#7 二度目の告白
約束の土曜日の朝。
普段ならダラダラと二度寝などして、昼前に起きたりするのだが、今日は平日と変わらない時間に目が覚めた。
再びフトンに潜る気にもなれず、朝からソワソワしている。
「なに朝から落ち着きないわね。友達が家に来るくらいで緊張してるの?」
「いや、そうゆーわけじゃないけど・・・」
母さんに呆れられて、一応否定したが、これは嘘だ。
ハッキリ言って緊張している。
母さんはただの友達が来ると思っているかもしれないが、俺にとっては好きな女の子で、緊張しない方がおかしいくらいだ。
「紅茶入れるけど、英次も飲む? まだ駅に迎えに行くまでには時間あるんでしょ?」
「あぁ、ありがとう。飲むよ」
母さんが入れてくれた紅茶を飲んで少し落ち着き、雑談している内に、時間が迫って来たので駅に向かった。
森凱さんが乗る時間の電車は前もって聞いていたので、電車が時刻通りにくるならすぐ分かる。
11時3分。
予定通りにホームに電車が到着した。
改札の向こう側から続々と人が降りてくる。
若干、地元の知り合いに会ったら面倒くさいなぁ、と思っていたが、そんな事はなかった。
改札を抜けた森凱さんは俺を見つけると小走りで駆け寄って来た。
いつものおさげの三つ編み。
ゆったりサイズの裾が少し広がっているライトブルーのジーンズにベージュ色のこれまたゆったり目のトレーナーの上に薄手のパーカーを着ている。
全体的に柔らかい印象で派手さはないけど、可愛らしい。
メガネもいつも付けているものと違う気がする・・・
「おはよう、時間通りだね」
「おはよー、うん、待った?」
「いや、時間分かってるし、今来た所」
森凱さんはそうだよね、と言ってちょっと慌てた素振りをみせた。
メガネの事を訊いたほうがいいのかなぁ・・・
でも、ハッキリと学校で付けているものと違うと確証がない。
もし間違ってたらその方が気まずいしなぁ・・・
でも、女の人って些細な変化に気付いてもらえると嬉しいって言うしなぁ・・・
ってか、父さんがそんな話していた気がする・・・
「―――メガネ変えた・・・?」
「えっ?」
俺の声が小さかったからかハッキリと聞き取れなかったみたいだ。
この声の小ささも自信のなさの表れだなぁ・・・
「メガネね。学校で付けてるのと違うような気がしたから」
「あっ! うん、これはお出かけ用なの。よく気付いたね。形も殆ど一緒で、フレームに薄っすらと模様が入ってるだけなのに」
そう言って森凱さんは俺にそのフレーム部分を見せてきた。
うん、確かに薄いグラデーションで縞模様が入っている。普通気付かないよな。
俺もハッキリと気付いた訳じゃない。何となくそう思っただけだ。
「地味な変化だけど、森凱さんらしいかな」
「えっ?!」
「あっ! 別に悪い意味じゃないよッ!・・・ごめん、気を悪くしたなら謝るよ」
「ううん、別に気にしてないよ・・・」
とは言いつつ、少しテンションが下がったような気がする森凱さん。
俺って本当にダメなヤツだなぁ・・・
「似合ってるよ、そのメガネ・・・」
「あっ、ありがとう・・・」
森凱さんは嬉しそうな笑みを俺に向けた。
初めからこう言えば良かったんだ。
本当に気が利かない・・・
でも、俺のぶっきらぼうな言い方を聞いた後でも俺の褒め言葉に嬉しそうにする森凱さんを見られて良かった。
そうこうしている内に家に到着した。
玄関を開けるとすぐに母さんが俺たちを迎えてくれた。
「いらっしゃい。英次がいつもお世話になってます。英次の母の真桜よ。宜しくね」
「あっ、は、初めまして森凱暁美と言います。こちらこそいつも黒若君にはお世話になってます。宜しければこれ、ど、どうぞ」
母さんの挨拶にしどろもどろで返事をする森凱さんは手に持っていた紙袋を差し出した。
「今日、黒若君の家に行くって母に行ったら持たせてくれました。私の地元で有名な和菓子屋の水ようかんです。宜しければ皆さんで召し上がって下さい」
