#5 森凱姉妹





「―――好きだ」


 今日の黒若君の言葉が頭を何度も駆け巡る。

 彼は花が好きだって言っていたけど、あの時のあの真剣な表情が印象的で脳裏に焼き付いて離れない

 帰宅した私はベッドに横になり、真っ白な天井を眺めながら今日の放課後の出来事を振り返っていた。


「好きって私の事じゃないよ・・・ね?」


 疑問を実際に口に出してみた。

 その内容があまりにも恥ずかしいので、枕に顔埋め小さく唸る。

 何考えてるんだろう、私・・・

 ひとしきり悶絶すると少し冷静になる。そして、また何もない天井を眺めて黙考する。

 黒若君は花が好きって言ったじゃない。何勘違いしているのよ。

 そう自分に言い聞かせるけど、よこしまな自分に都合のいい考えが何度も泡のように湧き出てくる。


「だって、あの真剣な表情とその後の慌てっぷりたら・・・」


 何度も自分に言い訳をしている。

 する必要なんて無いんだけど、言い訳せずにはいられない。


「でも、こんな地味な私を黒若君が好きになるはずないじゃない。私のばかッ!」


 私と黒若君がいるクラスは比較的みんな仲が良い。

 特にスクールカーストなるものもなくて、誰かがイジメられている事もない。

 当然、特に仲の良い人たちのグループもあるけど、みんなまんべんなく仲良くしている。

 そんな中、黒若君は私のクラスでは女子人気が高い。

 表立ってモテてる訳ではないけど、密かに人気がある。

 男子高校生なんて下品な話やバカ騒ぎが好きなので、それが嫌な女子たちが黒若君を好意的に見ている。

 彼はクラスでは大人しく、よく読書しているのを見かける。

 だからと言って、ボッチって訳ではなく、誰ともまんべんなくお話をしている。

 だからか、他の男子に比べてクールで大人っぽく見える。

 それに私は彼が意外に顔立ちが良いのを知っている。

 美化委員で一緒になってそんな素顔や、クラスでいる時とは違ってよくお喋りする事を知って、意外だなぁと思った。

 そして、クラスにはもう一人女子人気が高い西野君って子がいる。

 彼は明るくクラスのムードメーカー的ポジションだ。

 顔も童顔で、所謂かわいい系の男子だ。

 見た目の割にはリーダーシップもあり、意見が纏まらない時は率先してみんなを導いている。

 だから、彼は黒若君とは違ってかなり表立ってモテている。

 告白する女子は後を絶たないそうだ。


 でも、私はそんな西野君よりも黒若君の事の方が気になる。

 私は大人しくて無口な方だから、黒若君と話してる方が落ち着く。

 もしかしたら、この感情は憧れに近いのかもしれないけど、美化委員で一緒に活動する度にその気持ちが大きく膨れ上がっている気がする。


「宿題しよっと・・・」


 私はこのモヤモヤした気持ちを振り払うべく、とりあえず勉強机に向かった。

 宿題の内容も量もそれほど難しくないけど、中々進まない。

 気がつけば窓の外をボーッと眺めて、ハッと我に返って、机に向き直った。

 そんな事を繰り返したせいで、宿題が終わるのが夕ご飯ギリギリになるまで掛かってしまった。


 ご飯を食べてる時も上の空でお母さんにちょっと心配された。

 テレビに映ってる映像も全然頭に入ってこないし、記憶に残らなかった。

 そのままボーッと考え事をしながら、お風呂に入ったが、長くお風呂に浸かりすぎてお母さんに怒られた。

 風呂上がりの濡れた髪を乾かすために、洗面台でドライヤーをあてていると、バイト帰りのお姉ちゃんが入ってきた。


「おかえり、お姉ちゃん」

「ただいま、暁美。はぁ〜、今日も疲れたー」


 森凱聡美もりがいさとみ。私の3つ上のお姉ちゃんだ。

 今は大学2年生で県内の大学に通っている。

 お姉ちゃんに話聞いてもらおうかな・・・


「あのね、お姉ちゃん。相談したい事があるんだけど・・・」

