#8 夏祭りと金魚とうなじ
暁美に告白してオーケーを貰ってから俺たちは順調に交際を続けている。
俺は彼女を下の名前の暁美と呼ぶようになり、暁美は俺の事を英次クンと呼ぶようになった。
中間テストが終わって、普段通りの学校生活を送る中で、特にお互い付き合っているのを隠さなかった。
わざわざ公言するような事もしないけど、コソコソ隠れるような付き合い方をしないと二人で話合って決めた。
だからと言って、教室でいちゃついている訳ではない。
お互い物静かな性格とこれまでのクラスの雰囲気もあるから、教室では今まで通りにしている。
週二回の美化委員で必然的に一緒になるし、なるべく昼食時や登下校は一緒にいる様にしているから、二人の時間は存外少なくない。
週末の土日も出来るだけ一緒に過ごしている。
お互い高校生でアルバイトもしていないので、頻繁に外に出掛けるようなデートは出来ないので、お互いの家で過ごす事が多い。
暁美は母さんとは既に面識があったが、別の日に父さんとも出会っている。
父さんからは英次が女の子を連れてきただと?!と驚かれた。
なんか失礼な気がしないでもないが、今まで家に友達を連れてきた事がないから驚愕されるのも無理はないのかもしれない。
逆に俺が暁美の家にお邪魔した時は、暁美の両親の反応は特別変なことはなかったけど、お姉さんの聡美さんに会った時は色々質問攻めにあった。
暁美のどんな所が好きとか、どっちから告白したのかとか、学校での暁美はどんなだとか、色々訊かれた。
それに対してやめてよ!お姉ちゃんッ!、と暁美は両手で聡美さんの背中をグイグイ押して、部屋から追い出していた。
俺としても馴れ初めやらなんやら色々訊かれるのは恥ずかしいので助かるし、多分、暁美もあまり訊かれたくないのだろう。
暁美が聡美さんと接する態度は学校でのそれとは違って、凄く自然体だった。
家族なのだから当然だけど、姉妹仲が良いんだなぁ、と微笑ましくなった。
ただ、あまりにもお互いの家でしかデートしてないので、母さんからたまには街に出掛けなさいと言われ、少しお小遣いを貰った。
その話を暁美にすると、彼女のお母さんも同じ考えだったらしく、デート用のお小遣いを貰ったそうだ。
お小遣いと言っても少額なので、近所のオシャレなカフェに行って、スイーツなどを食べながら話ているだけだけどな。
そんな感じで、お互いの家やたまに街に出掛けたりして、楽しい時間を過ごしながら高校2年の一学期は過ぎていった。
しかし、中間テストとは違い、7月の夏休み前の期末テストは範囲も広く難しいので、テスト直前は暁美とずっと勉強漬けだった。
これが終わると待望の夏休みが待っているので、気が抜けなかった。
俺も暁美も元々の成績は悪くないので赤点をとって夏休みに補習を受けるような事にはならないと思っていた。
しかし、本命は俺たちが付き合い始めた事によって成績が落ちればお互いの両親が何かしら言ってくるかもしれないと心配になって、気が抜けなかった。
折角、暁美と一緒に過ごせる夏になるはずが、補習やら親の小言に邪魔されて台無しにしたくない。
それは暁美も同じ考えだったので、二人で一生懸命にテスト勉強に励んだ。
そして無事俺と暁美は赤点をとる事もなく、学年上位の成績もとれたので親から特に何も言われる事もなく夏休みに突入出来た。
と言ってもやる事は普段と変わらずお互いの家を行ったり来たりするだけだった。
やはり金銭的な部分が大きい。
有名な遊園地は高くてとてもじゃないが俺たちのお小遣いでは行けない。
繁華街で遊ぶにしても多少お金が掛かるし、暁美はそういった場所は苦手みたいで、俺たちにとっては特別楽しめるものではなかった。
しかし、夏と言えば夏祭りだ。
定番中の定番だが、お金もそれほど掛からないし、普段と違った雰囲気を味わえる。
俺たちの地元からちょっと離れた場所に有名な祭りがある。
暁美がその情報と共に、ぜひ行ってみたいと目を
小さい頃は近所の夏祭りに真依と瞳ちゃんと行っていたが、規模も小さいものだったし、中学校に進学してからはあまり行っていなかった。
