ご利用は七泊八日でよろしいですか?

チバ

第1話

 令和の現在、家でドラマや映画を見るとなると配信という選択肢が選ばれるようになった。画面上で検索すれば大体の作品がすぐに見つかる。サブスクリプション方式、いわゆる月額で配信されているものが提供されているサービス内のものが見放題。ひとつが大体千円前後なので、例え契約しているサービスの中に目当ての作品がなくとも、新たに他社と契約したとしてもそれほど大きな出費には感じない。現金を支払わないキャッシュレス決済で済むこともサービスを利用しやすい一因だろう。

 そんなわけで今や主流となった動画配信サービスだが、ほんの少し前まで映画を見ようと思ったらレンタルビデオ店へ足を運ぶというのが当たり前だった。週末になると家族、友人、カップルで行ったという記憶がある人も多いだろう。一人でふらりと立ち寄り休日の供にした人も。

 目当ての作品を陳列棚のジャングルから探し出し、手に取る。もしくは残念ながら貸し出し中でがっくりと肩を落とし、代わりを探していたらふとパッケージに惹かれ知らない作品と出会う。あの感覚は、配信では味わえない。

 昔は良かったとぼやくような出だしになってしまったが、これから私がとあるレンタルビデル店で十年間勤めていたときの、その中で特に印象に残っている出来事をいくつか記していこうと思う。要するに、昔は良かったこんな事があったとう話なのだけれども。

 私がその店に勤め始めたのは専門学校を卒業し就職先が見つからず、たまたま自宅から徒歩十分ほどで通えたからという理由だった。熱心な映画、ドラマ好きというわけでもなく、しいて言えばロックバンドのライブに通う事が趣味なのでその知識がなにかしら活かせればというくらいだった。

 その店舗はレンタル業務のほかに、書籍とゲーム、CD、DVDの販売も行っていた。いわゆる複合型というタイプで、一階が販売フロア、二階がレンタルフロアでレジも別々。求人募集はレンタルの日中の時間帯だったので、レンタル業務の担当になった。

 その頃はもうDVDがメインだったのだが、VHSも僅かに棚に混ざっていた。有名な洋画タイトルは両方並べてあったり、古い日本のドラマでDVD化されていないタイトルだが人気があるというものをそのまま陳列していたり。キッズ向けのアニメなどはVHSのみ二本でDVD一枚の値段で貸し出しもしていて、小さな子どもをもつ親御さんから好評だった事を記憶している。ただ何十回、人気な作品なら百回超えの再生をしてきたVHSはどんどんと劣化し、やがて再生不可能となる。仕事が出来なくなったVHSは廃棄処分となり、私が入って数年で棚からすべてのVHSが姿を消した。時代の転換期だった。

 また、その時期はちょうどいわゆる韓流ブームの始まりでもあった。微笑みの貴公子ヨン様が主演を務めた冬のソナタをはじめとした韓国発ドラマが人気で、返却されればすぐに貸出になるほど。返却予定日の問い合わせに追われる事が多かった。そのうち落ち着くだろうとスタッフ一同思っていたのだが、それは甘い考えであった。K-POPのブームがきたのだ。東方神起、KARA、少女時代など次々に人気となり、これまた問い合わせが多かった。

 レンタルの商品というのは販売されていれば仕入れられるというものではない。

権利処理が必要で、手続きはもちろん使用料も発生する。レコード会社に所属していないアーティスト、いわゆるインディーズという人たちは先述の手続きなどが難しいらしく、仕入れる事がほとんどできない。海外で発売されたCDも同様だ。

私は店舗の一従業員という現場の末端であった為、こういった細かい事は当時はよく分からなかったのだが、いくら人気のアーティストであってもそのような理由や、アーティストの意向でレンタルの方に入らない商品もある。だがお客さんはそんな事情など知る由もない。

