第15話 風呂
「そや、ちょっと頼みたいことがあるんやけど」
「何?」
台所から帰ってきて早々イーリスに声をかけられる。
「風呂あったん覚えてる? あれに水入れてくれん?」
「それはいいけど……水でいいの?」
魔法で水を出すだけだからそれをするのは簡単だ。練習したから浴槽を破壊すれことはないはず。
それに風呂に入れるならば協力は惜しまない。こっちに来て三日目だが一度も風呂には入れていない。濡らした布で全身を拭うくらいはしていたけど、正直もの足りない。
もとの世界にいた頃には毎日風呂に入っていたからな。風呂に入りたい気持ちは山々だ。
だけどお湯は出せない。俺が出せる魔法の水って常温だけなんだよね。すごい人はお湯が出せたりするのかな?
この時期だと、まだ常温の水だと寒いんじゃないかな。
「あっためるんはオルテにやってもらうから。な?」
「あー、まあいいか。あの風呂使うのいつぶりだ? いくぞ、フロレス」
立ち上がるオルテの後を追い風呂場に向かう。思ったよりオルテは乗り気だ。
もちろんレオンも連れていく。そうしないと魔法が使えないからね。かなりの時間……四、五時間寝たからかレオンは元気だ。夜寝なくなってないといいけど。
「じゃあいくよ、〈
手を浴槽にかざし詠唱。すると水が流れ出る。慎重になりすぎてペットボトルを傾けた時くらいの水しか出てこない。このままだと水を張り終わるのにかなり時間がかかるな。
「レオン、もうちょっと強めようか。んー、桶をひっくり返したときくらいに」
「うん。もういい?」
「ああ」
水量が一気に増す。魔法は使用者のイメージが大切で、俺らの場合は俺とレオンの二人のイメージの一致が大切らしい。
二人のイメージがずれると大変なことになりかねない。
例えば滝のように水が生み出されてここら一帯を水浸しにしちゃうとかね。
だから具体的にどうするか伝えるようにしなきゃだって分かったんだよね。
まあ、それに気付いてイメージの共有ができるようになるまでに何本もの木を犠牲にしたんだけど。
「こんなもんでいいかな」
手を下げると水が止まる。……百歩譲って火と風と雷はいいけど、水と岩はどこからきているんだ? ちゃんと実体があるのにな。この世界は不思議だ。
「じゃあ、あっためるか」
「でも、どうやるつもり?」
浴槽の底は床にくっついているから下から炙ることは出来ない。流石に水中に炎を出すことは出来ないだろうしな。
「これを使うんだよ」
オルテは金属でできた箱を取り出す。
「どういうこと?」
「これの中は空洞になっていてな、この中に炎を出すんだよ」
オルテは箱を水に浮かせながら教えてくれた。
空気が入らなそうな箱の中で火が出せるのか。やっぱりこの世界は不思議だ。
「先、戻ってていいぞ。時間かかるからな」
「じゃあそうする」
風呂場から出てリビングに戻る。一人残してくるのはいかがなものかとと思ったけど、あそこに三人は狭かったしね。
俺らの番になったので脱衣所に。
「レオン、髪ほどく?」
「んー、どっちでもいい」
「じゃあ、ほどこうか」
このままじゃ髪を洗うとき邪魔になりそうだからな。
服を脱いで浴室に。桶にお湯を汲んで、頭からお湯を被る。
「レオン、ちょっと待ってて」
「うん」
布を濡らして全身を拭く。石鹸なんてものは無く、これが一般的らしい。
先にレオンからやってあげれば良かったかな。まあ、いいか。
「レオン、お湯かけるよ。目、瞑っててね」
こくりと頷き目を閉じるレオンにお湯を浴びせる。そして、全身を拭ってやる。
「よし、浸かろうか。持ち上げようか?」
ここ浴槽は結構高さがあるからな。なんならレオンの首くらいある。……レオンが沈むなんてことないよな。
「おねがい」
レオンを持ち上げ風呂に入れ、俺も入る。気持ちいいな。オルテがあたためてくれるなら明日も水を入れよう。出来れば毎日入りたい。
それにしても深いな。正座じゃないと顔が沈む。レオンも立てってぎりぎりってところだ。
今度水を張るときは水位を下げようかな。せっかくなら足を伸ばして入りたい。
「なんか休まらないね」
背筋を伸ばして正座で風呂に入るなんて初めてだ。
「でもあったかくてきもちいよ?」
「それはそうだけどさ、立ったままなのきつくない?」
「んー、だいじょうぶ」
レオンは楽しそうだからいいか。
いや、こいつ今日は歩いてないから元気なのか。午前は剣の姿だったから俺が持ち歩いていた。午後は俺の背中の上。
「そろそろ出るか? 後ろもつっかえてるし」
「うん」
「体、自分で拭ける?」
先に浴槽から出て布を取りながら聞いてみる。
「フロにい、やって」
「じゃあちょっと待ってて」
俺が体を拭いている間に冷えたら駄目だからな。少し待っていてもらおう。
「オルテ、お待たせ」
まだ入っていないオルテを呼びにリビングに戻る。先に入ったリリーとイーリスはもう自室に戻ったようだ。
「やっと俺の番か。そうだ、明後日は空けとけ」
「何かあるの?」
「ああ、ちょっと付き合え。詳しくは明日話す」
別段、用があるわけでもないので分かった、と軽く了承しておく。
「じゃあな」
「うん、おやすみ」
風呂場に向かっていくオルテを見送り、自室に戻る。
「こっちきて」
俺の前の床を叩きながらレオンを呼ぶ。
「どうしたの?」
こんなことを言いながら素直に寄ってくるレオン。
そのレオンの髪を強めに拭く。まだまだ湿っているんだよな。ドライヤーが欲しいところだがそんなものがあるはずもない。
風の魔法を使うか? ……やめておこう。レオンには強さのイメージがつかないだろうからな。家が吹き飛びでもしたら大変だ。……大変どころじゃないな。
「髪、結おっか。右向いて」
「うん」
三つ編みなら出来るからな。逆に出来なかったらまずかったな。ほどいたら結えなくなるところだった。まあ、結えなかったらほどかないかな。
それにしても、レオンの髪は柔らかいな。変に張りがある、なんてことがないから編みやすい。
「よし、出来た。これでいい?」
「うん、ありがと、フロにい」
笑顔で答えるレオンの頭を軽く撫でる。
うん、可愛い。
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次回は3月14日月曜日の午後6時です。
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