彗星絵里

 やはり違う。他の男とは違う。他の誰とも違うんだ。

 好きで好きでしょうがなくて。抑えられなくて。ダメとは理解っていても、付いて行くだけなら。言葉を交わすでなくても、せめて、声を聞くくらいならば。

 あの、自分だけの声をもう一度――。


 鬱屈していた想いは、彼に会った途端、狂い咲くように抑えられなくなっていた。

 長い間引きこもりがちだった絵里にとって、彼は世界の全てと言ってもよかった。それは、良い意味でも悪い意味でもそうだった。

 あんなことがあったのに。

 あんなひどいことをされたのに。なのに。

 でも、だからこそ、離れなければ、距離を置かなければお互いに良いことなど何も無いと理解っていながらも、同級生のその話を聞き、親友のその提案を聞き、居ても立っても居られなくなってしまった。ダメだと頭では理解していても、どうにもならなかった。

 こういうのはなんて言うのだろうか。

 ――禁断の果実。

 深く、息を吐いた。情けない。自分で自分が嫌になる。

 結果がこれだ。

 やはりこうなってしまった。やはりそうだ。彼に関わるとろくなことがないのだ。

 でも。

 割れたレンズをすっと撫でる。彼に貼ってもらった絆創膏をじっと見る。彼が力強く手にとってくれた左手首を、絆創膏の付いた右手でぐっと抑える。

 吐息が、思わず漏れる。

 彼の付けた傷、跡が自分の体に付いている。

 彼の証しが――、遠い昔のことのように感じていた体の疼きが、まるであの頃のように蘇っている。

 胸をぎゅっと上から押さえる。

 下腹部に手を伸ばす。

 絆創膏を貼ってもらった右手を、さらにその下へと伸ばす。

 そこには彼の証しが、今正にそこにあるかのようで――。

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