「韓国で出てる元のアルバムが借りたいから仕入れてくれ」

「こんなに人気なのに扱いないとかあり得ない」

 などなどの苦情をかなり多く受けた。正直に言うと、そんなに聞きたいなら購入してくれと思う事もあった。

 この流れでやってきたのが日本でもドラマ化されアイドルが主演で人気となったあの「美男ですね」だ。あのドラマの人気は凄かった。とにかく主演のチャン・グンソクの美貌とスタイルが中高年のお姉さま方、いや、イケメンに敏感な若い女の子のハートをもがっちりと掴んでしまい、レンタルの方ではとにかく常にレンタル中。レンタルではまった人が販売の方で注文していくほどだった。職場のお姉さま方も軒並み沼に足を突っ込み、毎日グンちゃんグンちゃんとうわごとのように言っていた。

 グンちゃんを筆頭に、韓国ドラマブームは凄まじかった。

新しいドラマが入荷されると開店前から外に並び、自動ドアの電源を入れて開いた途端、韓国ドラマの棚に向かって一斉に走っていく。福男選びの映像を見ているかのようだった。売り場で奪い合い、どちらが先にパッケージを取ったかで口論になる。平和にじゃんけんでもしていただければ良いのだが、運になど任せていたら求めている推し俳優のドラマは見られない。結果的にスタッフが間に入り、売り場に着いた順で直接商品を渡してトラブルを防止していく対策を取った。

 韓国ドラマは多くの作品が三十巻近く出ることが多く、レンタル開始日を小分けにして数ヵ月で完結する事が多かった。一回につき八巻ほどが入荷され、最大泊数の七泊──分かりやすく一週間──で貸出されていく。しかし大体のお客さんは返却日の数日前には返却しにくる。続きの入荷は数週間後になるため、そうしたお客さんは他の作品をコーナーで吟味しまた八枚ほど借りていく。そしてまた数日で返却し、続きを借りていく。そんなサイクルのお客さんが多かった。二百分近いDVD八枚を数日で見られる生活を若干羨ましく思った。

なぜこんなに沼にはまってしまうのだろう。

出演俳優の容姿は勿論なのだが、ストーリーの良さも大きな人気の理由だったようだ。私は食わず嫌いでブームに乗らずひとつも作品を見ていないのだが、沼にはまっていた人達からは揃って日本のドラマには無い純粋さがあると言っていたのだ。否定するわけではないのだが、パッケージをちらりと見るとダブル不倫などという純粋と対義語になりそうなワードが不穏な色で、そして大きな文字で登場人物の周りを踊っており、よく分からないというのが当時の印象だった。

 そんな純粋な韓国ドラマを見尽くしたお客さん達が次に手を伸ばしたのは、韓国の歴史ドラマだ。現代ドラマをあらかた見尽くしてしまったというのと、某公共放送で歴史ドラマの放送をしていた影響があった。

 なかでも群を抜いて人気だったのが朱蒙だ。韓国現代ドラマに何故か強い拒否反応を示していた高齢男性のお客さんを虜にした恐るべき作品だ。これに関しては入荷日に待つ人が先述したドラマの比ではなかった。入荷日に開店前に電源が入っていない自動ドアを無理やり開けて入ってきては、今日入ってきたやつを貸してくれと言ってくる強者がいるほどで、在庫確認の電話もひっきりなしにかかってきた。常務に支障が出るレベルだ。ちなみにこれは嵐のシングルの情報解禁日と同じくらいの忙しさであった。

結局朱蒙の入荷日には整理券を作成して、朝から並んでいる人に配布をしてトラブルを防いだ。レンタルの商品に整理券をつくったのは、レンタル担当人生の中では後にも先にも朱蒙だけだ。

もうひとつ、韓国ドラマに関する事で強く覚えていることがある。

店の近くに住む後期高齢者のおばあさんがよく韓国ドラマを借りに来ていた。小さな居酒屋を一人で営んでおり、元気でいつも笑顔という印象の人だった。

うちの店は入荷して一年が経った映像商品は旧作というカテゴリーに入り、七泊でも三百円程度、二泊三日なら百円という値段で設定していた。そのため連続ドラマの旧作はレンタルされやすく、ブームになってからは韓国ドラマの旧作もかなり手に取られるようになった。先述したようにこのジャンルのお客さんは一度に多い枚数をレンタルして数日で返却しにくる人が多い為、この二泊三日でDVD一枚百円はかなり好評だった。

