い物には蓋をする。時の流れが解決するあてもあるこの事態に形式だけは整えようと学校側も苦慮した結果だろう。

 しかし、今日は違っていた。担任教師が、

「誰か山根美恵子さんにプリントを届けてくれないか。」

 と、恐る恐る言ったのだ。その発言を機に教室は水を打ったように静まり返った。誰もがあの日の山根美恵子の災害を思い出したことだろう。骨折が16名。打撲等の軽症者に至ってはほぼ全員と言って良かった。かく言う自分は鼻軟骨の骨折で今も鼻の中にガーゼが入っている。八坂等の止めに入った男子達は足や腕にギブスを巻いている始末だ。故に、自分以外に山根美恵子に関わりたいと考える人間はいないだろう。

 私は手を上げた。教室の視線が私に集まる。担任ですら、

「無理しなくていいんだぞ。」

 と、念を押す始末だ。しかし、私は山根美恵子に会いたかった。合法的に住所を知って会いに行ける。それを思うだけで胸が高まっていた。


 放課後、職員室で進路希望書なるものを預かり山根美恵子の住所を聞いた。町外れにある一軒家に一人で暮らしているらしい、という不確かな情報を得てそこへと向かった。

 山根美恵子はゴジラだ。あのとてつもない怪獣と相対するのに自分が相応しいのだろうか、と道中考えていた。やはりゴジラと向き合うのに相応しいのは怪獣である。メカゴジラやメカモゲラ等の巨大ロボットもいるにはいるが、それもまた怪獣を模したものである。少なくとも自衛隊や軍隊を持ち出したい。超科学兵器を運用しなければ人間はゴジラと向かい合う事など出来ないのではないか。例えば、スーパーXやメーサー殺獣光線車などがそれだ。しかし、私の手持ちの武器は山根美恵子への思いだけだ。単身ゴジラと向かい合う。そのために必要なものは何か。


僕たちが今より少し賢くなって、いろいろなことが分からなくなるまでのお話


 ふと、ペロ2の声が頭に響いた。ペロ2とはゴジラシンギュラポイントのマスコットにしてジェットジャガーの人格でもあるキャラクターだ。

 現在の自分にはわからない。しかしこの先この感情のこの行動が意味するものを理解できるのだろうか。


僕たちが今より少し賢くなって、いろいろなことが分からなくなるまでのお話


 まだまだ不見識な自分には山根美恵子の事はわからない。もしくは知れば知るほどわからなくなるのかも知れない。

 それでもなお、山根美恵子と向き合いたい。芹沢博士と自分を重ねてみる。芹沢博士は2人いる。初代ゴジラに登場した芹沢博士はオキシジェンデストロイヤーを使用しゴジラの撃退に成功した。余りにも有名なこの話ではあるが、物語の顛末はゴジラを見なければ知らないだろう。芹沢博士はゴジラと向き合ったとは言えない。戦争の悲劇、そしてヒロインの山根美恵子の痛切なる思いを両天秤にかけて山根美恵子の思いを汲み取ったのだ。ゴジラはこの芹沢博士の物語にとってゴジラは望遠の出来事にすぎない。しかし、ゴジラという特異点無しでは芹沢博士の秘めた思いの表出は起きず、芹沢博士の山根美恵子への思いは人知れず彼の胸の内にしまわれたままだったろう。

 しかし、私の思いはゴジラへと向いている。この道の先にいる山根美恵子はゴジラでもあるのだ。ならば、ゴジラと向き合ったもう一人の芹沢博士を参考にするしかない。ハリウッドのモンスターバースの芹沢博士はゴジラと真摯に向き合っていた。ゴジラとの共存を訴え自らの命と引き換えにゴジラに未来を託した、あの姿勢あの態度にこそ山根美恵子との邂逅の糸口があるだろう。

 山根美恵子の家と思しき建物についた。断言できないのはそこが廃墟にしか見えないからだ。ガラスは割れてドアの留め具はガタがきており閉まりきっていない。壁のあちこちで穴が空いておりとても人が暮らしている様には見えなかった。

 チャイムを押した。ピンポーンと音がなった。回線は生きているのか、と驚きを隠せなかった。

 それから五歩下がる。鬼が出るか蛇が出るのか。ドアが僅かに動く。腰を落として身構えた。カバンを顔の前に持ってきて隙間から様子を伺う。

 ドアが開ききるとパジャマ姿で大上段で包丁を掲げている山根美恵子が立っていた。それを見て思わず腹が立った。

 包丁と言えば大悪獣ギロンである。大悪獣ギロンとはガメラと敵対した怪獣だ。つまり東宝怪獣である。ゴジラ派の私はそれが許せなかったのだ。

 ガメラ如き怪獣に負けた奴に負けるわけにはいかない。東映ファンの廃れだ。

 山根美恵子はあの重低音の叫び声を上げて包丁を振り下ろしてきた。私はカバンで受けて山根美恵子の腕にしがみついた。

 無我夢中で食らいつく。技をかける余裕はない。力の差は歴然としていたが、包丁だけには屈するつもりはなかった。

 山根美恵子の腕に噛みついた。山根美恵子は奇声を上げて包丁を手放し私を振り回した。その結果、前歯が2、3本抜けて放り投げられた。服の上から噛んだのだ。これでもマシな方だろう。だらだらと口の中に充満する血の味とズキズキ痛む感覚を無視する。今は山根美恵子に向き合わなければ殺されると思った。

 私の中にある物で山根美恵子に対抗できる物はあるのだろうか。道中あれこれと考えたが思い浮かばなかった。

 山根美恵子は咆哮を上げながらゆっくりと歩を進めてくる。その振る舞いは正しく王者。ゴジラは慌てない。

 怪獣映画は怪獣プロレスだと言われる事もある。プロレスにおいて格下は回る。格上はどっしりと構えている。この例に漏れずゴジラは格上であり、山根美恵子もまた格上であった。


答えは世界そのものであり、答えは問いの中にあり、気がつくとお話は始まっていて、結末はもう決まってしまって


 ペロ2の声が聞こえた気がした。答えは既に決まっている。結末は既に知っている。ならば実践するのみだ。

「山根美恵子好きだーー!!」

 自分の中の感情に任せて力の限り叫び続けた。

「愛してる!!」

 これだ。これこそゴジラに対抗するための唯一の手段。自我に目覚め愛を知り、そしてゴジラと戦うのだ。

 しかし、私は叫ぶ事に気を取られて山根美恵子の行動を見ていなかった。山根美恵子は落とした包丁を再び手に取り私を刺した。

 私は刺された痛みに耐えかねて膝から崩れ落ちた。そして、山根美恵子は雄叫びを上げて家の中へと返っていく。私は最後の力を振り絞り包丁を掴んで気を失った。

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