#4 黒若一家の日常+
真依が勢いよくリビングを飛び出すと、すぐに玄関の方から
その元凶の三人の内の一人は男の父さんなのでこの言葉は正確ではないだろうが、この際どうでもいい。
「ちょっと真依! パパは仕事帰りで疲れてるんだから、そんなにベタベタしないのッ!」
「えー、ママだって、パパにくっつきぱなしじゃん! 不公平だッ!」
「モテる男はつらいぁ、ハハハ・・・」
リビングにたどり着いた父さんは左腕を母さんに、右腕を真依にがっちり固められていた。
こういう場合、父さんはいつも苦笑いを浮かべている。
変に二人に口出しすると、父さんの方へと口撃が移りかねないからだ。
ほんと、モテる男は大変だな・・・
「相変わらずおじさんはモテモテですね」
「いや、どっちも身内だからね、瞳ちゃん。普通、娘っていうのは父親を毛嫌いするもんじゃないの?」
「普通はそうなんでしょうけど、みんながみんなそういう訳ではないと思いますよ。私も別にお父さんの事は嫌いじゃないですし。あっ、いや、真依ちゃんみたいに特別好きではないですよッ!」
瞳ちゃんが照れた笑いを浮かべながら、手で必死に否定のポーズを取っている。
このぐらいの反応が普通なんだろうな。うちの妹が変わっているだけか。
「あら?英次も帰ってたのね。おかえり」
「あぁ、ただいま」
やっと俺に気付いた母さんと挨拶を交わすが、ついで扱いな感じを凄く感じる。
まぁ、父さんみたいにベタベタされても困るからいいけど・・・
「すぐに夕飯にするから着替えてきなさい。せっかくだし真依と瞳ちゃんの勉強も見てあげて。瞳ちゃんは今日は夕飯はうちで食べていくから」
「えっ? そうなの?」
俺は瞳ちゃんへと顔を向けた。
「はい。今日は父と母は二人きりで外食です。確か、結婚記念日だったかな? 一人で留守番出来るって言ったんですけど、心配だからって、おばさんとおじさんに頼んだみたいなんです。ご迷惑をおかけします」
「いやいや、全然迷惑じゃないよ。俺と真依も預かってもらった事あるし」
「そうそう。遠慮しないの。四人分作るのも五人分作るのも大差ないんだから。それに瞳ちゃんは私にとってはもう一人の娘みたいなもんなんだから」
母さんも同意している。瞳ちゃんは真依と同い年だし、もう一人の娘と感じてもなんら不思議じゃない。
という事は、俺にとってはもう一人の妹という事か。
「ありがとうございます」
瞳ちゃんは恭しくお辞儀をした。
昔から彼女はお淑やかで大人しいイメージがあったけど、変わってないな。
対照的に真依は昔から行儀が悪く、お転婆って感じだったが、今もあんまり変わってないな。少しマシにはなっているが・・・
「じゃ、着替えてくるからちょっと待ってて。 真依ッ! お前はいつまでも父さんにくっついてないで勉強に戻れ」
「ちぇ、はーい」
俺は真依を父さんから引き剥がし、二階の自室へと向かった。
ささっと着替え終わって部屋を出た所で、これまた部屋着に着替えた父さんと出くわした。
「英次、さっきはありがとうな。真依のヤツ、中々離れてくれなくて・・・」
「父さんも強く言えばいいんだよ。だから、いつまで経っても真依が甘えるだ」
「そうは言ってもな・・・ 真依には嫌われたくないし。娘って父親の事を無条件で毛嫌いするものらしいからなぁ・・・ 同僚の話を聞いていると嫌になってくるぞ。汚いって理由で洗濯物は別々にされるわ、先に風呂に浸かるとお湯を入れ替えられるわ、顔を見れば、キモイ、ウザイって言われるのは日常茶飯事らしいんだ。 真依にそんな事言われたら父さん生きていけないよ・・・」
愚痴を呟きながら項垂れている父さんの姿はなんとも情けなくうつる。
クラスの女子連中が父親の事をウザイだのなんだのと言っている話は聞こえてくるから、言わんとする事は分かるが、息子の前で情けない姿は見せないでほしい所だ。
女性の扱いの難しさはこんな所にも出ているのかと思うと少し嫌気がさした。
父さんの愚痴を少し聞いて、リビングへ一緒に降りた。
学校支給のタブレットを机に置いて、真依と瞳ちゃんの隣に座る。
