第三章4

 ★


「そうですね。お互い喧嘩して手が出ちゃったくらいで」

「はい。私も二人が喧嘩しだしたのを止めようと……咄嗟だったのもあって」

 彗星絵里(すいせいえり)――俺の元彼女――は、片側レンズにヒビが入った眼鏡を気にするように、しきりにつるを撫でた。

 内巻きの茶髪に申し訳程度のメイク、入学してまだ間もないこの時期なのにも関わらず、プリントが入った少し派手めな灰色パーカーを制服の上から着用している。生徒指導室、こんな状況だということもあって身を縮こませていると思われそうだが、いつものことだ。見慣れていた。普段からこうである。

 性格は地味、その癖ビビリ。親友の田中良子に合わせて、外見を派手にしているだけ。見た目から頭は良いと思われそうだが、勉強効率が悪いのか、成績は中の下。小野不由美、高田大介など、国内ファンタジー小説愛好家。

「あたしもそうでーす」

 田中良子。絵里の幼馴染。絵里と同じく内巻きの、こいつは金髪ショート。派手めのメイクに、白の派手めなプリントパーカーを制服の上から着用している。生徒指導室、こんな状況なのにも関わらず、絵里と違って態度は偉そうだった。しかし見慣れている。良子はいつも偉そうだった。

 気に入らないことがあれば手が出る足が出るは当たり前。加減はするが、それは周囲の目を気にしているわけじゃ決してない。やりすぎないようにという理由からだ。

 外見通り成績はいつも低空飛行。絵里と同じく決してこの進学校である私立高校に入学できるような成績じゃなかったはず。見た目に似合わずサブカルと属されるような漫画が大好物。昔はよく貸してもらった。本人は隠したがっていたご様子だったが、俺が言い触らしたせいでそれもどうやら諦めたらしい。

 今は三人とも、一階玄関前から移動し、生徒指導室にいた。

 この目の前に座っている、三十半ばぐらいのお綺麗なおばさんが、俺たちが喧嘩しているところを目撃していたのか、ずんずん歩いてきたのだ。

 連行されている間、俺が思ったのは、冷静に考えればここ職員室の真横じゃねーかということ。それそのまんま良子に言ってやったら「そういえばそうだったね。まずかった」としれっと言い返してきやがった。アホか。考えてから連れ出せ。いや、そもそも連れ出すなって話なんだが。

 絵里には生徒指導室に行く前に手を洗ってもらい、保健室で消毒を済ませ、絆創膏を貼ってもらった。しかしもちろん眼鏡はすぐには直らない。代わりとなる眼鏡も無いため、今日一日はこれで過ごしてもらうことになる。

 が。

 家に代わりも無いようで、学校終了後、即、眼鏡屋に向かうとのこと。しかし、行ったところで一日で新しい眼鏡ができるものだろうか。一日どころか、学校終了後だと良くて十六時頃到着。じきに店も閉まるだろう。

 最悪、明日もこの片方レンズが割れた眼鏡で過ごしてもらうことになる。ううむ。

「大丈夫かな……」と、割れた眼鏡を見て呟いた絵里の呟きを聞き、俺と良子は生徒指導室に向かう道すがらまた喧嘩をし始めたのだった。

 そんな俺たちを生徒指導教員――江藤香子(えとうこうこ)先生は黙って見つめていた。


「さて、お話を聞かせてもらいましょうか」

 会議室をそのまま流用しているのだろう。だだっ広い空間のど真ん中に、向かい合わせの長テーブルとパイプ椅子が四つ並ぶ殺風景な部屋。向かい側には江藤先生。対する俺たちは、俺真ん中、両端に絵里と良子といった構図。

「碇ゲンドウみたいなポースっすね。おばさん。知ってます? エヴァ? ちょうどテレビアニメ版、世代だったりしませんか?」


 俺のいらん一言を皮切りに、地獄のような時間が始まった。

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