「えぇー、今日? 私バイト帰りで疲れてるんだけど・・・」

「そ、そうだよね。ごめん・・・」

「・・・それって、お父さんやお母さんに相談しにくい事?」

「・・・うん。出来れば相談したくないかな」


 お姉ちゃんは私の話を聞いて少しの間、口を閉じた。


「分かったわ。後で私の部屋に来なさい。少しだけど話聞いてあげる」

「うん、ありがとう」

「じゃ、さっさと風呂場代わって頂戴」


 お姉ちゃんに追い出される感じで、私はドライヤーだけ持って脱衣所を後にした。

 ドライヤーで髪を乾かし終えた私は、部屋でゴロゴロしながら待機。

 読みかけの小説を手にとって読み始めるけど、内容が全然頭に入ってこない。

 なんでこの主人公の男の子は急に坂道を下ってるんだろうって思って数ページ前に戻る。

 そんな事を何度か繰り返していると、お姉ちゃんからメッセージが届いた。

『部屋にいらっしゃい』

 端的なメッセージだなあ、と思いながらお姉ちゃんの部屋をノックする。


「ごめんね、疲れてるのに・・・」

「いいよ、いいよ。子供は気にするな」


 お姉ちゃんもまだ子供でしょ?と思いつつも、上下スウェットで缶ビールを飲んでいる姿はとても子供には見えない。


「それで? 相談って? 学校での事?」


 私は今日の黒若君との出来事を話した。

 このモヤモヤした気持ちを吐き出すよう話した。

 お姉ちゃんは終始黙って私の話に耳を傾けてくれて、話が終わり一息つくと、口を開いた。


「良かった〜」

「へぇ?」


 良かったってどういう事?

 私はこんなに真剣に悩んでるのにッ!


「あぁ、ごめん、ごめん。アンタの悩みを馬鹿にした訳じゃなくてね。私はてっきり学校で暁美がイジメか何か悪い事に巻き込まれたかと思って心配したのよ。そーゆう意味の良かったねって事」

「あっ、そうなんだ・・・ 大丈夫、そんな事はないから。心配してくれてありがとう・・・」

「いいのよ、私の早とちりなんだから。それにしても・・・ フフフ、青春してるわね〜」


 そう言って、ニヤニヤしながら缶ビールをゴクゴク飲むお姉ちゃん。

 なんかおじさんっぽい。


「うちのこんな可愛い妹をたぶらかす黒若君ってどんな子なのかしらね」

「なっ?!誑すって・・・ そんなんじゃないよ・・・」

「う〜ん、正直、暁美の求めてるような答えは私には出せないかな。黒若君がどんな子かも分からないし、その発言の意図や状況も具体的に分かりようがないからね」

「そうだよね・・・」


 大きく落ち込む私に対してお姉ちゃんは、残りの缶ビールをグビグビ飲み干してだけど、と続けた。


「この場合大事なのはアンタの気持ちだよ。相手の人の気持ちも気になる所だけど、他人の心なんてのは完璧に分かりようがないの! だから、もっと身近な自分の気持ちを大切にするの」

「自分の気持ち・・・」


 私は自分の胸に手を当ててみた。

 お姉ちゃんはそれをまるで子犬か何か小動物を見る眼差しで見つめてきた。


「くぅ〜、アンタ見てたらこっちまでキュンキュンしてきちゃうじゃない! おじさん辛抱たまらんッ!」

「わッ?! ちょっとお姉ちゃん! 抱きついて来ないでよ! しかもお酒臭いっ!」


 早生まれのお姉ちゃんは先月20歳になり、早速お酒を飲むようなったけど、たまにこんな感じで絡んでくる。

 高校生の私にはお酒の良さなんてよく分からなくて凄く迷惑だけど、今日だけは許してあげる。

 だって、胸のモヤモヤが少し晴れた気がするから。

 ありがとう、お姉ちゃん。


「あけみぃぃぃっ! 女は度胸よッ! 命短し恋せよ乙女ッ! いけぇぇ! あけみぃぃぃ」


 前言撤回。やっぱり酔っ払いは面倒臭い・・・

 



 

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