二人とも優秀であまり教える事がないが、真依は終始母さんの料理の手伝いをしている父さんをチラチラ見ていて、集中力散漫で、瞳ちゃんよりも勉強の進みが遅い。
「おーい、真依ッ!」
「ぶー!」
度々注意しているのだが、頬を膨らませて悪態をつくばかりだ。
まぁ、真依は自頭が良いからそこまでガリ勉しなくてもいいのだけど・・・
俺は結構必死に受験勉強して今の高校に入学したのに・・・ やっぱり不公平だ。
「そういえば、瞳ちゃんは進路は決まったの?」
「いえ、まだハッキリとは決めてないですけど、英次さんが通っている高校に行けたらなぁ~って思ってます」
「えっ? そうなの? 瞳ちゃんの成績ならもっと上もいけるんじゃないの?。うちは一応進学高だけど、特別偏差値は高くないよ」
「えーっと、家から通いやすいんですよ。それにあそこの制服可愛いですし・・・」
「まぁ、確かに近いか・・・ うちの女子も制服で選んだって子がいたなぁ・・・」
「えっ!? 英次さんは特別仲の良い女の子がいるんですか?!」
瞳ちゃんが腰を浮かせ、身を乗り出してきた。
「ん? いや、ただクラスの女子たちの会話が聞こえてきただけで、誰って訳じゃないよ」
それを聞いた瞳ちゃんは安堵の表情を浮かべているが、変な事言ったかなぁ?
「―――鈍感系・・・」
俺が首をひねっていると真依に睨まれながら意味不明な事を言われた。
お前は俺たちの会話の事は気にせず勉強に集中しろッ!
少しの雑談を交えながら勉強をしていると母さんたちが夕飯の知らせを告げてくれたので、一旦中断して食卓へと移動した。
四人掛けテーブルに五人座るので少し詰めないといけないが、今日の献立は回鍋肉で大皿に大盛になっている。
各々にご飯と味噌汁だけ配られ、後はそれぞれが好きな分だけ回鍋肉を取ればいいようになっている。
普段より大人数で食卓を囲むとこの形式が便利だ。
真依は当然と言わんばかりに、父さんの横に座っている。
父さんの対面には母さんが、その横に俺がいて、瞳ちゃんは俺と真依の斜め横に座っている形だ。
「ほら、パパ。真依があーんしてあげる」
「おう、ありがとう」
「コラッ! 真依! 行儀悪いわよ」
「もー、ママはいちいちうるさいなぁ」
「コラっ! 真依! 母さんにそんな口の利き方はダメだぞ」
「はーい、真依いい子にするから、パパもあーんして」
「だから、やめなさいってばッ!」
また第二ラウンドが始まった。
今日は瞳ちゃんもいるんだし、少しは自重してほしい・・・
未だにワーキャーうるさい三人は全然箸が進んでない。
仕方ない、少し助け船を出すか・・・
「なぁ、母さん」
「なにッ?」
うぉ!? 怖ッ! そんな怖い顔で睨まないでくれ。
「この前言ってた貸してほしい小説の話なんだけど、どう? 貸してくれる?」
「えっ? あぁ、確かアンタの友達が読みたいんだったわよね? どの小説だったかしら?」
「あれだよ。伊賀忍者のやつ。真田十勇士が出てくるやつ」
「あぁ、あれね。そうね・・・ 良いわよ、貸しても」
「ほんと!? ありがとう」
「ただし! その友達家に連れていらっしゃい。私が直接貸してあげるわ。それに、アンタ全然友達を家に連れてこないんだもん」
「えっ!? それは・・・」
「なに!? 嫌なの? それとも連れてこられない理由でもあるの?」
「いや、そんな事ないけど・・・」
「じゃ、決まりね。いつでもいいけど、事前に連絡だけは頂戴ね」
勢いで承諾してしまったが、その友達は女の子なんだよな・・・
家に女の子を呼ぶのはなんか緊張するし、なんか嫌なんだが・・・
しかも、それが意中の子で、今日俺の所為で微妙な感じになったし・・・
父さんに助け船を出したつもりだったが、思った以上に俺への負担がでかい気がする。
遅かれ早かれこの話をすればこういう事になったかもしれないが、不公平を感じずにはいられない。
もういいや。
今日は精神的にかなり疲れたから、面倒事は明日以降の俺に任せよう。
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