「あらあら、ご丁寧にありがとね」
母さんは森凱さんが差し出した水ようかんの入った紙袋を手に取った。
そして暫く、森凱さんを見詰めた。
「あ、あの・・・」
母さんに見つめられている森凱さんはどうしていいか分からないように困惑していた。
俺もどうしていいか分からない。
お客さんが来たんだから、まずリビングなり奥に案内してほしい。ここはまだ玄関だ。
時間にしてはほんの数秒だったのかもしれないが、母さんは森凱さんを見つめるのをやめ、俺たちをリビングに案内した。
そして、テーブルへ座るように促すと、何処かへ行ってしまった。
森凱さんは俺に不安そうな視線を向けてくるが、俺も母さんの行動の意味が分からず、お互い無言のまま見つめ合った。
すると、すぐに母さんがリビングに戻ってきた。
「はい、これ! 言っていた小説よ」
「は、はいッ! ありがとうございます」
母さんは今日の目的である小説を取りに行っていたみたいだ。
森凱さんはそれを両手でしっかり受け取った。
俺はてっきり、母さんが森凱さんに色々質問して、物を貸しても良い人物かどうか確かめるつもりだと思っていたからちょっと拍子抜けだ。
まぁ、面倒事がないに越した事ないけど。
それから、母さんは昼食を作る為に台所に立った。
料理が出来上がるまで俺と森凱さんは少し勉強する事にした。
妹の真依たちとは一週間違いで俺たちの高校は中間テストがある。
週明けの月曜日からテストなので今週はテスト勉強に励んでいた。
とは言っても、進級したての一発目のテストなので、範囲も広くないし、1年生の頃のおさらい的な意味合いが強い。
俺も森凱さんも比較的成績は悪くないので、今日家に集まる余裕があった。しかし、油断は禁物という事で多少一緒に勉強しようという話の流れにもなった。
勉強を始めてすぐに母さんから声が掛かったので、あまりテスト勉強は進まなかった。
「もうすぐにお昼出来るから食器とか用意して頂戴ッ!」
森凱さんと一緒に食器類をテーブルに並べる。
母さんがシューマイを盛った大皿をテーブルの真ん中に置いて完成した。
俺は朝から母さんが仕込みをしていたのを見ていたので、今日の昼がシューマイだと知っていた。
そして、母さんの手作りシューマイは控え目に言っても旨い。
本格中華料理屋に出てきてもなんらおかしくない。
中の餡にちょっとした工夫をしているらしいが、俺は詳しくは知らない。
シューマイを見た森凱さんが感嘆の声をあげた。
「わぁぁ、すごい・・・ これって全部手作りですか?」
「そうよ、数作るのはそれなりに大変だけど、フライパンで作れるから意外に簡単よ。さぁさぁ、お腹も空いてるだろうし、早く食べましょう。足りなければ追加で焼くし、少しだけど白米もあるから、ドンドン食べてね」
俺たち三人は頂きますをし、仲良く食べ始めた。
森凱さんは美味しいですと母さんに連呼しながら頬をほころばせながら食べていた。
実際に母さんのシューマイは旨いからその気持ちは分かる。が、俺はあまり素直な感想を口にしない。
因みに真依はテスト週間が終わり、今日は部活だ。
父さんはそんな真依を車で送り、そのまま買い物に行くと言っていた。
何やら気になる家電があるとかないとか・・・
そういう理由で三人で食事をしている。
まぁ、森凱さんは大人数が苦手そうだし、かえって良かったのかもしれない。
お腹いっぱいになるまで食べた俺と森凱さんは食後は俺の部屋で勉強する事になった。
食後すぐに、皿洗い手伝いますって森凱さんが買って出てたけど、母さんがやんわり断った。
食後は森凱さんに母さんはグイグイ話しかけるかと思っていたが、テスト勉強してらっしゃい、と軽くリビングから追い出された。
たまに母さんは俺の予想に反した行動をとる。
俺の部屋に移動し、座卓に勉強道具を広げ黙々と集中する。
自分の部屋に森凱さんがいる事実が時折、俺の集中力を削ぐ。
机から顔を上げると、すぐ目の前に森凱さんの顔があった。
