杜若羽伊奈

 不思議な男だ。

 目の前でやたらと喋り散らかすこの男。

 大人びた容姿と、類稀なるスタイルで、年齢以上に見られることの多い羽伊奈は、ズカズカと近づいてきた自分と同年代の男子に、そのへんにいる男子より口先が少し上手いだけの男だろうと当たりを付けていた――はじめこそは。

 言い寄られることには慣れていた。年齢問わず。

 こいつも変わらない。外面は違っても、中身は下卑た妄想で埋まっている。こんなのと時間を過ごすくらいなら、同年代の綺麗どころの女子と遊んでいた方がよっぽどマシだ。

 容姿は嫌いじゃない。

 自覚しているが、羽伊奈もやはり同年代の女子と変わらず、イケメンは好きだった。流行りの優男や塩顔風男子よりは、十年二十年くらい前に流行っていそうな、少女漫画に出てくるような王子様風のイケメンが好みだった。

 そこはまあ、合格点をやってもいい。

 身長もまあまあ。ありの範疇だ。

 隣にいて気が付かなかったのは、高校入学という環境の変化の只中でそこに注意を払っていなかったせい――というのもあるが、男が終始マスクを付けていたせいだ。少し大きめのマスク。それで顔半分を覆っていた。細かなところまで分かりようはずもないだろう。

 猫背なのも手伝って、陰気に拍車を掛けていた。髪型だけはキメているようだと思ったのを覚えている。

 つまり、どこにでもいる陰気で内気で、見た目だけは多少気にしている同年代の男子。印象にまるで残らなかったのだ。

 しかし、

 口を開いてみればこの変わりよう。

 口先の上手い奴、口説こうとしてくる奴は鼻で分かる。空気で察する。そいつの醸し出す雰囲気で何もかもが分かる。

 たぶん、女ならば誰でも備えている機能みたいなものなのだろう、と羽伊奈は思っている。経験上、それには長けているつもりだった。目の前のこの男もそうなのだろうと。

 だが――。

 そんな羽伊奈だからこそ分かる。こいつは何か違う。

 必死さと言うのだろうか。

 いや、口説こうとしているのは分かる。というか、自分から言ってしまっている。間抜けだと思う。しかし、そこには媚びがない。褒めそやすだけではなく、ほぼ初対面の癖にずけずけこちらの悪口も言ってくる。いちいち癇に障るが、嫌ではない。不快ではない。心底から罵倒されるならばむしろ望むところだ。乗っかってこちらが抗戦に転ずると、すぐにびびって降参し出すのは物足りがないが。本気でびびっているようだから、可愛げがある。

 相手を楽しませようという以上に、自分が楽しんでしまっている――。

 そんなところだろうか。ようは子供っぽいのだろう。

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