第9話 阿保みたいな力

「とりあえず、レオン俺と手、繋いで」

左手を差し出す。

「うん」

しっかりと手と手が触れ合ったことを確認。イーリスの仮説が正しければこれで魔法が使えるはず。


「〈風矢ウインドアロー〉」

イーリスの真似をして右手を挙げて、詠唱。やっていることはさっきと同じだ。

 しかし、今度は十本の風の矢が現れる。これは成功した、と言っていいよな。


「よっしゃ、はよ放ってしまい」

「分かった」

手を振り下げると全ての矢は四方八方に飛んでいく。

 風を切る音の後に聞こえてきたのは木の葉が擦れる音。


 え……いくつか木が倒れてるんだけど。二十センチあるかないかくらいの矢にこんな威力あるのか。


「できたね、フロにぃ。やったあ」

「え? なんなの、今の?」

ぴょんぴょん跳ねて喜ぶレオンと開いた口が塞がっていないイーリス。


「レオン、落ち着こ。あとイーリス、大丈夫?」

「大丈夫なわけないやろ。魔の森の木ぃはな滅茶苦茶頑丈なんよ。これが倒れるなんてとこ、俺は見たことない」

イーリスが荒れているな……。勢いがすごい。あまりの迫力にかレオンは言葉を失い俺の後ろに隠れてしまった。


「イーリス、まず落ち着いて」

「落ち着けるわけがないやろ」

そんなことを言いつつイーリスの声色は落ち着いたものになっている。もう諦めたって感じかな。


「あのさ、なんとなく分かったつもりでいたんだけどさ、魔の森ってなに?」

魔物が出る森、くらいの認識でいたけどもう少し何かありそうだよね。


「ああ、それはゆうてなかったんか。魔の森ってゆうんは魔力濃度の高い森やな。一応、迷宮ダンジョンに分類される。せやから魔物が沢山でてくるし、普通の場所やったらありえんこともおこる」

「ありえないことって?」

俺にとっては魔物が出ている時点でありえないんだけどね。


「まず、魔の森の木ぃは魔力を吸うてるせいでアホほど頑丈やってゆったな。ほんで生命力も半端やない。多分やけど三日もしたらあの木ぃも元に戻るやろ」

「それはすごいな」

これで環境破壊の心配は無くなったな。


「あとは大体の動物はおるってことかな。あっ、魔物化してって意味よ。特殊なんはおらんけどね」

「やっぱりすごいな」

正直なところ既に情報過多だ。昨日から知らないことを詰め込みすぎているからな。脳の処理が追いついていない。


「フロにぃ、なにかくるよ」

迷宮ダンジョンが何かも聞いておこうかな。なんて思っていると俺の服の裾を引っ張ったレオンは左の方を指差す。


「あれは【魔白狼ホワイトウルフ】やな。爪には気ぃ付け」

一言だけ注意事項を伝えたイーリスは、先程俺が作った倒木に腰を下ろす。俺とレオンでやってみろってことか。


 森を徘徊していたのであろう【魔白狼ホワイトウルフ】はこちらに気付き唸り声を上げる。白ってことは……たしか雷かな? 攻撃が当たったら痛そうだし頑張ろう。


「レオン、いくよ」

「うん」

差し出した左手をがしっと握られたのを確認。


「〈風矢ウインドアロー〉」

先手必勝ということでさっそく魔法を使う。本当は別のも使ってみたいけど、やったことないことを本番でやるのはいかがなものだから、またまたこの魔法。 


 風の矢が現れたことを確認し、狙いを定める。……あれ? どうやったら思い通りに飛んでいってくれるんだ?

 ……なんとかなるか。


 どうしようもないので、右手を振り下げる。一応、当たりますように、と祈ってはおいた。


 しかし、願いは届かなかったようだ。俺の矢は木を何本か抉り倒しただけで【魔白狼ホワイトウルフ】は無傷だ。イーリスがあちゃー、と呟いたけど今は気にしない。


 どうやら奴に、いまの攻撃で俺らを敵と判断されたみたいで爪の周りを電光が走り始める。

「レオン、剣だ。来いっ」

魔法を当てるのは難しそうだったので作戦変更。魔法は後で練習しなきゃだな。


 レオンは首を縦に振ると光を放つ。そして聖剣へと姿を変えて俺の手の中に収まる。

 【魔白狼ホワイトウルフ】が走ってき、俺の二、三メーター前で跳ぶ。


 鞘を左手で掴み、腰の位置に剣を固定。右手では柄を握る。奴が接近したタイミングで抜刀。


 勢いよく抜かれた聖剣により【魔白狼ホワイトウルフ】は輪切りになる。振り返って剣の血を払い、納刀してお仕事終了。血を払うのはやってみたかったんだよね。時代劇なんかでよく見るやつ。なんかかっこいいじゃん。


「イーリス、これでいい?」

返事は返ってこない。聞こえていないのかな?

「イーリス、これでいい?」

もう一回、さっきよりも声量を上げてみる。それでも返事ほ返ってこない。離れたら声が聞こえなくなるっていうのも魔の森の不思議にあるのか?


「レオン、痛くない?」

どういう感じなのかは分からないけど大丈夫なのかな。今更だけどね。


『だいじょうぶ。けんのときはね、いたくならないの』

脳内にレオンの声が響く。大丈夫なら安心だ。


 さてと、イーリスのところまでもどるか。


「イーリス、あれでいい?」

またもや返事は返ってこない。よく見たら、目を見開き、口を半開きにし、微動だにしないイーリス。尻尾と耳も真っ直ぐ上を向いている。意識は……ありそうだな。


「イーリス、大丈夫?」

「大丈夫なわけないやろっ」

急に戻ってきたイーリスは、いきなり声を荒げる。

「何かあった? 無事に魔物、倒してきたはずなんだけど」

イーリスが襲われた形跡もないんだよな。本当にどうしたんだろう。


「後ろ振り返ってみ」

言われるままに首を回してみる。するとそこには切り株が沢山。半径が十メーター、角度が九十度くらいの範囲にいくつもの切り株が並んでいる。ここってこんなに見晴らしよかったかな。


「なんかゆうことあるか?」

「こんなに切り株あった?」

「なかったわ。フロレスが作ったんやろ」

「は?」

あんなに切った手応えはなかったんだけど……。


 ただ振っただけで正直なところ、魔物を斬った感覚もなかった。何の抵抗もなく振り切れたんだよな。


「レオン、本当に俺がやったの?」

『そうだよ。ビュンってしたらスパパパってなってバタタタってなったよ。ぼく、すごい?』

興奮気味にレオンは答える。そういえばこの剣、ドラゴンを真っ二つに出来たんだった。


「すごすぎるよ、レオン」

鞘を軽く撫でながら答えるしか、もう出来ないな。




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次回は2月21日月曜日18時です。

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