江藤香子

 だから散々言ったのだ。問題を起こしてからでは遅いと。

 受け入れるべきでなかったのだ。

 それを上ときたら――。

 神経を逆撫でするような、目上である香子を挑発するような、目の前の男の口ぶりを見、香子は思う。

 生徒数の多い私立の進学校。高い入学金や学費を払ってでも、そこに子供を預けるのは、信頼感があってのことだ。過去に問題の起こしたことのある学校は翌年からガクッと志願者が減ってしまう。ままあることだ。それを分かっていない上ではあるまいに。

 素行に問題のある者は、入学前から徹底的に弾くべきである。

 自論ではない。常識として。

 だってそうであろう。公立高校ならともかく、ここは私立高校だ。しかも地元でも有名な進学校。見られ方が違う。

 私立教師というのは、公務員ではない。公立教師と違って会社員なのだ。

 志願者が減り、金が集まらなくなれば、香子の給料だって下げようと思えば簡単に下げられるであろう。生徒数が減れば、自然クラスも減る。減ればそこにそこまでの教師は必要ない。ならばクビを切ればいい。無論、簡単ではないであろうが、やろうと思えばできる。どうとでもなる存在。それが私立教師だ。

 例はある。

 調べればその手の話はいくらでも出てくる。

 それを、自分が務めている、席を置いている場所に置き換えてしまうことは何も不思議じゃないだろう。そう、不思議ではない――そのはずだ。何かあってからでは遅いのだ。

 心配し過ぎているか? そんなことはないはずだ。現に、心に引っかかっていた生徒が予想通りというべきか、予想より早くというべきか、問題を起こしたのだから。

 暴力。

 およそ看過できない事態である。

 当然、事情は知っている。だが、その事情に対して、香子は最初から懐疑的だった。

 そんなことがあるだろうか?

 己の至らなさや未熟さを、そうと偽っているだけではないのか?

 いや、そういう問題もあるだろう。そうやって自分を一旦納得させたとしても、だ。

 しかし――だからと言って、暴力や口論を度々起こしてしまうのならば、それはそいつの人となり、人格そのものに問題があるのではないのか?

 聞いた時、そうとしか思えなかった。

 はじめから、そんなものは存在しないのだ。

 目の前の男、こいつ自身が問題だ。

 腫瘍――癌は早めに摘出すべきである。何かあってからでは遅い。気付いた時には進行している。そういうものだろうから。

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