うちの猫は犬ではない
緋雪
チョビのお話
チョビのお話をしましょう。
チョビは、うちの猫には珍しい長毛種。どこで、こんなハーフみたいな子ができたのかしら? っていうくらい、見た目が可愛い猫でした。
可愛いだけでなく、とても賢い猫でした。生後まもなく、ホントに1ヶ月くらいで、入っていたダンボールをよじ登り脱出することを覚えたかと思うと、私の足に登るようになりました。他の人の足には登りません。何故? 家の中は登りたい放題だろう? と思いましたが、彼女にも好みがあったのでしょうね。
ちょっと大きくなると、今度は夫の靴下にハマり初めました。脱ぎっぱなしにしていた彼の靴下にじゃれては、ガジガジハグハグ。何食ってるのよお前は? と、取り上げようとしても離さない。無理矢理取り上げると、夢中で取りにきます。他に遊ぶものいっぱいあるだろうに、何故靴下? 試しに私の靴下を与えてみると、なんと、無視。どういうこと? 靴下じゃん。何が違うのよ? どうしても夫の靴下じゃないと気に入らないようでした。
ふと、チョビがハグハグしている靴下を取り上げ、廊下の向こうに投げてみました。「取ってこーい」
というかけ声とともに。夫は、
「そんなわけないだろ、犬じゃないんだから」
と笑いましたが、チョビはテケテケと取りに行き、テケテケと持って帰ってきました。いや、犬。夫、驚愕。
何度投げても、取りに行って戻ってきます。しかも、他の物ではやらない。何故か夫の靴下オンリー。
大好きだったんでしょうね。夫が? 夫の靴下が? 単におっさん臭フェチなだけだったのかもしれませんが、夫に言うと多分凹むので触れないでおきましょう。
次に覚えたのは、「来い!」でした。私がチョビの方を向いて、両手で私の胸を指し、
「チョビ来い!」
と言うと、チョビは私の胸めがけてピョン。抱っこされに来ます。これには誰もがびっくり。
「お前なぁ、犬じゃないんだから、あんまり芸しこむな」
夫が呆れておりましたが、猫は芸などしませんよ、普通。やりたいことしかやらない。それが、猫。「来い!」も、抱っこされるのが嬉しいから来てただけだと思うのです。
暫くは私とチョビのそんなやり取りを黙って見ていた夫でしたが、ちょいちょい廊下で、私が見てないすきに
「チョビ来い!」
ってやってましたね。妻は知ってましたが。ついに成功した暁、
「おい、俺のとこにも来た」
との報告が。練習のたまものですね。おめでとう。
チョビは、自分が可愛いことをよく知っていて、お客さんが来ると、「可愛い〜!」と言われに、わざわざ登場してきていました。賢いことも褒められようとして、私が立つと、
「『来い!』をしてみせろ」
とばかりに、くるくるの目をキラキラ。しょうがないなぁ。ほれ、
「チョビ来い!」
ぴょん。みんなの歓声を聞くと満足そうに立ち去るのでした。
人間の言っていることが本当にわかっているようで、郵便屋さんや業者さんに、
「これ、猫ですよね? 犬みたい」
とよく言われていました。でも、誰が決めたんですかね、猫より犬の方が賢いなんて。誰にでも得意分野はあるのです。国語が得意な子もいれば体育が得意な子もいて、給食が何より得意な子もいたでしょう? 何の話だ。
ある日突然、チョビが家出をしました。それまでもちょくちょく外出しては戻ってくるので、今回もすぐ帰ってくるものだと思っていました。でも、待てど暮らせど戻ってこない。え〜、本格的に家出? それともどこかで事故にでも遭ったのかしら……。
そんな心配をしながら、数ヶ月が経ち、もう諦めかけていた頃、家から3kmほど離れた場所で、チョビに似た猫を見かけました。似てるけど毛の色が違うし、うちの子はあんなに痩せていない。でも、なんだかやっぱりチョビに似てる。そう思った私は、車を止めて、チョビの名前を呼びました。声の方をチラッとは見たけれど、知らん顔をして立ち去ってしまいました。やっぱりチョビじゃなかったのかぁ。がっかり。
その日の夕方のことでした。夫が、
「おい、チョビが帰ってきてる!」
と、指差す方を見ると、昼間見た猫。やっぱりチョビだったんじゃん。無視しただろお前。っていうか、自慢のふさふさの毛はバサバサでつやがなくなって、色も薄くなり、一番自慢していた狐並みにふさふさもふもふだった尻尾はぺっちゃんこ。痩せこけておりました。
「どこで何してたのよ、お前?」