座卓に置いてあるタブレットを操作し、スラスラ問題を解いている森凱さん。
小さくぷっくり膨らんだ上唇は桜の花びらのような薄いピンク色をしている。
暫く見惚れている事にハッと気づき、また勉強を再開する。
なんかこの前の事を思い出す・・・
俺はアホか、学習しろよ・・・
理性では分かっていても人間とはその通りに行動出来ないみたいで、また顔を上げ、森凱さんの方へ視線を向けると、彼女も同タイミングで顔を上げ、俺と視線が交差した。
見つめ合ったまま時が流れる。
何故か沈黙が周囲を支配し、時が止まったかのようだ。
「―――っ・・・」
―――コンコン
森凱さんが何か言おうと口を開いた瞬間、ドアのノックが聞こえた。
「勉強捗ってる? 暁美ちゃんから貰った水ようかん切ったからちょっと休憩にしないさい」
母さんがお盆に水ようかんと飲み物を乗せて、部屋に入ってきた。
決してやましい事をしていた訳ではないが、ノックの音で少しビクついた。
そんな微妙な空気を察しってかは分からないが、母さんはお盆を置いてさっさと退室していった。
出された水ようかんの一切れを爪楊枝で刺す。
すごく柔らかくなんの抵抗感も感じずスーッと突き刺さった。
森凱さんも同じく水ようかんを口に含んだ。
お互いに美味しいねとか甘いねとか無難な言葉が口をついた。
不意に森凱さんが半切れ程食べた水ようかんを皿に置き、真剣な顔付になった。
「ね、ねぇ・・・ 黒若君・・・」
その真剣な眼差しに俺は息を飲んだ。
眉毛は八の字に曲がっており、不安を表しているかのようだ。
「この前、お花が好きって言ってたけど、あれって・・・ 本当にお花の事、だった・・・の?」
「はっ?」
呼吸を忘れていた肺が大きく息を吸う前の準備として吐いたような変な声がでた。
まさか、彼女からその話をされるとは思わなかった。
「あっ、ごめんッ! あの時すごく真剣な顔だったから気になっただけで、変な意味じゃないから、ハハハ、変だよねこんな事訊くの・・・ ごめん、忘れて・・・」
森凱さんは慌てた素振りでまくし立てた。
そんな彼女の姿を見て、俺は自分自身が凄く情けなるのを感じた。
あの時も俺の間抜けさと不甲斐なさで場の空気を悪くして、今は彼女を困らせている。
しかし、何故か今はあの時よりも冷静で、落ち着いた気持ちにもなっている。
ここで言わなきゃ男じゃないだろ。
「花は好きだよ。でも、あの時は森凱さんに見惚れていたんだ」
俺が口を開いたことによって、森凱さんはさっきまでの慌てた様子ではなく、俺の話を聞く姿勢になった。
「俺が森凱さんに見惚れていた理由は・・・凄く可愛いと思ったからなんだ。それでボーっとしてたら森凱さんにどうしたの?って訊かれて思わず心の声が漏れて・・・ それが恥ずかしくってその後必死に言い訳して・・・」
森凱さんは俺の話を静かに聞いてくれている。
「えーっと、つまり何が言いたいかって事だけど―――好きだって事。俺は森凱さんが好きなんだ。その・・・俺と付き合ってくれ」
「―――うん、私も黒若君の事好き・・・ 一緒にいてて安心する」
森凱さんははにかみながら照れくさそうに少し俯き加減になった。
俺の情けない一度目の告白からの想いはこの瞬間実を結んだ。
俺たちは残りの水ようかんを食べきり、テスト勉強へ戻った。
途中、顔を上げると時々森凱さんと目が合う。
その度に彼女はヘヘヘとはにかんだ。
まだ人生17年しか生きてないけど、これが幸せって感じなんだろうか。
その後キリの良い所まで終えた俺たちは、暗くなるまえに解散して、森凱さんを駅まで送った。
駅までの道中、そっと彼女の手を握ると、少し弱めの力で握り返してくれた。
εεεあとがきεεε
更新遅くてすいません。
やっと全体の話の半分ぐらいです。
さて、後半戦はタイトル回収へ向けて動いていきます。
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