暁美も小さい頃はよく聡美さんと近所の夏祭りに行っていたそうだが、それまた同じような理由であまり行かなくなったそうだ。
そういった事もあって、折角だし、行こうという事になった。
そして今、俺は待合せ場所のその祭りの最寄り駅に来ている。
あと少しで暁美が来るはずだ。
ホームに電車が到着すると、続々と乗客が降りてくる。
殆どの人が俺たちと同じ祭り目的の様だ。
全体的にカップルが多く、浴衣を着た人たちもチラホラ見受けられた。
そんな人ゴミの中、ホームから降りてくる浴衣姿の女の子と目が合った。
クリーム色の生地に朱色の金魚や
髪は頭のてっぺんでお団子ヘアーで纏め、メガネを掛けている。
どこか暁美に似ている気が・・・
「暁美・・・?」
その浴衣姿の女の子がこっちに近づいてくる。
「おまたせ、待った?」
「え、あ、あぁ・・・」
「どうしたの?なんか変だよ?」
俺は暁美の雰囲気の違いに心の中で感嘆し、呆気に取られた。
暁美はそんな俺の様子に小首を傾げている。
綺麗な浴衣姿に、普段おさげの三編みしか見たことがなかったお団子ヘアー。
メガネはいつも通りだけど、化粧をしているのか、唇がいつもより紅い。
それは決して派手なものではなく、寧ろ、上品で大人の女性のようだ。
夏の雰囲気と相まって、俺は凄くドキッとした。
「いつもと雰囲気が違ったからちょっと驚いてた・・・」
「そうだったの・・・ど、どうかな?変じゃないかな?」
「うん、凄く似合ってる。一瞬、ドキッとした・・・」
「ほんとー? 嬉しい・・・」
暁美は恥ずかしそうにハニカミながら少し俯いた。
それに
湿気を帯びた8月の生暖かい風で少し汗ばんだ肌にうなじの髪の毛がなんとも艶めかしい。
うぅっ、健全な男子高校生にこの妖艶な悪魔は体に毒だ・・・
俺がまた少し呆けていると、暁美が俺の手を取って、行こっ?とお祭り会場へ先導してくれた。
道中も結構な人がいるが、混雑して身動きが取れないほどではない。
俺たちは手を繋ぎならお喋りを楽しんだ。
今日の暁美の化粧はお姉さんの聡美さんがやったらしい。
女性は化粧で変わると言うが、ここまでとは思わなかった。
派手すぎず、ケバすぎず、控え目で、それでいてちょっと背伸びした女の子をイメージして化粧を施したらしい。
流石、聡美さん。自分の妹の事をよく分かってらっしゃる。
しかし、それのせいで俺の精神力がガンガン削られてる。
悪い意味ではないけど・・・
終始いつもと雰囲気の違う暁美にドキドキしながら、なんとかお祭り会場に到着した。
会場は今まで訪れた夏祭りとは違い、かなり広々としていて、道の両端にズラリと出店が並んでいる。
ホットドッグや、焼きそば等の軽食類から、金魚すくいや、的あて等の遊び類もいっぱい並んでいる。
中には、焼きそばやたこ焼きなどの人気なものはなん店舗か被りがあった。
まぁ、広さがあるからそこら辺は仕方ないのだろう。
少し小腹が空いたので、8つ入のたこ焼きを二人でシェアした。
お客さんが多く、回転率が早い事からその屋台では常に出来たてが提供されていた。
その為多少の待ち時間はあったけど、それに見合う美味しさがあった。
外はカリッとして、中はトロッと熱々なので、暁美ははふっ、はふっと言いながら一生懸命食べていた。
そんな暁美を見て、本当にそんなに熱いのか?と思い、思いっきりたこ焼きを口に含んだら、想像していたよりもかなり熱く、舌を軽く火傷した。
そんな俺の様子に暁美は慌ててお茶のペットボトルを差し出してくれた。
冷えたお茶で火傷部分を冷やし、少し落ち着くと、暁美にだから気をつけてって言ったのにッ!と怒られた。
その怒った顔も可愛いと思ったが、決して口には出さない。
たこ焼きを食べ終えた俺たちは他の出店を見て回った。
提灯の柔らかい光に照らされた屋台たちはどこか幻想的な非日常を与えてくれる。
その一つに暁美が吸い寄せられていった。
―――金魚すくい。
のれんに書かれていた文字を見て一人納得した。
今日の暁美の浴衣には金魚が描かれている。
