第14話 お買い物

 昼下がりの市場は静かだ。魔物がいないときの森に比べたらまだまだだけどね。


 それにしても今日は大変だったな。

 最終的に天災級の存在は森の奥に去って行った、ということになった……した。 

 

 森の奥の方に向かって何ヶ所か更地を作ってね。あたかも何かが森からやってきたみたいにだ。


 魔の森の奥の方は、とてもじゃないけど人が足を踏み入れれる場所じゃないらしい。だからある程度のところまで偽装工作すればいいんだって。


 行きと帰りの二つを作ればお仕事終了。ちなみに全力の斬撃を五回と、木数本分の斬撃を十回以上放った。お陰様で大分疲れたな。


 体力なんかは余裕だけど貧血に近いだるさがある。魔力が減っているからなんだって。空っぽになったら倒れるんだとか。


 作業には四時間くらいかかったんだけど、その間はずっとレオンを剣の状態にしていたんだよね。つまりレオンはぐっすりだ。ちまちま戻しておけばよかったかな。……夕飯時には起きるよね?


 そんなこんないろいろあったんだけど、今はリリーと市場に来ている。夕食の買い出しだ。

 残す事務的な処理はマスターを始めとしたギルド職員の仕事だ。


 あと、森に入らない方がいいって言われて休んでいる冒険者の呼び戻しをしなくちゃいけないみたい。……顔が狭いどころか知り合いの冒険者全員が関係者な俺には出来ない仕事だけどね。


 なんせイーリスもオルテもBランクの冒険者だ。Bランクはこの街に二十人くらいしかいないんだって。


 大抵の冒険者はCランク止まりなんだとか。時間があればCランクになるのは簡単らしい。こなした依頼の数と魔物討伐数が規定数に達するとランクアップできるんだって。


 逆にDランク、Eランクは初心者ってこと。そんな俺の発言の影響力なんて無に等しい。


 逆にBランク以上の言葉は街を動かす程の力がある。Bランク以上は条件が厳しいからだって。こっちの仕組みはよく分からないな。


 閑話休題。


 今は買い出し中で一日を振り返っている場合じゃなかった。


「フロレスさん、今日の夕飯は何がいいです?」

「ちょっと待って。考えさせて」

はい、とリリーが頷いたのを確認して頭を回転させる。


 今はただ食べたいものを言えばいいわけじゃないからね。この世界に存在しない料理を言おうものなら面倒なことになるだろう。


 まず、明らかに日本っぽいのとか中華系とかの東洋風のは駄目だよな。ここは明らかに西洋だもんね。醤油とか味噌とかあったらいいな。米くらいならあるか? 今度、イーリスに聞いてみよう。


 そんなことは今はどうでもいい。ぱっと見たところ魚はあまり売ってないな。卵とチーズ、牛乳は昨日のカルボナーラにも入っていたから使っていいはず。昨日は猪の肉を焼いただけだったから参考にならないな。


 パスタ系なら確実なんだけど一昨日食べたからな。……どうしよう。

「リリーはどんなのがいい?」

ここは卑怯な手を使っておこう。


「せっかく一緒に来ているんですからフロレスさんが決めていいですよ」

うっ、リリーに悪気が無いのは分かる。ただどうしよう。


 いくつか言ってみて選んでもらおうかな。

「シチュー、グラタン、クリームパスタ……どれがいい?」

牛乳を使ったのばっかりだし、なんならパスタも入っているけど、この際仕方ない。


「じゃあシチューにしましょう。それならまずはお肉ですね」

肉屋に足を向けるリリー。ひとまず晩ご飯が決まってよかった。


「鳥でいいですか?」

俺は頷き肯定の意を伝える。シチューといえばやっぱり鳥だよな。鮭のなんかも好きだけどね。鮭もこっちの世界にいるのかな。


「どれにする?」

「そうですね……これなんてどうです?」

リリーが指差したのは手のひら二つ分程の肉。正直な話、肉の良し悪しは愚か種類すらも分からない俺に否定する理由はない。


「ああ、いいんじゃない?」

「決まったかい?」

今まで黙って見ていたおっちゃんに話しかけられる。


 はい、と答えるとおっちゃんが肉を葉っぱで包んでくれた。なんの葉っぱだろう。結構しっかりしている。ジャングルにありそうな葉っぱだ。


「はい、銅貨五枚ね」

肉を受け取り、言われた通りお金を渡して肉屋を後にする。


 ちなみにこの世界では六種類の貨幣が使われている。価値が高いものから順に大金貨、金貨、大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨といった具合だ。そして十枚で一つ上のものになる。


 昨日の【魔赤猪レッドボア】は銀貨一枚に、【魔白狼ホワイトウルフ】は大銅貨二枚で買い取ってもらった。

 

 猪は肉が食べられる分値が張ったようだ。強さでいうと狼のほうが強いらしいけどね。


 


「フロレスさん、少し寄り道していきませんか?」

「いいよ」

今さっき三時を知らせる鐘が鳴ったところだ。それに晩ご飯のための買い出しも済んでいる。だからそんなに急いで帰ることもないからな。


 それにまだこの街には行ったことが無いところだらけだからな。楽しみだ。


「それで、どこに行くの?」

「それはまだ内緒です」

リリーは言葉を濁し進んでいく。どこか俺が驚くようなところに連れていってくれるのかな。


 期待に胸を膨らめつつしばらく歩く。いつの間にか昨日イーリスと一緒に来たところに来ていた。昨日レオンと俺の服を買いにきたところだ。


「ここです」

そう言ってリリーが入っていく店の中には布が沢山並んでいた。

「ここは?」

「布とか糸とか売ってる店です。フロレスさん、服作りたいって言ってたじゃないですか」


 たしかに昨日、そんなことを夕食後に言った気がする。わざわざ覚えていてくれて、なおかつこんな店に連れてきてくれるなんて、嬉しい限りだ。


「ちょっと見てきていい? すぐもどるから」

「ごゆっくりどうぞ」

そこまで懐に余裕が無いから沢山は買えない。だけどせめて針と糸、それと服一着分の布くらいは買いたい。


 うーん、背中のレオンが邪魔だ。重くはないけど狭い店内じゃ動きにくい。そして屈みにくい。まあ、仕方ないか。


 さて、何を買おうかな。



 

____________________


 次回は3月11日金曜日の午後6時です。

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