第七章3
「呼ばれた……?」
ずっと黙っていた良子が囁くような声で呟いた。目がすわっている。
この前のことが頭過ぎって怖い。ちげーよ。良子が来た時には詩衣奈しか入れてなかったんだよ。時系列だよ、ほら、時系列。
俺が心の中で言い訳している間にも話は続く。
「一人暮らしをしていると言われましたわ」
「……そうなの?」
井ノ瀬さんが目を丸くして俺を見た。俺はこくりと頷く。
「おや、と思いました。訊けば両親は健在、しかも自宅は比較的学校からも近く、一人暮らしをしているというマンションだって自宅とさして変わらない距離にある。一人暮らしをする理由が見当たりません。さらには彼の住んでいるマンション、高校生の一人暮らしにはもったいないくらいのオートロック付きの家賃が高そうな物件ですのよ? 念の為に訊いておきますが、あそこ、賃貸ですわよね?」
これにも頷いた。羽伊奈は、何故か心の底から安心したように溜息を漏らした。前にも思ったが、口調がお嬢様っぽいだけで意外と庶民的なのかもしれない。
「何より双子の姉である詩衣奈さんは、別に一人暮らしをしているわけでもない。スポーツや学業の推薦枠で学費が掛からない、だから望んでいた一人暮らしを親にさせて貰ってる――なんて話も、まあ、聞くこともありますが、彼は部活には所属していません。この学校に入れた事は事実ですから、頭はそこそこ良いのでしょう。けれど、悪魔でそこそこ留まり。わたくしの方が良いくらいです。その成績ですと、学業の推薦枠には届かない」
ちょいちょい自慢挟んでくるのをやめい。みんな反応に困ってるだろ。
「それに、この学校は私立校。学費は公立校よりも明らかに高く付きます。双子の姉弟を同時に私立に通わせ、その上一人はオートロック付きのマンションに一人暮らしをさせる――。余程の金持ちか、他にそうせざるを得なかった理由があるからか……」
羽伊奈が俺を見、次に後ろに立つ詩衣奈を見た。
「前者の可能性もなくもなかったのですが、彼を見ていると、どうにも後者に思えて仕方ありませんでした。これは……、もしかせずとも、彼が望んでやっているわけではない。言ってしまえば、隔離という措置なのかと当たりを付けていったのです」
詩衣奈がぽんぽんと、俺の胸を叩いた。分かってるって。気にしちゃいない。……ってのは嘘になるが……。今更だ。
「調べて、同じ学校である絵里さんにも訊いてみたのですけれど。どうにも口が固くて。それも確信へと至った理由の一つですわね。何かある、と思ったのは。良子さんは見た目が近寄りがたかったというのもありますが、単純にサボりがちなのか見失いがちでした。詩衣奈さんに尋ねても口を割りそうにもないし……、逆に本人に直接訊いてみるのは有りですけれど、それだとどうにもつまらないですし。そのままぽんぽん喋ってしまいそうですから」
まあな。言ってくれれば喋ったのに。
わざわざ探りまわるような真似しなくっても。
「ま、こうした状況証拠とも呼べない状況証拠もありましたし、わたくしが家に招待される頃には、もうこの人があれこれ今日こんなことがあった昨日こんなことがあったなどと聞いてもいないのにぺちゃくちゃ喋ってくれるようになっていたので結局そこから類推したんですわ」
どうですか、とばかりに胸を張る。おっぱいが揺れた。
……いや、あなたが定時報告しろって言ってたような。……まあ、あんな機会わざわざ設けずとも、俺は勝手に喋ってたろうし、結局のところ同じか。
ふう。素直に感心するよ。普通に考えれば俺なんて、ただのどこにでもいそうなお喋りクソ野郎だからな。
阿呆の男子高校生代表の。
「話を戻します。〈思考言語症状〉――先天的な脳の制御パルスに異常を持った子供――それが身体の成長と共に、脳が変化することによって、その異常が顕著になる、と、とあるネット記事には書いてありましたわ。
幼い頃には特に異常が見られなかった子供が、第二次性徴期の身体の急激な成長に合わせて思ったこと、考えたことがそのまま口に出るのを止められなくなってくる、と。もちろん、これだって、まだそれが原因ではないのか――? という、おおよその予想、推察、検討を重ねている段階らしいですが」
そこで羽伊奈は一息ついた。
続けて言う。
「ここまで辿り着いたら、後はもう詩衣奈さん絵里さんへの答え合わせでしたわね。最も、絵里さんはそのことを知らず、当時あったことを教えてくれたのみでしたが。
さて。ここまでが話の前提ですわ」
長い前提だな、おい。
羽伊奈の言葉に、井ノ瀬さんの身体が強張ったのが傍目で見ていて分かった。
良子は――、と見れば目が合う。なんとなく目を逸らす。
「詩衣奈さん。ここからは実際見てきたあなたが話した方がいいでしょうね」
羽伊奈は詩衣奈に話の続きを振った。
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