初ゲェ
テレビで見たジンライムというカクテルが、名前も格好いいし旨そうだと意見が一致して、マナブとボクは、マナブの部屋で飲んでみようということになりました。
中学のハンドボール部仲間だったマナブとは高校も一緒になりました。ボクは高校でもハンドボール部に入ったけれど、マナブは結構女の子にモテていて、そのせいかどの部活にも参加しないで、立派なナンパ師になりつつありました。
ボクは、自分の本質は結構いい加減だと気付き始めていたけれど、中学では生徒会長でハンドボール部主将、人に注目される立場にいました。その頃は、人より目立つことに気持ち良さを感じていたのです。
でもこれが、高校に入ってから微妙に変わってきました。人より目立つということより、世間的に、それは悪いことだよ、やっちゃ駄目だよっていうことをやってみたくなってきたのです。
マナブもボクも、正月とかに日本酒、ビール等を少しは飲んだ経験はあるけれど、本格的な飲酒は初めてです。
近所の酒屋では買いにくいので、駅前にあるお店で、ジンとライムジュースを一瓶づつ買いました。
マナブの家にも、もう何回も試験勉強という名目で泊まっていたので、家に帰らなくても問題はありません。
しかもマナブの部屋は、庭に廻って直接入れるので、いつでも自由に出入り出来ます。悪さをするにはもってこいの場所ではあります。
マナブの両親は寝たみたい。
いよいよ始めますか。
つまみはバタピー。
グラスはロックグラス。マナブが台所から持ってきました。そうそうテレビで見たヤツとほぼ同じ。
ジンのフタを開けて注ぐ。透明で水みたい。グラスに三分の一。
次にライムジュースを色づく程度に足します。
いいぞ、こんな感じ。
あとは、飲むだけ。
乾杯!
グビッ
カーッ、強い!喉、食道、胃と順番に熱くなる。
でもライムの香りと甘みが、ジンの力強さを少しやさしくしてくれて、確かに旨い。何かがちょっと違う気がしないでもないけれど、まぁいいや、旨いものは旨いのです。
バタピーと、女の子の話と、ビートルズと、最近覚えたてのギターのFコードやGコードの押さえ方などをつまみに、どんどん飲みました。
やがて、ライムはまだ残っているけれど、ジンの瓶は空っぽになってしまいました。
ボクにはまだ出来ないアルペジオの練習をしていたマナブの手が、止まりました。ギターを抱えたまま眠っています。ボクの意識も薄れていきました。
マナブにつつかれて目が醒めました。
「なあ、ちょっと気持ち悪くないか。」
そう、夢の中でもムカムカしていました。
「うん、それになんだかクウーってもちあがる感じ、、、」
「酔ったのかな、」
「うん、酔った。」
「ヤバい!気持ちワリイ、、、」
「オレも、、、」
「外出るぞ!」
ふたりは転げるように庭に出て、更に外の道路の側溝に屈み込んで吐きました。お互いの背中を擦り合いながら吐きました。やがて吐くものが無くなったふたりは、今度は這うように部屋に戻り、また眠り込んだのです。
翌朝、マナブの母親の声で目が醒めました。
「マブちゃん、起きなさい、ホラ、起きなさい。」
頭ガンガン、喉ヒリヒリ。
(あっ、ヤバい!ジンの空き瓶が転がってる。)
「ちょっと、あんたたち、」
そう言ったマナブの母親の手には、バケツが二つぶら下がっています。
「ドブにあんたたちのものが散らばってるわよ。これで流しなさい。」
フラつく足で、水道の蛇口とドブを何回か往復して水で流し、ボクたちの痕跡をきれいに消したのでした。
不思議なことに酒を飲んだことについては怒られませんでした。外で飲んで変なことを起こされるより、家で飲んでくれた方がましだということらしい。なんだか素晴らしく、理想的な母親像に出会ったような気がしました。
それにしてもあのジンライム、確かにそれなりに旨かったけれど、どうも何かが違うような気が、心に引っ掛かるのです。
数年後、コンパと呼ばれる店でジンライムを頼んだら、出てきたグラスには大きなぶっかき氷が浮かんでいます。
これですよ、これ。
冷たくて、とっても美味しいものなのでした。
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