これはやらざるを得ないだろう。
店主のおじさんに500円を手渡して、ポイを三つ受け取る。
水槽には所狭しと金魚たちが泳いでいる。
赤色に黒色。少し模様が入っているヤツもいる。
俺は暁美にポイを一つ手渡した。
「やった事あるのか?」
「うん、あるよ。でも、取れた事は一度もないの。なにかコツとかあるのかな?」
「う~ん、俺はあんまりやった事ないけど、真依が結構簡単そうに二、三匹取ってたから難しくないと思ってたけどな。コツかぁ・・・」
「じゃ、とりあえずやってみよ?」
俺は頷き、水槽の中を覗き込んだ。
狙いを定めて金魚をすくおうとしたが、あっさりと紙が破れて失敗した。
むむ、思っていたより難しいな。
俺が失敗したのを見て、暁美は小さく微笑んで、今度は私の番だね、と水槽を覗き込んだ。
袖口を濡らさないように左手で押さえながら、右手に握られたポイを小さく掲げた。
暁美は俺よりも慎重で、ゆっくり時間を掛けて狙いを定めている。
しかし、俺と同じようにあっさりと紙が破れて失敗した。
「へへへ、難しいね。あと一回になっちゃった」
暁美は意外とあっけらかんとしていて、初めから上手く取れるとは期待していなかったのかもしれない。
「ナナメにすくえ・・・」
金魚すくいの店主のおじさんが不意に声をかけてきた。
俺たちは突然の事だったので、呆気にとられて反応出来なかった。
「それをナナメに入れて、ナナメにすくえ。折角なんだ彼女に良い所みせてやれ」
おじさんの言い方は凄くぶっきらぼうなものだったが、その言葉が金魚すくいのコツである事を理解した俺はおじさんにお礼を言って、水槽を覗き込んだ。
ナナメ、ナナメと心の中で呟きながら泳いでいる金魚たちを目で追う。
すると、逃げ惑う魚の群れからはぐれたような金魚がちょうど一匹、俺の目の前にきた。
俺は無我夢中でそいつに狙いを定め、ポイをナナメに入れた。
ゆっくりと水の中で手を動かし、その金魚を紙の上に乗せる。
そのまま、水面を切るようにポイを持ち上げ、見事すくう事が出来た。
俺の成功に、暁美はすごいッ!すごいッ!と子供のように喜んだ。
たかが金魚すくいと思っていたが、思った以上に楽しめたし、暁美の楽しそうな姿を見れて良かった。
すくった金魚を店主のおじさんに持ち帰り用の袋に入れてもらい、俺たちはもう一度お礼を言って、店を去った。
太陽が完全に沈んで夜が深まると、この夏祭りでは打ち上げ花火が始まる。
俺と暁美は花火が見やすい小高い丘へと移動した。
周りにはチラホラとカップルがいるが、混雑するほどではない。
もしかしたら、ここは穴場スポットなのかもしれない。
ベンチに腰掛け、暁美が金魚を眺めているとすぐに、ドンッ、ドンッと轟音が響き渡った。
色とりどりの花火が打ちあがっては、消えていく。そして、また別の花火があがる。
俺と暁美はそれに見入っていた。
綺麗だね、と呟いた暁美の横顔を覗く。
花火の色とりどりの光を浴びた暁美の表情が幻想的に映る。
俺の視線に気づいた暁美がこちらに振り向いた。
数秒見つめ合って、自然とお互いの唇と唇が重なった。
しかし、お互いの歯も重なり、痛ッ!と小さな悲鳴があがった。
恥ずかしさからハハハッと乾いた笑いがでる。
暁美も恥ずかしさを誤魔化すようにフフフッと笑っている。
もう一度目と目が合い、今度はさっきよりもゆっくりと流れるようにキスをした。
時間にして一瞬だっただろうが、俺にとっては凄く長い時間に感じられた。
キスを終えた唇は俺の心を少し寂しい気持ちにさせた。
少し俯いた暁美は上目遣いでこちらを見てくる。
「・・・好き」
「あぁ、俺も好きだよ・・・」
俺はこの夏の事を一生忘れないだろう。
εεεあとがきεεε
夏祭りとか浴衣の描写って結構出てくる気がしますが、うなじってあまり描かれない気がします。
オッパイなどの直接的なエロもいいですが、こういったエロも良いと思いますので、ドンドン描写していきましょう。
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