このおばあさんもこの泊数で旧作の韓国ドラマを一度でかなりの枚数をレンタルしていた。

「店のお客さんに勧められて見始めたのにねえ。今じゃ仕事中でもずっと見ちゃうのよ。だからすぐ見終わっちゃう」

などと笑いながら袋をレジに持ってくる様子はなかなかと中毒だと内心思った。しかし人生の楽しみになっているのなら、店員としても嬉しい。来店時には必ず雑談をするほど距離が縮んでいった。

 ある日、開店して一時間ほど経った後そのおばあさんがいつもの調子で店に入ってきた。レジに立っていた私に袋を渡してきたのでそのまま受け取り、ディスクが合っているか中身が入っているか等を確認し、DVDのケースについているバーコードを読み込む。画面をみて、私は驚いた。

「すみません。返却日が昨日までなので追加料金が発生しています」

 おばあさんが返却日を過ぎる事は私の知っている限り今まで一度もなかったため(常習の人もいるのだけど)、さぞかし驚いているだろうと思いカウンター越しにおばあさんの顔を見ると、特に驚いた様子はなくいつもの笑顔を浮かべていた。そのあとの言葉を聞き、私は更に驚いた。

「そうそう、ちょっと忙しくてさあ。いつも来てるんだから無しにしてちょうだいよ。あなたなら出来るでしょ?」

「いえ、申し訳ないのですがおひとりだけを特別扱いする事はできません。お支払いをお願いします」

 そう言って頭を下げる私を見て、おばあさんは顔をぐしゃぐしゃにして怒り出した。それでも私は折れなかった。

 追加料金というのは延滞金とも言われるが、返却日を過ぎると払わなければいけない決まりだ。これはレンタルの会員になるために行う入会手続きの際に必ず説明をして承諾してもらっている。また、レジカウンターの後ろの壁やカウンターの机にも料金表に加えて金額を記載してお客さんの目に入るようにしている。もちろん急病などやむを得ない事情がある場合は店長やその時間帯にいる責任者の許可を取ったうえで免除する場合はある。しかしこのおばあさんはそれには該当しない事は彼女の発言から明らかだ。

 結局おばあさんは追加料金を約三千円支払い、「こんな店もう来ないわよ!」と会員証を私に投げつけ、捨て台詞を吐いて帰っていった。昨日までは視聴中のドラマの話や出演俳優の話でうちのスタッフと盛り上がっていたのに、嘘のような展開で私を含めその場にいたスタッフは暫し茫然としてしまった。

 偶然にも私の家の近くにそのおばあさんは住んでおり、その後何度かすれ違う事もあったのだがその度に睨まれ嫌な思いをした。人は一瞬にして変わってしまう事を学んだ。私の対応は間違っていなかったと今でも思う。

 このおばあさんの知り合いのお客さんから後から聞いたのだが、彼女は「高い料金を払ったお陰で洗脳から覚めたような気分だ。はまりすぎていた」と言っていたらしい。

 うちの店は書籍、CD、DVD、ゲームの販売、レンタルという複合型といわれる形だ。販売、レンタルとレジを分けてそれぞれ担当のスタッフが配置されている。店長、担当の社員が一人ずつと、それぞれの担当のパートやバイトのスタッフがシフト入って店を守っている。店舗のオープンから十年以上ずっとこの形で経営されてきた。

 絶対と思われていたその形がある日突然崩れた。社員を一人のみにするという会社の決定が発表されたのだ。今までは社員が近隣の支店へ異動はあっても人数が減る事はなかった。社員の担当も基本的には変わる事なく、書籍の担当はずっと書籍をみて経験と知識を積んでいき店をより良くしていくのが務めだった。店長職の者のみが全ジャンルの知識をもっており、担当が不在でもカバーできる仕組みになっていた。それが、各店舗につき社員を一人のみにし、パートとバイトのみで店の大部分を動かしていくというとんでもない経営方針になってしまったのだ。

