#3 妹と年下幼馴染





「・・・ただいま」


 自宅の玄関に入り、帰宅の知らせを告げる。

 やる気のないその音量に気付く家の者は誰もいない。

 玄関からリビングまでは廊下を隔てており、扉も閉まっているので聞こえなく当然だが。

 玄関先には小さ目の運動靴が二つ綺麗に揃えて並べられているのが目に留まった。


「父さんと母さんはいないのか・・・」


 まぁ、あの二人はいつものことだ。

 俺はそれらを気にせず、靴を脱ぎ捨てて、リビングの扉を開いた。


「あっ! お兄ちゃん。おかえりっ!」

「あぁ、ただいま」


 リビングのテーブルに腰かけている妹の真依まいが元気よくこちらに顔を向けた。


「お邪魔しています。英次さん」

「あぁ、瞳ちゃん。久しぶりだね」


 真依の向かいに座っている牧原瞳まきはらひとみもこちらに振り向いた。


「二人揃って勉強か・・・ 偉いな」

「まぁね、今年受験だし・・・」


 真依と瞳ちゃんは同い年で、今は中学3年生だ。

 瞳ちゃんとはお互いの両親が学生時代からの知り合いで、小さい頃からよく3人一緒に遊んだ仲だ。

 小学校も中学校も校区が違うので一緒の学校に通った事はないが、小学生まではクラスの友達よりも遊んだ記憶がある。

 俺が先に中学、高校と進学にするにつれて、少し疎遠になっているが、妹の真依とは相変わらず仲良く、学校が違うにも拘わらずよく遊んでいる。


「部活は?」

「ん、今はテスト期間中だからないよ。だから、瞳と一緒にテスト勉強しよってなったの」


 運動神経のない俺に比べて、妹の真依は運動神経が良い。

 中学ではバスケ部に所属しており、2年の頃からレギュラーで活躍している。

 同じ両親から生まれているのに不平等に感じる。

 まぁ、母さんが絶望的に運動神経がないので、それを受け継いだろう。

 逆に、父さんは運動神経抜群なので、それを真依が受け継いだろう。

 ・・・やっぱり、不公平だ

 因みに、瞳ちゃんはソフトテニス部に所属していて、運動神経が良いかは知らないが、運動部に所属しているのだから、少なくとも俺よりは良いのだろう。


「真依。母さんは?」

「ん、いつも通りだよ。駅前にパパを迎えに行って、そのまま買い物デートじゃないかな?まぁ、スーパーで夕飯の買い足しだけだろうから、すぐ帰ってくるとは思うけど」

「相変わらず真依ちゃんの両親はラブラブだね」

「はぁ~、思春期の乙女にはキツイわ。でも、瞳のところも仲いいでしょ」

「うん。でも、真依ちゃんところに比べると普通だよ」


 真依たちの言う通り、うちの両親は非常に仲が良い。

 実の息子、娘が引くぐらいラブラブだ。

 俺も真依と同じく、中学生の頃はそれが恥ずかしいと感じていたが、今ではそこまで感じてはいない。

 むしろ、最近ではそれだけ好きな人がいるって事は凄い事なんじゃないかとさえ思えてきた。

 

 そんな事を思った為か、俺の脳裏には森凱さんの顔が浮かんだ。


「なに変な顔してるの、お兄ちゃん? 眉間にしわが寄ってるけど、口元緩んでるよ」

「えっ?! な、何でもないっ!」

「なに焦ってるの? はは~ん、久しぶりに瞳に会えて嬉しいんでしょ?」

「えっ? そうなんですか? 英次さん?」


 瞳ちゃんがそのつぶらな双眸を見開いて、俺の顔を窺っている。

 確かに久しぶりにこんな美少女に会えて単純に嬉しい。

 昔から可愛らしい見た目をしていたけど、大きくなるにつれてその美貌に磨きがかかっているように感じる。

 とは言え、まだ中学3年生。幼さは残っている。


「まぁ、久しぶりに会えて嬉しいのは嬉しいな」

「嬉しいですか・・・ 私も嬉しいです」


 瞳ちゃんはニコリと笑ってみせた。


「ちょっとっ、お兄ちゃんっ!! 私の瞳を口説かないでよっ!」

「いや、お前が話を振ったんだろ! 嫌なら初めからそんな振りをするなよ。それに瞳ちゃんはお前のものじゃないだろっ!」


 えらい言われようだ。

 別に口説いたつもりはない。本当に単純に久しぶりの幼馴染に会えて嬉しいだけだ。

 福眼的な意味も多少あるかもしれないが・・・


「もうっ! 瞳はすっごいモテるんだからね。お兄ちゃんじゃ役不足だよ」

「ちょっと、真依ちゃん! 恥ずかしいからやめてよ・・・ それに真依ちゃんもモテるでしょ? この前も男の子に告白されたじゃない」

「私はいいのよ。もう心に決めた人がいるから」

「えっ? それってもしかして・・・」

「ふふふ・・・ 内緒♪」


 真依は不敵な笑みを浮かべているが、俺にはその人物が誰であるかはバレバレである。

 瞳ちゃんも薄々気付いているっぽいし・・・

 ラノベ的に言えば、大概は兄である俺の事が異性として好きだったりするがそんな事はない。

 俺も別に、真依から特別な好意を寄せられたいとは思っていない。あくまで、お互い家族としての愛情だけだ。

 まぁ、真依も瞳ちゃんに負けず劣らずの整った顔立ちをしてはいるが・・・


「ただいま」


 すると、玄関先から父さんと母さんの声が聞こえてきた。


「あっ、パパが帰って来た♡」

「はぁ~」


 俺は真依の反応に深いため息をつきながら、右手で額を押さえた。

 これから見慣れた騒がしい光景を見なければならないのかと思うと少し憂鬱だ。


 それの所為か、俺は今日の放課後の出来事が頭からすっかり抜け落ちていた。




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