第一章
……ん? ああ?
俺がどうして巨乳の彼女がいるのに、その彼女におっぱいを触らせてもらうでもなく、わざわざバイトして、VRなんていう物に手を出そうとしている挙げ句、彼女である杜若羽伊奈にそれを聞いてもらっていたのかと言えば、これには深い事情があるんだよ。
え? そんなことより、何故羽伊奈が俺の彼女になったかの方が先?
む。確かにそうだな。まずはそこからか。
そうだなー。って、回想するまでも無いんだが――あれは先週のこと。そう。けっこう近いんだよ。つまり、俺がこの私立高校に入学してすぐのことだったな。
春、うららかな日差しの中、入学を終えた俺に待っているのは、昨日までと特に変わらない日常。そう。このまま何をするでもなく、ただ毎日を無作為に過ごしていけば、待っているのは中学までと大して変わらない日々の連続だ。ね? だけど、高校からの俺は違うんだ。そう。無作為じゃ駄目だったんだ。自ら選択して、その中で人間関係を勝ち取っていかないとって。こっちから美人とお近づきになるんだよ。止めてくれるな。分かってるって。お前が俺のことを愛してくれているのはさ。あ、はい。調子に乗りました。すいません。
まあ、いいや。閑話休題、じゃねえな。この路線で合ってる。
で。
このまま過ごしていけば目に見えてるわな。俺は高校に上がってしばらくは男連中とつるんでそんで馬鹿みたいなことやって、俺が馬鹿やってる間にそいつらはそいつらで裏でちゃっかり彼女作って、そんでもって見せびらかしてくるんだよ。写真やら彼女との会話やら。嫌なのがシモの話題な。そっちの事情つーか情事。うるせーよ。そういうこと俺の前で一言でも触れるんじゃねーよ。話をそっち方向に持っていくな。せっかく友達同士で遊んでるんだから何も考えずに馬鹿やってたいんだよ、俺は。っていうね……。あの苦痛な時間……はあ。中学で何度あったことか。
へえ? 女子同士でもそんな会話すんの? なんて? お兄ちゃんに聞かせてみんしゃい? あ、はい。調子に乗りました。すいません。
いかんな。話がズレまくる。
なんだっけ。ああ。
俺がこの学校入る前から密かに考えていたのは、まず学年一の美少女と付き合おうってことだ。まあとりあえず学年一だ。そうだよな。馬鹿の一つ覚えみたいに学年一学年一って。男子高校生の考えることなんてたかが知れてる。
しかし、学年一って言っても色々いるわな。人の好みは千差万別だ。
同じクラスの藤堂不妃(ふき)、三組の井ノ瀬未無生(みなお)、五組の躑躅ヶ谷(つつじがたに)うらら、後は良子(りょうこ)とかも。一応な。それと七組の白石、九組の宇堂、十組の羅々恋鈴(らられんりん)。他に誰かいたっけ? 絵里? うるせ。ああ忘れてた。友利ね。二組の。影薄いからさ。まあとにかくみんな美少女だよな。挙げた以外にもまだまだ。甲乙付けるもんでもないが、甲乙付け難い。レベル高いよなあ、この学校。
知ってる? 絵里は入ってないみたいだけど、羽伊奈とお前合わせて男子の中だと二十傑なんて呼ばれてるって。……その当然って顔。べつにいいけどね。
まあ多すぎだわな。二十て。傑じゃ収まり悪いし、もっと他に呼び方無かったんかね? ん? 噂よ噂。与太話。小耳に挟んだだけ。俺みたいなこと考えてる馬鹿は意外と多いって話よ。
可愛い系に綺麗系。清楚っぽいのからちょいヤンキー入ってそうな子。
俺は悩み悩んだ末、一番気難しそうなあいつ――同じクラスの杜若羽伊奈にアタックを掛けてみることにした。
思考回路としてはこうだ。
他の奴らは程度の差こそあれ、男子の扱いに慣れていると思ったんだよ。話し掛けられても適当にあしらう、愛想よく接する、むしろ女の方から積極的に話し掛ける。
逆に話し掛けられても基本無視、相手にもしない、近寄っただけで逃げる、なんて子もいたっけ。
これは実際、俺が見て来て得た情報だ。引くな。自分でも分かってる。
だけど羽伊奈は違った。違ったんだ。
あいつはあの通り、適当な話題で話し掛けると突っ掛かってくるんだよ。最近は多少落ちついているが。
今でも時折見るだろう? 羽伊奈がよく口喧嘩している姿。
「そんなことでいちいちわたくしに話しかけないで下さる?」
「聞こえませんでしたか? もしかして耳が機能していないのでしょうか。骨伝導の方が伝わりやすいということでしたら、蹴っ飛ばして差し上げてもよろしいですわよ」
男相手だと万事この調子。
すげーよな。マジで。これ、マジで隣で言ってたんだぜ?
