第23話 男と酒と

 ギルドから少し離れた街の広場は人でごった返している。

 普段は子供らの遊び場となっている広場だが今は冒険者が大半だ。

 

 どこから持ってきたのかはわからないけど椅子や机が雑に並べられ、屋台がいい匂いを発している。酒臭さもするけどね。


 そう、今は無事にオーバーフローを切り抜けたということでの打ち上げの真っ最中だ。

 代金は全てギルド持ち、ということで好きなだけ食って飲める。まだ陽が落ち切っていないのに賑やかだ。


「こうして集まると冒険者ってかなりいるんだね」

「せやな。けど、怪我したやつとか、今は街におらんやつとか、来てないやつもおるしこれで全部やないんよな」


 さっき合流したイーリスと喋りながら広場を歩き回る。何を食べるか考えつつオルテたちを探しているのだ。


「これイタチごっこになってるんじゃない?」

「それはないわ。オルテのことやし探してすらないかもやな。後で合流するとかぬかしよったけど……あ、おったおった」

イーリスの指先にはオルテがいた。屋台のオッチャンと何か話している。


「あいつ……やっぱりか。ちょっと連れ戻してくるから待っといてな」

「わかった」

オルテのところに駆けるイーリスを見送りレオンに視線を落とす。


「なんか食べたいのあった?」

「のどかわいた」

「二人が帰ってきたら飲む物もらってこようか」


「なあ、お前ちょっといいか?」

レオンと雑談していると知らない人にいきなり声をかけられる。三十くらいの筋骨隆々な男が目の前に現れたのだ。厳しい顔をしていて不機嫌そう。もしやめんどくさい奴に絡まれたのかな……。


「いきなり何? というか誰?」

あまり良くなさそうな状況なので高圧的に応えてみる。冒険者は舐められたら負けらしいからね。


「何? じゃねえだろ。ガキが」

男は語尾を上げ怒りを露わにする。良くない状況っていうのは当たりビンゴだな。

「一応、十五なんだけど」


「んなことはどうでもいいんだよ。今、ここは、ガキの遊び場じゃねえんだ。分かったら帰れや」

「断る。お前が帰れ」

短く、はっきりと告げる。レオンがびびって今にも泣き出しそうなので本当にお引き取りいただきたい。


「舐めたことばっか言ってんじゃねえ。殺されたいのか?」

顔を真っ赤にした男は遂に腰の剣に手をかける。俺もレオンを聖剣にするべきかな。こんな祝いの場で殺傷事件は起こしたくないんだけどな。


 しかも今はレオンの精神が不安定だから威力の調整に失敗するかもだしな。なんとか平和的に解決できないものか。


 ……イーリス達に助けてもらうか。


 名案が浮かんだのでオルテがいた屋台の方に目をやってみる。……イーリスは愉快そうに、口角を上げ満面の笑みでこっちを見ていた。


 イーリスはこの状況を楽しんでいるみたいだ。つまりあてにならない。オルテも似たような感じだから自分でなんとかしなきゃみたいだ。


「こんなところで喧嘩はまずいだろ」

男は柄を握ったまま静止する。


 周りをよく見ると人だかりができている。目立ってしまったようだな。こうなっては下手に暴れられないはず。よっぽど男が阿呆でない限りな。


「じゃあ俺は連れのとこに戻るから。さよなら。レオン、行こっ」

軽く手を振って回れ右。

「待ちやがれ」

数歩ほど歩いたところで止められる。


「しつこいなあ。まだ用があるのか?」

「俺と勝負しろ。負けた方が勝った方の言うことを聞く。いいな?」

「こんなところで殺し合うのか? 相当馬鹿だな」

いよいよ不味いな。俺は殺さない程度に加減するなんて難しそうなことは多分できないからね。


「誰も斬り合おうってんじゃねえ。飲み比べなんてどうだ?」

なんだ、斬ったり殴ったりする勝負じゃないのか。安心安心。


 ただ、飲み比べか。男は自信満々だけどどうしよう。いっちょ乗ってみるか。ついでに俺がどれくらい呑めるのか実験しよう。いつかやろうと思っていたんだ。それがタダ酒でできるなら都合がいい。勝てば面倒なのを追い払えるし一石二鳥だな。


「いいよ。その勝負乗った」


 そんなわけで近くのテーブルに移動。

 酒は近くの店の親父さんが出してくれるみたい。店の中じゃ一番強い葡萄酒なんだって。


 親父さんは審判やら何やらもやってくれるみたく協力的だ。面白がっているだけだろうけど。


 樽が机の横に運ばれて最初の一杯が注がれる。木のコップに葡萄酒ワインが入っていることに若干の違和感を感じないわけではないが気にしない。硝子なんてない世界だからね。


「よし、始めるぞ。酔い潰れる、吐くか降伏したときの呑んだ杯数が相手より多いほうが勝ち。負けたら相手のいうことを聞く。いいな? 始め」

親父さんの号令でコップを手に取る。


 味は……いけるな。

 酔いは回る気配もない。お腹一杯にならない限り負けない気がする。


 しばらくすると男が机に突っ伏した。男のペースに合わせて呑んでいたので俺の勝ちだ。

「もう終わりか。……この状態のこいつにはどうやって命令すればいいんだ?」

親父さんと後始末のことを話していると辺りから歓声が。……呑んでいるときもうるさかったけどね。


「坊主、なかなかやるじゃないか。その様子だとまだまだいけるって感じだな」

「まあね。でも酒だけでお腹いっぱいにするのももったいないしもうやめとく」

「それもそうか。ほれ。紙と書くもの貸してやるから命令は書き置きしていきな」

 

 親父さんから借りた紙に「もう俺たちに絡むな」とだけ書きその場を後にした。


 正直、全く酔っていない。実験は失敗したかな。

 とにかくみんなのところに戻る。


「いやあ、おもっしょいもん見せてもろたわ」

「やっぱり助ける気はなかったみたいだね。ほら、レオンも文句言ってやりなよ」

「イーリス、ひどい」


「ごめんな。でもまだまだいけるやろ? ほんなら祝勝会、おっ始めよ」

イーリスが押しつけるコップを受け取る。

 レオンにもこれで許してくれん? とジュースのコップを渡すイーリス。


「じゃ、俺らみんなの無事を祝って乾杯っ」





___________________


 次回は4月11日月曜日午後6時です。

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