#6 自宅へのお誘い




 瞳ちゃんと夕飯を一緒に過ごした日から土日を挟んだ月曜日の朝。

 正直、土日をどう過ごしたか具体的な記憶がない。

 多分、ずっと上の空だったのだろう。

 原因は分かっている。


『家に連れていらっしゃい』


 母さんのあの一言がずっと気になっている。

 森凱さんに約束の小説を貸すなら、家に招待しなければいけない。

 母さんが直接貸さずに、俺経由で貸してくれてもいいとは思うけど、その小説は母さんの物なので俺に決定権はないし、それに普段から母さんにはあまり逆らえない。

 周りの男子は思春期で母親にクソババァとか言ったりしているらしいが、俺がそんな事を言おうものなら、どうなるか怖くて想像すら出来ない。

 父さんも母さんには頭が上がらないし、唯一真依だけがちょっと逆らってはいるが、まだ可愛げがある範囲だけだ。

 それだけ母さんには有無を言わせない凄味がある。

 だけど、理不尽な事で俺たちを怒ったりはしない。

 寧ろ、俺たちが理不尽な事や悪い事をすると烈火の如く怒る。

 だから、あまり悪さをしようとは思わず育ってきた。特に母さんの前では・・・


 でも、逆に考えればこれをきっかけに森凱さんとの距離を縮められるかもしれない。

 母さんの所為で小説を貸すなら家に呼ぶしかないと言う正当性が俺の中にある。だから、自宅への招待もそこまで抵抗はない。

 ただ、今の俺と森凱さんとの距離感は気軽に家へ誘える程近いとは思えない。

 先日に俺がやらかした事もあって、寧ろ、気まずさすらある。

 どうしたものかと考えている内に月曜日の朝になった訳だ。


「いってきまーす」


 答えが出なくても時間は待ってくれない。

 登校の時間が迫っていたのでとりあえず、学校へ向かう。

 道中もその事ばかり考えていたので、危うく電車を乗り間違える所だった。


 教室に入ると森凱さんはすでに登校していて、自分の席でタブレットを操作していた。

 多分、読みかけの小説を読んでいるのだろう。


「おはよう、森凱さん」

「あっ、おはよう。黒若君・・・」

「あのさぁ、今日のお昼一緒に食べない?」

「えっ?!」

「ちょっと話したい事があるんだけど・・・」

「うん、いいよ」


 挨拶ついでに何とか約束を取り付ける事が出来、心臓をバクバクさせながら自分の席に着いた。

 登校中まであれこれ考えていたけど、もう覚悟を決めていた。


 暫くすると担任の先生がきて、HRが始まった。

 そのままいつも通り、1限目から4限目まで過ぎていった。

 正直、お昼の事を考えてて全く授業内容を覚えてない。これは家に帰ってから復習しなきゃなぁ・・・


 そして、4限目の終わりを知らせるチャイムが鳴ると、クラスのみんなはそれぞれ思い思いの行動を取った。

 仲の良い者同士で机を引っ付け合い、それぞれの弁当を広げる。

 複数の男子は購買部へダッシュで駆けて行った。

 ゆっくりと食堂を向かう者たちもいる。


 俺は母さんの手作り弁当を片手に森凱さんの机に向かった。


「大した話じゃないんだけど、せっかくだし用務員室に行こうか?」

「うん」


 鞄から弁当を取り出した森凱さんと共に教室を抜け、用務員室へと向かった。


 用務員の田中さんに事前に連絡していて、用務員室の使用許可をもらっている。

 その際、『頑張れよ』と言うメッセージがサムズアップの絵文字と共に送られてきた。

 変に気を遣わせたと言うか、余計なお世話と言うか何と言うか・・・


 あまり大っぴらに用務員室を出入りしない方がいいが、美化委員である俺と森凱さんだけなら委員の事だろうとあまりツッコミは入れられないと思う。

 まぁ、他の生徒に見つからない事に越した事はないけど、そこまで気にする事でもない。


 用務員室に着いた俺と森凱さんは使い古されたソファーに座った。

 大体10畳ぐらいの大きさに所狭しと物が置かれている。

 書類を整理する為の古ぼけた本棚や、仕事で使うであろう備品を収納する少しさび付いたロッカー。

 全体的に使い古された物ばかりだ。

 田中さん曰く、先生や生徒が使わなくなった物のお下がりを修理したりして使っているらしい。

 それに対して森凱さんが何か可哀そうって言うと、学校の予算は生徒に対して優先されるべきで、用務員の使う物なんてのは一番最後でいいんだよって豪快に笑い飛ばしてた。

 今まで用務員の人と関わる事なんてなかったけど、色々大変なんだなぁ、と朧げに思った。


 俺と森凱さんはソファーの前に置かれてるこれまたちょっと年代物っぽいローテーブルに弁当を広げた。

 森凱さんの弁当箱は小振りな薄いピンク色で、蓋に桜の花びら模様が数枚散っている。

 中身も男子が好きそうな茶系の食べ物ばかりではなく、ブロッコリーなどの野菜が入っていた。

 俺のは弁当箱は黒一色で、中身もプチトマトが入ってるぐらいで、面白味のない弁当だ。


「わぁー、黒若君のお弁当結構凝ってるね」

「えっ? そう? 多分、冷凍ものばっかりだと思うけど・・・」

「ううん、多分、手作りばっかりじゃないかな? この肉巻きとか冷凍食品で見たことないし・・・」


 そうなのか? 料理なんてした事ないし、全部母さんがやっているからあまり分からない。


 そんな他愛もない会話をしながら弁当を食べ終えた。

 そんなに引っ張る話でもないけど、何となく弁当を食べてから話したかった。

 俺は弁当を片付け、一息ついて喋り始めた。


「それで、この前言ってた小説の事なんだけど、母さんの許可が下りて、貸してもいいって」

「そうなんだ、ありがとう」

「でも、母さんが直接渡したいって言ってて、森凱さんが俺の家に来てもらわないといけないんだけど、それでもいい?」

「えっ? そう・・・」


 森凱さんはちょっと驚いた表情をして、逡巡しているようだった。

 そして、何やら決心した表情と共に口を開いた。


「うん、いいよ。ちょっと緊張するけど、その小説ってお母さんのだし、こっちから借りに行くのが筋だと思うし」

「ありがとう、そういってくれて良かったよ。正直、こんなの面倒くさいだけだと思ってたから断られると思ってた」

「そんな事ないよ。ただ、ちょっと緊張するかなぁ・・・」


 森凱さんは少し不安そうな表情を見せている。

 まぁ、いきなり家に招待されたら多少ビビるのは仕方ないと思う。

 一応、母さんが余計な事しないように注意しなければならないなぁ、と気を引き締めた。


 その後も他愛もない会話を交わし、予鈴前に教室に戻った。

 放課後に母さんにメッセージで連絡を入れ、折角だし、土曜に連れてきてお昼を一緒に食べようと言う話になった。

 その事も森凱さんへメッセージを送って知らせると快諾してくれた。


 俺は当面の心配事が解決したのと週末が少し楽しみで、この一週間はあっという間に過ぎて、約束の土曜日になった。


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