と尋ねると、いきなり飛びついてきて抱っこ。そこからがもう大変。にゃにゃにゃ、にゃおにゃお、うにゃうにゃ、なぉなぉ……何言ってるんだか全くわかりませんが、どうやら家出中の辛かったことや文句なんかを聞いてほしかったんでしょうね。ひどい目にあったりしたのでしょう、きっと。よしよし、そうかそうか、そりゃ大変だった、うんうん、わかったわかった……もういい(汗)? 結構長時間文句を言い続け、気が済んだら、やっと餌を食べ始めました。何か思うところあって家出したんでしょうね。多感なお年頃だったようです。
ちなみに、チョビの毛は、栄養不足だったようで、家に帰ってきて暫くすると、また元の色に戻り、ふさふさツヤツヤになりました。勿論、自慢のキツネ尻尾もよみがえったのでした。
毛が長いのは、生え変わりの時季に難儀しました。実は喘息持ちの私。猫を飼うのも命がけです。その時季になると、毛を取る専用のブラシをかけてやらないといけませんでした。チョビはそのブラシをかけてもらうのが大好き。名前を呼んでブラシを見せるだけで嬉しそうにやってきて、ゴロン。ブラシをかけるのも命がけな私は、いつもマスクをしてかけていました。そのうち、マスクをするだけで飛んでくるようになりました。いや、今は単なる風邪ひきさん。何なのお前は? パブロフの犬?
夫のことも大好きだったチョビ。夫が布団にうつ伏せになっていると、背中に乗りに行きます。他にも夫の上で寝る猫は沢山いました。きっと温かいからでしょう。ただ、チョビだけは、夫の毛づくろいまでしてくれていました。お礼のつもりだったのか、自分の毛づくろいのついでだったのか……。
猫なので、突然かまってちゃんになります。風呂上がりに構えと言われた時にはさすがに面倒くさくて、
「チョビ様、その辺でゴロゴロしといてくださいませんか?」
とお願い。すると、チョビは言われた通りに、右へ左へゴロンゴロン。いや、それはゴロゴロではない気がするが。
そこから、チョビは、「チョビ様ゴロンゴロン」という新たな芸を覚え、
「ほーら、チョビ様、ゴロンゴローン、ゴロンゴローン」
と言い続けている間、右へ左へ自分でゴロンゴロン。手間のかからぬ遊びを1分ほど楽しむと、納得したように自分の寝床に戻っていくのでした。私の呼びかけは必要だったのでしょうか? 一人でもできそうな遊びでしたが……。
そんなチョビとの生活も7年目を迎え、だんだん体力も衰えてきたようでした。
「来い!」の時のジャンプがどんどん低くなり、可哀想なので、さすがに普通に抱っこ。ゴロンゴロンもスピードが落ち、お構いも、撫でるだけになりました。
そのうち餌もあまり食べなくなり、夫が心配して高い餌を買ってきたりもしましたが、あまり変わりはありませんでした。ただ、1つだけ、「●ゅ〜る」を除いては。あれは最強でしたね。一口でも食べられればいいな、と思って与えると、ペロッと一度舐めて、パッと飛び起き、夢中で食べていました。そこから、何度か与えていると、構おうとして名前を呼んだのに、飛んできて、
「●ゅ〜るじゃないよ」
と言うと、
「なんだよ、呼ぶなよ」
的にプイッと寝床に帰って行かれる。「●ゅ〜る」に容易く負ける飼い主。ちょっと凹みました。
でも、それも食べられなくなり、トイレが間に合わなくなったので、トイレの近くに寝床を用意してやりました。その翌日の夜には、水を2口飲んだだけ。
翌朝、冷たくなって動かなくなったチョビを、夫が見つけました。トイレの中で亡くなっていたとのことでした。プライドにかけて、トイレは自力で行くと決めたのかもしれません。それとも出口から外に出ようとしたのかな……。猫は死に際を飼い主には見せないと言いますからね。
チョビのお話はここまでです。
うちは多頭飼いなので、どの子も個性的で可愛いのですが、チョビは、私にとって特別でした。いなくなって、ぽっかりと穴があいたよう。もう、あんな賢い個性の強い猫にはお目にかかれないでしょう。
一緒にいられて本当に楽しかったです。
ありがとうね、チョビ。
※近況ノートに在りし日のチョビの写真を載せてあります。
https://kakuyomu.jp/users/hiyuki0714/news/16818023214097116660
うちの猫は犬ではない 緋雪 @hiyuki0714
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