 となると、社員は必然的にリストラされ、残った者は全ジャンルがカバーできるようにスキルを身につけなければならない。そして社員が休みの日には社員代行が出来る者をおく。それは当然今在籍しているパートとバイトの中から選ぶ。そして今初めて書くが、パートとして勤務していた私はその代行という責任が伴う役を任されてしまった。

この時店長と面談をしたのだが、打診という名目ではあるが実質はほぼ強制的にその役を担わなければならないという話だった。非正規雇用の身としては当然納得はいかなかった。時給制で雇われているのだから、せめて金額を上げてほしいという要望を出したのだが、人件費の削減が目的である今回の決定において、時給の値上げは本末転倒だと断られてしまった。同じ賃金で責任と仕事量が増えるなど誰が納得するだろう。それは店長含め正社員で雇われている彼らはよく分かっていたのだが、うちの店にいた社員四名のうち三名が退職せざるを得ないという身であった為、私の要望を強く押し続ける事はできなかった。

そもそもなぜそんな事態になってしまったのか。それは単純に業績悪化なのだが、要因は冒頭に書いた動画配信のサブスクリプションの広まりだった。家にいながら見たいものが定額で見放題という夢のようなネット上のサービスに、この世に実在する店舗が負けたのだ。

 映画を見たければDVDを一枚借りれば良いが、先述のドラマなどは一タイトルに見終えるまでに何枚もレンタルしなければならず、枚数分レンタル料金がかかる。しかしサブスクリプションを使えば金額がかさむ事はない。見れば見るほど得をする。しかもわざわざレンタルし時間やお金をかけて出かけて、期日までにまた返却しにいくという煩わしい手間が一切ない。仕組みを理解している人は後者を選ぶだろう。私もそうだ。

 年々レンタルの売り上げが坂道のように下がっているのは明らかであったし、動画配信サービスとともに電子書籍も普及しだし、書籍の売り上げも下がり始め会社としても大きな決断をせざるをえなかった。こちらがいくら在庫を増やしたり売り場を改装したとしても、選ぶ側が店を訪れてくれなければそんな工夫は売り上げには繋がらない。最終手段としてレンタル料金の値下げと割引クーポンの配信の乱打を行ったが、継続的な客足の繋がりにはならなかった。

 そんなわけで私は社員が休みの日には社員代行として、金庫管理やクレーム対応にあたることになった。一時間早く出勤し、入荷商品のチェックと各機械の立ち上げ処理、金庫準備を済ませ、本来のレンタル開店前準備。開店後は通常業務プラス本社とのやり取り、集金、備品の確認、新人スタッフ教育、クレーム対応。

 やがて心身ともに疲弊していき、繁忙期であるゴールデンウイークの真っただ中に激しい嘔吐と下痢に襲われ私は緊急入院をした。丸々一週間、食事の代わりに点滴を打たれながら古びた灰色に変色している天井を見つめ、同室のおばさんの宗教勧誘をカーテン越しに断り、決心をした。

 私は十年間勤めた店を退職した。

 思えば店に没頭しすぎていた。レンタル部門は私がいないと回らないと思い込み、少しでも売り上げを立て直そうと色んな施策やコーナー作りを考え、全スタッフに今がいかに危機的状況であるかを伝え、自分の考えを押し付けていた。しかし現実は、私ひとりおらずとも店は開店するし、お客さんは迎えられる。最後の出勤日には、韓国ドラマの沼にはまったあのおばあさんの顔が浮かんだ。

 二〇二二年、私が勤めていたあの会社はレンタル業務から撤退するとニュースで見かけた。

 これからも人間は便利を追い求めていくし、それによって人間が失うものも必ずある。それについていけず、零れ落ちていく人間もいる。「便利」は全ての人間にとって平等ではない。

 あの頃は楽しかったな。そう思いながら、今日この頃の私はマスクをして出かけ、手洗いうがいを入念に行い、スマホを片手にテレビで動画配信のアプリを開いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ご利用は七泊八日でよろしいですか? チバ @chiba69

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