第六章4

 ★


 やけに暑かったのでブレザーを脱いだ。椅子に引っ掛け、ワイシャツ姿で旧校舎へと赴く。

 がやがやとうるさい昼休みの喧騒の中、教室を出る。階段を挟んで向こう側は四組から十組の教室が並んでいる。

 教室を出てきた良子と目が合ったが、気が付かない振りをして階段へと歩を進めた。その時、羽伊奈が後ろから俺を追い抜いた。

 羽伊奈は俺をちらりと一瞥すると、階段を挟んだ向こう側へと歩いて行く。羽伊奈と仲の良い藤堂さんは同じ四組。お昼はいつも教室で食べているのに。一体どこに行くのだろう。踊り場から羽伊奈を見上げて、不思議に思ったが、すぐに見えなくなってしまう。

 羽伊奈に対する罪悪感は無いでもなかった。

 躑躅ヶ谷さんを思い出す。

 何もしていないつもりなのに、問題が起きてしまった。切っ掛けはしょうのないことだが、切っ掛けになったのは間違いない。

 新しい環境に浮かれていたのか。清く正しい生活を心がけ、学年一の可愛い彼女がいる。順風満帆。これなら大丈夫だと思っていたのに。

 また問題が起きないとも限らない。

 これで、最後にしよう。

 せっかくできた趣味の合う友達。名残惜しいが、何かあってからでは遅い。人と人との関わり。大切にしていきたいのに。が、異性というのがマズい。

 思えば、ここまで結構なことを口走っていた。

 旧校舎に到着した。

 西側まで周る。トイレの隣の隣のそのまた隣。ベランダに出る為の窓。井ノ瀬さんが教えてくれた道。横に開けようとしてもびくともしないが、縦にぐっと持ち上げるようにすると、案外簡単に開くのだ。古くて立て付けが悪いのだろう。

 埃っぽい教室を横切り、二階へと上がった。

 目的の部屋の前まで辿り着く。マスクを外す。

「久し振り」

「!」

 彼女は教室の真ん中に一人ぽつんといた。ぼろっちい椅子に座っていた。その椅子には彼女のブレザーが掛けられている。長い年月を経ているのだろう、彫刻の跡や落書き、当時の傷で表面が少し凸凹になった机には、蓋の開かれていないお弁当と水筒が二つ。片方がはちみつレモン水、片方はお味噌汁。この前会った時は確かそんなだったように思う。机の側面には通学鞄が引っ掛けてある。

 向かいには誰も座っていない椅子が机を挟んで置かれてあった。

 彼女は、俺が入ってきた瞬間、ぴくんと体が反応し、顔を綻ばせた。そうして俯き、

「うん。久し振り」

 と、言う。

 ずっと待っていたのだろう。

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