序章2

 ★


「いいわきゃないでしょ」

 俺のその言葉に対して羽伊奈は間髪入れずに返して、さらに付け加えるようにして言った。

「というより、それ、普通、そのままわたくしに話します? 頭おかしいんじゃないですの? ふっ。何故わたくし、こんなのと付き合うだなんて言ったのかしら」


 羽伊奈――俺の彼女は、今日も変わらずそのご自慢のおっぱいを机に乗っけて頬杖をつきながら呆れた目を俺に向けた。


 俺は気障ったらしく笑ってみせる。

「自分の胸に聞いてみな」

「やかましい」

 俺の渾身のギャグに羽伊奈は深々と溜息を吐く。動作一つ一つにおっぱいが揺れる。

「はあ……長々と阿呆みたいな話を本当にありがとうございました。とても有意義な時間でしたわ。わたくし、これまで生きてきて、数々の好気の視線や、揶揄を含んだ言葉をこの胸に受けてきましたけれど、ここまで露骨にこの胸に対する好気と揶揄と情熱と性欲を向けた言葉を延々と、且つ一方的に話されたことは初めてですわ。それで? あなた、結局何が言いたいの?」

 ようやく俺の方に体を向けてくれた羽伊奈に、心なし胸を張って答えてみせる。

「俺のその胸に掛ける情熱を聞いてくれれば少しは考えを変えてくれるかと」

「変わりませんわ。わたくし、一度決めたことは決して曲げませんの。わたくしの意思があずきバー並みに固いことを身を持って知るがいいですわ」

「……あっそ。たまに食うと歯が折れそうになるよな、あずきバー。……意外と庶民的な生活してんのな」

 さてと。

 改めて杜若羽伊奈を上から下まで見る。

 前髪パッツンお姫様カットのストレート。意思の強そうな整った眉に、これまた意思の強そうな眼光鋭い瞳、頬のラインは意外とぷるんとしており唇は薄い。

 おっぱい。

 リボンだけが赤い上下黒のセーラー服。背筋はいつでもピンと伸ばし、脚は斜めに傾けて、手を腿にそっと添えている。羽伊奈の定姿勢。お嬢様感丸出し。だけど、言動の端々からお嬢様っぽいだけの普通の子感が伝わってくる。

 背はこの歳の女子の平均身長と同じく、一六〇有るか無いか。

「はあ~。このドール人形みたいなのが俺の彼女なんてな~。ドール人形だったらおっぱい触れるのに。固いけど。こいつは柔らかいのかな~。ブラ越しだと固いとか、成長期は張ってるから意外と固いとか言うよな~。羽伊奈はどうなんだろうな~」

「なんでも正直なのは結構ですけれど? わたくし、結婚するまでその手のことは決してしないと心に固く誓ってますの。あなたみたいな方がそれにどれだけ耐えられるか見物ですわね」

 人を小馬鹿にしたような表情で言う。

「それ、俺と結婚まで考えてくれてるってこと?」

「どうかしら」

「……今日一緒に帰っていい?」

「……帰るだけですわ」

「やったー! 神様ありがとうございます!」

 唇をむにゅむにゅさせた杜若の何とも言えない表情を、連写して脳内フォルダに収めつつ、俺は満面の笑みで右手を差し出した。

「……これは?」

「握手を、と思って。ほら、直接肌が繋がっている手のひらに触れればさ。間接的には、おっぱいに触れたことになるっていう話、知らない?」

 羽伊奈はふっと鼻で嗤って、俺の手をぱしんと払うと、仲の良い女子の輪の中へと入って行った。

「ハーイターッチ改めパイターッチってか! ってやかましいわ! ……はあ、一人でなに言ってんだろ、俺」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る