女同士だと普通だろ? 棘はあるけど友達に困ってるタイプじゃないよな。藤堂なんかと話しているところはよく見るじゃん。他にも……えっと――七組の白石、十組の羅々、ああ、絵里なんかとも話してるの見たことあるな――まあ~機嫌良さそうでさ。
揃いも揃って顔は良い奴ばっかじゃん? ぶっちゃけそっちの気があるんじゃないかと多少疑ってはいるんだが……。
冗談。
で。作戦としてはこうだった。
始めから望み薄な子は相手にしない。
愛想の良い子――藤堂、白石、羅々――辺りなんかは却ってライバルが多そうで、それだけ比較対象も増える。向こうからすれば言い寄って来る男なんかは選び放題だ。
井ノ瀬、躑躅ヶ谷は無視か逃げるかどっちかだろ? そもそも男苦手だったとしたら相手に迷惑が掛かる。それは悪いし。
良子と宇堂は無い。不良は俺無理なの。ていうか良子とか対象外。友利は頭に無かった。
そこで羽伊奈だ。大して変わんねーだろって? いやいや、羽伊奈は相手にしてくれるじゃん。今までの応対でもなんとなく分かるだろ? あいつは人の話、一旦は聞くんだよ。それが自分の身にならねーことだと分かった瞬間、冷たくなるだけで。
入学してからの二週間、何となく羽伊奈を見ていて気づいたんだ。頬杖付きながら冷めた目をして話しかけてきた男子をじろじろ見るあの偉そうな姿。その目がどんどんジト目に変わっていく姿。撃沈する男の数だって星の数ほどとまでは言わないが、二十に届くくらいの数は見てきたね。
つまり羽伊奈は、少なくとも、最初は、相手に興味を持っているんだよ。
言い過ぎか? だったら言い直そう。
一度は相手にしてくれるんだ。
あいつのお眼鏡に叶えば俺にだってチャンスがあるってことに気づいたんだ。……いや、まあ、今思えばポジティブに捉えすぎだろと自分でも思ってるんだけど、それに気づいた時はテンション上がってたんだよ。冷静になれなかったんだ。
うーん、ごめん。そう。なんだか興奮してたかも。うん。普通にこれ外しちゃった。まあ、いいじゃん。結果オーライってやつで。そんな怒んないでよ。
で。話し掛けてみた。勇気を出して。
休み時間。席はちょうど隣。数学の授業を終え、とんとんと教科書類を整え、机にそれらを全部仕舞うのを見届けてから、俺はマスクを外して言ったんだ。
「やあ、杜若さん。今日は良い天気だね。良かったら今日の放課後、一緒にそこの駄菓子屋で買い食いでもどうだい? お代? もちろん僕の奢りさ」
「……は?」
あの冷めた目。ぞくぞくしたね。
いや、待ってくれ。待ってくれ分かってる。
いくら何でもこのトークの始め方はねーだろって思うだろ? 俺も思ってたんだよ。でも違うんだよ、聞いてくれ。
インパクトだよ。インパクト。インパクトを与えなくちゃいけない。
だってよ。考えてもみろよ。あいつくらいの美少女になってくると、さっきも言ったがそれこそ選び放題だろ? けれど羽伊奈の反応を見る感じ、評価基準は顔じゃない。相手の話の内容にこそある。現にこの入学してからの僅かな期間の間でも、あいつに話し掛け、撃沈してったイケメン君はいたんだ。けっこうなイケメンだったぜ。サッカー部のあの茶髪の。知ってる?
あいつらは羽伊奈の興味を引く話題を提供出来ていなかったんだなって。
な?
それにな? あんまりありふれたご挨拶しても、昨今の女の子は慣れきってるからってんで、いっそ唐突過ぎる一言とか、他の男とはちょっと違うぞ! と、思わせるような始まりを心がけた方が良いって俺の最新トーク資料によると――……え? そんな胡散臭い恋愛指南本当てにしてんじゃねーって? 違いますー! 恋愛指南本じゃないですー! きちんと海外の大学が調査した結果なんですー! 五千人に調査依頼してるんですー! 大規模調査ですー! 他にもこういう調査はたくさんあるんですー! ツベの解説動画で見ましたー!
……ふう。ま、世界は広いよな。男ってアホだよ。全く。こんなこと熱心に調べてる馬鹿がいるんだぜ。大学でやってるってことは金も出てるんだよな。大学も大学だよ。
それ見る俺も俺だけどさ。
ああいうのって恋愛指南本とどっちが当てに出来るんだろうな。
反応?
「……駄菓子屋なんてありましたっけ? というかあなた誰でしたっけ?」
会話成立! キタコレ! 古いか!? いやいや隣に二週間も座りながら名前も覚えられてないとかそんなことより羽伊奈の興味を引けた! 質問し返して来てくれた! ってことの方が重要だね! そこにまず感動を覚えるべきだろ! 名前とかマジどーでもいいね。
それから?
一緒に帰ったの。マジで。帰ってくれたの。そんで裏――っつっても、ちょい先だけど――駄菓子屋まで一緒に付いてきてくれたんだよね。知ってる? そう。わざわざあんなところまで。
会話っつっても俺が一方的に話してただけだけどさ。
決め手? 訊いちゃう? それ訊いちゃう? 良いから話せ? 照れるなー。じゃあ言うよ? あのね?
財布無かったの。
待って。
待って置いて行かないで。聞いて。
奢るって言ったんだけど、鞄見てもポケット探っても財布見つからなかったの。
会計の時に気づいたんだ。やっちまったー……と思ったね。
それで何がどうして付き合ったかって。こっちが知りたいくらいなんだけど……。いや、まあだからさ……。
正直言うと俺、何言ったかさっぱり覚えてないんだよねー……告白もそうだし好きだとも言った……と思うが、実際覚えてなくって……なんか色々話した気もするんだけど、なにせ俺財布忘れて逆に奢られちゃって終始パニックになってたからさー。いらんことまで色々喋った気がするし。なあに心配すんな心配すんな。分かってる分かってる。
財布はちゃんと家に置いてあったしな。なんと玄関。そこじゃねーってか。
結局のところの決め手?
俺のドジっ子っぷりに癒やされたとかじゃねーの? 違う?
あっ。でも返事は覚えてるわ。交際を許可してくれたあいつの一言ね。
「あなたの在り方には好感が持てます。いいですわ。付き合って差しあげましょう」
だったな。
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