嗚呼 モリタカ

ボクは高校で、また同じことを繰り返そうとしているのか。

中学の時、『早い、安い、きれい』のクリーニング店の娘で、陸上部所属、ちょっと不良っぽいナカヤマという子が好きになりました。しかしどうしても親しくはなれず、何人か他の子にも目がいったりしたけれど、結局は三年間ずっと片思いのまま終わりました。

そして今、ハンドボール部の隣のコートで、バスケットのシュート練習をしているモリタカに恋をしているのだけれど、、、


始まりは一年生の夏休みのキャンプでした。男子はともかく、よく女子の親が許したなとも思うけれど、男子女子それぞれ五人づつで、イヅの海に出掛けたのです。

どうだ!兄貴!

この学校は本当に軟派校だ!男女交際校だ!兄貴の言う通りだ!やったぜ兄貴!

まあそれはともかく、保護者なし、生徒のみ、男女混合のこのキャンプ、実に楽しかったのです。

昼間は、定番の砂浜生埋め、これまた定番のビーチボールでのバレーボール、甲羅干しの時の背中にオイルを塗ってもらうやつ、波打ち際で浮き輪を使った波乗り、かき氷、海の家でのラーメン、そして、ボクが向かって来る波に飛び込んで一気に沖へクロールで泳いで行くっていうのを誰かに見ていてもらいたいってやつ。

海水浴を目一杯楽しんだあと、夕食の準備の前にみんなで町の銭湯に行きました。洗い場の仕切りの壁越しに、石鹸やシャンプーを投げてやりとりしたり、いろいろキャッキャキャッキャ騒いでしまって、地元の皆さんごめんなさい。

夕食はやっぱり定番カレーライス。こういう時はどんな出来でも旨いのです。

すっかり暗くなってきた海辺で、キャンプファイヤーを囲むのは、とてもロマンチック。

ギターどころかバンジョーまで上手に弾きこなすオサムのギター伴奏で、流行りのフォークソングをみんなで歌ったりする、素敵な夜は更けていきます。

実は、このキャンプの途中からどうも気になることがありました。

いつの間にかボクの傍に、モリタカが居ることが多いのです。海に入って波と遊んでいる時も気がつくとすぐ近くにいたし、バレーボールのパスもボクに廻すことが多い。ラーメンを食べた時も隣に座っていたし、かき氷もボクの分を持ってきてくれた。背中にオイルを塗ってもらった時は緊張したなあ。

そして今、ふたり並んで火を見ています。橙色の火に照らされたモリタカの横顔は、ハッとするほど綺麗です。

いつもは後ろで束ねている長い髪をほどいています。つやつやだけどさらさらで真っ直ぐ。オデコが可愛らしく光っています。そして、形のいい眉、二重で黒目がちの優しい目、ちょっとツンとした鼻の頭が日焼けして赤くなっているのもいとおしく感じます。キュっと引き締まった上品な小さな口元。

何処かで見た絵画のようです。

じっと見ていたいけれど、気が付かれると恥ずかしいので目をそらしました。

ボクは心の動揺を隠すように話をしました。学校のこと、友達のこと、部活のこと、なんだか夢中で話をしました。話の中で、モリタカが遠くを見つめるようにして、

「波に飛び込んで、沖に向かって泳いで行ったの、格好良かったなぁ。」

と、言ったのです。見ててくれた人がいた!


どのくらい経ったのでしょうか。砂浜で花火をやっていた人たちも、今はもういません。焚き火の火も、おき火のように中の方で少し赤くなっているだけです。

さっきまで周りで話をしていた仲間たちも、それぞれテントに入って寝てしまったようです。よくこういう時に寝ていられるものです。

話題も途切れがちになってはきたけれど、寝てしまうなんて勿体無さ過ぎます。

そこで、防波堤の先端で光っている灯りのところまで行ってみようかと誘ってみたら、モリタカはその小さな顎を引いて頷いてくれました。

月明かりが海に反射して結構明るい。だいぶ歩いたところで、今までより大きな波が来てテトラポットを越えるしぶきが上がりました。

「キャッ」

モリタカの小さな可愛らしい叫び。

ボクは咄嗟に手を取る。

瞬間、軽くめまいを感じました。

そう、完全に、恋に、落ちました。


こんなにも素晴らしく、運命的なキャンプでした。


嗚呼、それなのに、、、

二学期が始まり、当然進展すると思っていたモリタカとの仲がおかしいのです。

モリタカがボクに対してよそよそしいというより、なんだか普通。他の男子に対するのと全く変わりません。ボクを避ける様子は無いのです。かといって、特別近寄って来る様子もありません。

あんなに素敵に過ごしたふたりの海は、何処へ行ってしまったのだろう。

新学期に入ったら告白だと意気込んでいたボクは、はぐらかされたようで毎日悶々としていました。

そんなボクに気付いたのか、一緒にキャンプにも行った、モリタカとは中学からの友達だという通称マコが、気の毒そうに教えてくれました。

「あんたのこと、見てらんないから教えてあげる。モリはさぁ、中学の時から何かの行事があると、必ず特定の人を作るの。でもその時だけ。また次は別の人。中学の修学旅行の時の人なんて、いまだに付き合ってくれって言ってくるらしいけど、完全に無視してるみたい。」

何と、何と残酷なことを教えてくれる女なのでしょうか。でも、ちょっと可愛いから許してやろうか、、、いやいやそんなことを思っている場合ではないのです。

ボクは、そんなヤツらのひとりなのか、信じられない。

防波堤の上で握ったあの手の温もりは、今でもこの手の中に残っているのに。

これからまた、長い片思いになるのでしょうか。


ずっとあとで聞いた、衝撃の事実があります。

あのキャンプの最初から最後までモリタカの父親が、キャンプ場に隣接する駐車場で、車の中から様子を見ていたのだそうです。

これも、大人になった通称マコから聞きました。

まさか、防波堤の方までは見てなかったと思うけれど、手を繋ぐ以上のことをしたらどうなっていたのでしょうか。

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